【第99話】白金愛梨と万屋太陽⑦


 「レッツゴー」という掛け声と共に、忍は【瞬間移動】を行う。


(それは必要な掛け声なの?)


 愛梨がそんな疑問を抱いた一瞬の内に、目的の場所に辿り着いた。

 来た事もない場所だ。

 しかし……忍の心を読んだところ、随分とこの二人にとっては思い入れのある場所のようだ。


「来たわね……」


 聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 太陽を除けば、恐らく一番耳にしたであろう――親友の声が……。

 愛梨が声のした方を振り向くと、そこに……。



 星空宇宙の姿があった。


「……今度は、宇宙と忍くんの出番って訳ね……」

「ううん、今回は私だけよ。邪魔者には去ってもらうよう伝えてある」

「邪魔者って言った!? 彼氏の事、邪魔者って!?」

「細かい事は気にしないの。さ、こっち来て……良い景色を眺めながらお話しましょう」

「う、うん……」


 言われるがまま、宇宙について行く愛梨。

 崖のような所へ腰掛け、両足をブラブラとさせる。

 愛梨は先ず、目の前に広がる綺麗な景色を見て、「おぉー……綺麗だね……」と声を漏らした。


「綺麗な場所でしょ? ここは、私と忍くんの思い出の場所なのよ」

「……そうみたいね……。こんな大事な場所……私に教えて良かったの?」

「あなたなら良いわよ……」

「……そっか……」

「姫さんと球乃くんに、何て言われた?」

「……無責任だって、甘えてるって……怒られちゃった」

「でしょうね……」


 どうやら、その気持ちは宇宙にも分かるようで……。


「私も怒ってるよ……愛梨」

「うん……ごめん……」

「だってあなた……私の事も信用出来てなかった――って事だもんね……歯痒いわ……」

「ごめん……」

「何で、そのプレゼント選びの時に……私を頼ってくれなかった? 私達のこれまでは――一体、何だったの?」

「……ごめんなさい……」


 ここで宇宙は大きく溜め息を吐いた。


「ま……あなたも色々と苦しんでいたのも事実だし……許してあげる事にするわ……」

「宇宙……」

「この憎しみは全て、あなたの元彼に向ける事にするから、安心して」

「それは安心出来ないなぁ……」


 苦笑する愛梨。


「で? あなたはどんな感じなのかしら?」

「……何が?」

「好きな人を振った――今の気分よ、どんな感じ?」

「最悪だよ……決まってるじゃん……」

「だろうね、私もそうだった」


 宇宙はケラケラと笑った。

 彼女も過去に――大好きな忍を振った、という過去がある。

 だから気持ちが、分かるのだろう。


 大好きな人に別れを切り出す事の、勇気や、喪失感、そして罪悪感を……彼女達は共有できるのである。


「ま、私の場合、あなた達のおかげで、すぐに仲直り出来たから……あまり深い傷を負う事はなかったけれど……あなたの場合、長期戦になるかもしれないから……辛いよね」

「姫ちゃんや大地くんに言わせれば……それも、私のせいなんだけどね……」

「それはそうね。今回の一件は、誰が何と言おうと『貴方の責任』よ……だってこれは、あなたと万屋の問題ではなく――あなたの問題なのだから」

「私の……問題…………うん、その通り……だね……」

「万屋はそれに、巻き込まれただけ。まったく……不運な男ね」

「うん……本当に……申し訳ないなぁ……」


 愛梨が、体育座りで自分の両足を強く抱え込む。

 心の奥から押し出されるかのように……弱音が溢れてしまう……。


「プレゼントも……選べない女に好かれて……そして、好きにさせてしまって……本当に、申し訳ないと思う……ごめんなさいって……思うよ……」

「はぁ……まったく……分かってないわねぇ……」

「え? あ、ちょっ! 宇宙っ!」


 宇宙が愛梨の背後に立ち、両拳を頭に当ててグリグリし始める。


「ちょっ……! 痛いって……! ギフト持ちなんだから、もっと優しく……」

「そういう事を言ってるんじゃないのよ私は! 理解しなさい。この頭には何が詰まってんのよ!」

「の、脳だよ! 脳みそが詰まってるんだから、あんまりグリグリしないで……!」

「人には向き不向きがあるの! 別に【読心能力】者じゃなくたって、彼氏のプレゼントを選べない女なんて探せばいくらでもいるわよ!」

「で……でも……!」

「私が言いたいのは、そういう時には『仲間を頼れ』、って言ってるの!」

「……え……?」

「あなたが……あなた達が、勝手に私達を助けてくれたように……私達だって、あなた達を助けたいんだから!」

「…………!」

「あんたはさ、変なプレゼントを選んじゃったら、万屋に失望される……とか思ってたみたいだけど。そもそも万屋はそんな奴じゃないし……万が一、兆が一、万屋が、その程度の事で愛梨に失望するような駄目な男だったら――――私や忍くん、月夜さん達仲間が揃ってタコ殴りにしてやるから!! そもそも、その過程自体が間違ってるのよ! それを先ず、あなたは理解しなさい! そして――――



 仲間を信じなさい!」



「…………仲間……」

「そう……仲間……」


 頭グリグリをやめ……宇宙は、そっと……優しく、愛梨の手を握った。


「少なくとも私は……その、万屋が駄目男っていうケースなら! あなたの為に泣ける自信がある!」

「…………宇宙……」

「だからね……? 愛梨……何でもかんでも、自分一人で背追い込もうとしないで……自分一人で解決しようとしないで……私にも……一緒に背負わせてよ……親友でしょ? 仲間でしょ? その大切さを、私に教えてくれたのは…………あなた達なんだよ?」

「…………うん……」

「だから……私を……ううん、私だけじゃなくて良い……私達仲間を――――頼って……分かった……?」

「……うん……努力するよ……」

「努力じゃなくって、絶対に……!」

「分かった……絶対……ね……」


 ここで宇宙は、握っていた手を離し、愛梨の額へ一発デコピンを撃ち込んだ。


「痛いっ!」


 あまりの痛さに涙ぐむ愛梨。

 清々しい表情で、宇宙は言う。


「さて、私はこんなもので良いかな! 忍くん! 話は終わったぞ! 出て来てくれて構わないぞ!」

「承知した!」

「うわっ、ビックリしたっ!」


 突然【瞬間移動】で、目の前に現れた忍に驚く宇宙と愛梨。

 忍が愛梨へと問う。


「宇宙と話して……何か、気づきはあったか?」

「……うん、沢山あったよ……沢山……」

「そうか……良かったな、宇宙」

「当たり前よ! これで無いとか言ったら、グーでぶん殴る所だったわ」

「そうか……命拾いしたな、白金」

「そ、そだねー……」


 愛梨の顔が引き攣ってしまう。

 「さて……」と、宇宙が話の筋を変えた。


「そんな訳で、忍くん。よろしく頼む」

「うむ。拙者もすぐに向かうから、時間稼ぎをよろしく頼むぞ」

「うん……任せておいてくれ」

「では、【瞬間移動】を行うが……最後に愛梨へ言っておく事はあるか?」

「うーん……そうねぇ…………。ねぇ愛梨……百点満点じゃなくても、良いからね」


 最後の宇宙のその言葉に、「……うん!」と強く愛梨は頷いた。


「分かればよろしい! じゃあね」


 宇宙が、忍の【瞬間移動】でこの場を去っていった。

 またしても、忍と愛梨の二人きりになってしまう。


「では白金、次へと進むぞ」

「…………うん!」

「次なるステージ、エピソード4の振り返りへ――――レッツゴー!」




 一方その頃、太陽は……。


「どうだ! 参ったか!!」


 地面に横たわる二名の男女中学生を、見下ろしながらドヤ顔で「参ったか!」と言っていた。

 姫と大地が目を回している。


「やっぱ……太陽さん……つっよぉー……」

「全然、歯が立たなかった……」


 どうやら、太陽の完勝だったようだ。

 二対一でも圧勝する男――それが、万屋太陽なのである。


「おーい、透士郎。終わったぞー、これで最後かー?」


 遠くにいる透士郎へ、そんな顔をかけたその時――――



 新たな刺客が現れた。


「次は……私達が相手よ! 万屋!」


 宇宙と忍が。

 太陽は笑った。


「次は……【催眠使い】と【瞬間移動】か……油断ならねぇ相手じゃねぇか! おもしれぇ!! 相変わらず何が何だか分かんねぇけど!! かかって来い!!」


 そんな訳で。

 宇宙、忍VS太陽の――――


 模擬戦闘が始まった。

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