第74話 死を喰らえ
「ほんと、しぶちょーとせんぱいは、世話の焼ける人たちです」
安心して泣き笑う少女につられて、ユリウスもやっと銃を降ろした。
金属が剝き出しになった手を引いて、立ち上がるのを補助する。
「いつもより重いな」
「電動アシストぶっ壊れてるんですよぉ。というか、レディに向かって重いなんて、やっぱり先輩はダメンズですねぇ!」
すっかりいつもの調子を取り戻したカタリナは、キャンキャンと吠えながら身体を起こした。そしてフィリップの隣に立つ美男をじろりと
「……で、なんでエネミーアイズと仲良しこよししてるんですぅ?」
「今ね、おともだち大作戦フェーズ2を遂行中なんだ! マコトセンセー、彼女はカタリナ。パリでセンセーの脇腹をぶち抜いたウチの自慢のスナイパーだよ!」
「どうも。あの時はすっごく痛かったよ」
「すぐ走り出して逃げたくせに、白々しいですぅ」
カタリナはフンとそっぽを向く。出会いを祝して挨拶を交わす気分ではないのは確かだ。
「それよりアレ、生きてるの?」
マコトが指差すのは、地に落ちた巨体。
「微かに生体反応を確認した。しばらくしたら自己修復してまた暴れ出すぞ」
「げぇ~っ、虎の子の一発だったのにぃ!」
「次に屋内でジャベリンぶっ放そうとしたら殴り飛ばしますよ」
「へーへー。カタリナ、さっきの戦闘で集めたデータちょーだい」
「通信機能死んでるんで、有線でお願いしまぁす」
対戦車ミサイルでも殺しきれない相手に最も有効的なのは戦艦でも戦車でもなく、
爆発で大破した講堂内の照射装置はもう使い物にならないだろう。ユリウスはいつものジュラルミンケースを開けて、ドローンを飛翔させた。すかさずアサルトライフルを構え、いつでも撃ち抜ける態勢を整える。
デイドリーマーズは地球上の生物を象っていることがほとんどだ。魚や鳥、虫に人間。全ては今日までに食べてきた魂の影響によるもの。だが目下の怪物は、そのどれとも違う。共喰いという禁忌の末に生まれた全く新しい何かのように思えた。
すると。爆発で焼け焦げた巨体の周りをぐるぐる徘徊していたタマキが、ふと足を止める。
「……シャ――――ッ!!!」
全身の毛を逆立てて威嚇する姿を見て、マコトは即座に飛び降りる。
丸々とした猫の眼前には、風を切ってしなる鞭のような尻尾が迫っていた。
「タマキ!」
弾き飛ばされそうだったタマキをギリギリのところで回収し、距離を取って大きく飛び上がる。
マコトの瞳に映ったのは、ピクリとも動かない巨体から生えた触手のような尻尾。体積を無視して内側から隆々と膨れ上がる様子は、命が別の部位に移ったようにも見える。
「うみゃぁ!」
「ほんっと重い、ダイエットしろ」
「んなぁあああ゛!?」
ユリウスの援護射撃が飛び交う中では、そんな軽口も長くは続かない。底なしに伸びる尻尾が二人を捕らえようと迫り来る。ヌラヌラと怪しく光る先端が大きく口を開き、黒い粘液をぶち撒けた。
「センセー!」
「こっちは大丈夫だから、自分たちの仕事に集中して」
「おっけぃ! もうちょっとだけ待ってて!」
マコトは壁を蹴って方向を変えると、作業の邪魔をさせないために再び講堂へ降り立った。抱えていた巨猫を反対方向へ投げ、敵の狙いを分散させる。
「喰われるなよ」
「にゃうっ」
どちらかと言えば、喰うのはタマキの専売特許だ。
短く太い足を忙しなく動かして走り回り、撒き散らされる硝酸の唾液を避けながら最接近する。そして尻尾の根元に食らいつき、金属すら噛み砕く牙を突き立てた――のだが。
「んにゃぁあああああ゛ア゛~~~~ッッッ!?」
肉を食い千切る前に、悲痛な絶叫が響き渡った。飛び上がると同時にそそくさと尻尾を巻いて再び距離を取る。口の周りに着いた粘液と混ざって、直前まで爆食していたジャンクフードが丸ごと吐き出された。
「デブ猫!?」
「うみゃぁっ、な゛~~~ぅ、うみゅ……」
ユリウスの禁句ワードに反応することもできず、ひたすらに嘔吐が続く。
この世で食べられないものはアーティの手料理だけ――タマキはそう思っていた。だがこれはあのダークマターを上回る。毒なんて比ではない。死そのものを口にしたような壮絶な悪寒が全身を駆け抜けた。
「お前でも食べられない相手がいるなんてな」
マコトから思わずそんな苦言が零れた。タマキの最大の武器である食欲が機能しないとなれば、厳しい戦いになるのは間違いない。
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