第3話

 ダンジョンを出るほうがいい。

 

 父親である魔王さまのてしたが敵になる……それは姫さまにとって、人間にたたかいをしかけられるより辛いかもしれない。


 魔王軍のお偉いさんがたはどうしているんだ。魔王さまに似たつややかな翼のはえそろってまもないお世継ぎは? 姫さまを助けにこないのは、やっぱりゆうしゃにやられてしまったのだろうか。


 おれは姫さまをつれてダンジョンの壁のさけめから外にでた。


「ブヒィ! ヒトのメスが自分から来るなんて、案内の手間を省けたぜ」


 オークのうしろに人間がいる。ひとり、ふたり、たくさんだ!


「人か? 半魔族じゃねえか。上玉だし、こいつは高く売れるぜ!」

「売り飛ばすまえにオレにも分け前ブヒィ」

「バーカ! おめーは用済みなんだよ!」


 オークの首が血をふきだしてころがる。


「人間どもよ。裏切り者とはいえ私の前でわが手下を切り捨てるとはいい度胸よな」


 魔王さまにまけないくらい、はくりょくのある声が、おれのうしろからひびいた。それも女の子のきれいな声……姫さま?!


「この女、何者?」

「きっと魔王の娘だ! 捕まえろ!」


「いかにも、私は魔王の娘。貴様らの思い通りにはならぬ!」


 てきのほうがかずがおおい。

 けれど、わが軍勢の勝利をしんじたあのころのようにちからがわいて、体も武具も軽く、敵の動きがとまってみえるようだった。


 おれの剣と姫さまの魔法で、わるいにんげんをけちらした。

 

「やりました!」


 お互いの右手をパチンとした。うれしい。

 姫さまのてのひらは、ぷっくりとやわらかい。


 がんばったら腹がへった。

 姫さまも何もたべていないんだ。

 でも、はげしい戦いだったから、たおしたやつはみんなくろこげだ。オークも。

 もったいないけど、こうしないと勝てなかったかもしれない。


「あなた……ひどい怪我じゃないの!」


 姫さまにいわれるまで気づかなかったが、よろいは欠け、剣ははこぼれがひどく、あちこちの骨がむきだしになっている。


「回復魔法を……」

「それ、きかないんです」

「そうだったわね。では……魔力を補給しましょう。死霊魔術には詳しくないけれど、魔力でそうなったことに変わりはないものね」


 姫さまはおれをみつめる。

 姫さまのひとみにおれがうつっている。

 そして、うつくしいお顔がしんじられないくらいちかづいて……おれのくちに、みずみずしいくちびるがふれた。


「……こうすれば魔力を分け与えることが出来るって聞いたのだけれど……どうかしら」


 しあわせなきぶんで、ことばが出ない。

 モンスターのあいだでも、くさいとかキモいとかいわれさげすまれていたおれに、ためらわず手をふれ、くちづけまで……。


 きづいたら日がくれていた。

 ひるもよるもないダンジョンとちがい、そとは夜のほうがしずかだ。

 

「考えてみたら、魔力は戦いで使い果たしてしまったし、分け与えるほど残っているはずがなかったわ」


 まりょくのことはよくわからないけど、おれはすごくうれしかったんだ。

 姫さまはなにかかんがえこみ、それからおどろくようなことをいった。


「全然足りないでしょう。私をお食べなさい」


「姫さま! そんなこと言わないでください! おれは、けだものとはちがいます」


「もちろん分かっているわ。

 私は魔物でも人でもない……。しょせんお父様のもとでしか生きられないの。

 人間に捕まるのは絶対にいや。あなたに食べられるなら後悔しないわ。

 ここまでありがとう。

 城が陥ちても姫として扱ってくれる者がいて幸せよ」


 おれのかおがくさっていなければ、涙がながれただろうか。わるいよかんがひろがるばかりだ。


「これはあなたにあげる」


 姫さまはむなもとにゆれるペンダントをはずそうとした。5まいのはなびらのある花がえがかれている。


「うけとれません。それは……姫さまがつけているべきです」


 こんなことを言うのは「さしでがましい」になるだろうか。

 うけとったらなにか悲しいことがおこりそうな気がしてならないのだ。


「姫さま……まりょくをくれるのを、もう一度してください」

 

 姫さまはうなずいた。

 



(続く)


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