PART5

 いまさら異変に気付いたらしいアラーニエもまた、振り返って僕が見たそれを見上げた。


 ざまあみろ。アラーニエがどんな顔してるだろうと思って覗き見てみたら、大きく開いた口からとんでもなく巨大な蜘蛛の牙が飛び出していた。とんでもなく怖い。見なきゃよかった。


「竜人っ!!」


 僕を放り出してアラーニエが怒鳴る。

 僕もまた同じものを見て笑った。たぶんすごく疲れた笑顔だ。


 でも希望を見た。

 きっと僕は助かるし、ディーナの仇も討てることだろう。


「ようっ、クモ! よくもベタベタの糸でグルグルにしてくれたなァ。もーアタシ、カンカンだかんなっ」


 嘘じゃないだろう。

 なんてったって蜘蛛糸の繭から出てきた彼女はその全身、至るところから火を噴き出しているんだから。

 その火で糸を焼き払ったんだ。


 そうだ、ディーナの仇は他ならぬディーナが取ってくれる。

 今の彼女なら絶対に。確信したよ。


 どうやら両足からの噴火で浮いてるらしいディーナは僕に輝きを増した目で一瞥した。そして不敵な笑みを浮かべる。


 何かしでかす気だ。

 多分きっと大胆で、大雑把な何かを……


 彼女の何もかもに悪寒を感じた僕が地面に飛び込んだのと、彼女が事を起こしたのは多分きっと同時だったろう。

 僕が行動するのを待ったりしないんだ。あのディーナは。


 爆音と激しい揺れに頭を抱えて目をつむった僕の周りをすごい熱気が吹き抜けてゆく。上げた叫び声も自分の耳にまで届かない。


 どれくらいだったろう。

 どれくらいもなかったかもしれない。


 自分の叫び声が耳に届くようになってから我に返った僕は目を開け、恐る恐る顔を上げた。そして周りを見渡すと不思議なことにそこはアラーニエの城ではなくなっていた。


 外だったんだ。

 蜘蛛も蜘蛛糸も無い。


 あるのは村の家屋が数件だけ。

 それも遠巻きにあるものだけだ。

 物見櫓と近辺の家々は無くなっていた。


 そしてディーナはというと、髪や体表を焦がしたアラーニエの胸を足蹴にして地面に押し付けていた。


 ディーナは愉快そうに笑っているし、八本ある腕のうち六本を喪失しているアラーニエは力無く呻くばかり。


 多分ディーナはあのとき、アラーニエへと飛び付いて爆発を起こしたんだ。そうして巣もろとも兵隊蜘蛛たちを一層してアラーニエをやっつけた。


 僕が巻き込まれなかったのはディーナが火を操ったからだろうか。なんにしてもやり方が乱暴極まってる。寿命が縮んだよ。きっと二年は間違いない。僕は九八で死ぬ。


「……竜、人……っ」

「ヘヘッ、楽しかったな」


 女王蜘蛛は残った二本の手でディーナの足を掴んでいる。

 虫の息とはよく言ったものだ。


 決着したんだと、僕はその場に座り込んで深く息を吐いた。


 とんでもない一日だった。

 思い返すと疲れが一気に押し寄せてくる。


 今にも倒れ込んで寝てしまいたいところだったけど、それをディーナは許してくれなかった。最後のとんでもない締めくくりを僕に投げかけてきたんだ。


「さァて、ロックス。コイツ、どうするゥ?」


 僕はまた一つ溜め息を吐いて、それからアラーニエを見た。

 すると彼女もまた僕を見ていることに気付いた。


 勘弁してくれ。

 てっきり僕はどさくさ紛れにディーナがアラーニエの事をどうにかするんだとばかり思ってたんだ。


 こんなの、予想外だよ……


 みんなが怖い目にあった。

 羊たちも、何よりディーナが死んだ。羊のディーナが。

 殺したのは蜘蛛たちだ。その親玉のアラーニエだ。


 僕は二度に渡って怖い思いをさせられた。

 でもそれはディーナが乱暴なことばっかりするからで、そして僕が蜘蛛をやっつけたいなんて言ったからで……


 ああ、もう……なんか面倒になってきた。

 今日は疲れたよ。くたくたなんだ。考え事なんてしたくない。


「おーい、ロックス〜?」


 もうどうでもいい。

 羊のディーナも居ないんだ。


 僕はその場に寝転がって目をつむった。

 そして考えるのを止める。

 つまり僕の答えはこうだ。


 ……おやすみなさい。

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