【第89話】火焔剛士と万屋皐月⑦


 火焔剛士と万屋皐月は、一年間を耐え抜いた。


 一生に一度しかない高校三年生の一年間の青春を捨て、夢を叶える為に、学生の本分である勉学に没頭した。

 主に剛士が……だが。


 その甲斐あって、見事大学受験に合格。


 この一年間が報われたのだった。

 この一年間の、死に物狂いの努力が……報われたのであった。


 もう……剛士を……そして二人を縛る物は何もない。

 自由の身だ。


 となれば、善は急げだ。


 動き出す――――


 停止ボタンを押していた、二人の時が――今、再び動き出した。




「お待たせ」


 合格発表の翌日――三月二日……二人は、とある場所で待ち合わせをしたのだ。

 その、とある場所、というのは、彼らが通っている高校の校門である。

 皐月が校門へ辿り着くと、学生服を着ている剛士が、高校名が記された看板にもたれ掛かるようにして待ち構えていた。


「おうっ」

「言われた通り……制服で来たけど……。受験合格後、記念すべき初デートの服装が制服で、待ち合わせ場所が校門だなんて……申し訳ないけど、首を捻らざるを得ないなぁ」

「ん? 嫌だったか?」

「嫌って事はないけど、純粋に、何か意味があるのかなぁ……? って」

「深い意味はねぇぞ」

「ないんだ……」

「浅い意味なら、あるけどな……」

「え?」


 剛士の視線が、校舎の方へと向けられる。


「ほら、オレらって、高校上がって満足に青春出来てねぇじゃん? 精々、一年の頭くらいだけだろ? 一年の後半には、アダン関係で忙しくなっちまったし……三年は勉強漬けだったしな……あんまり、この服でお前と楽しい思い出が作れてねぇんだよ。だから……」

「なるほど……思い出作りって訳だ」

「そゆこと」

「うん、悪くない提案ね。で? 何するの?」


 「それなんだが……」剛士は、ポケットの中からスマートフォンを取り出した。

 そしてとある画面を表示し、皐月へと見せる。


「ん? これって……」

「そう、スマートフォンの写真撮影モードだ」

「いや……それは分かっているけど……これがどうしたの……?」

「本当は、もっと良いカメラで撮影したかったんだけどな? 最近のカメラって高いんだよなぁ……。とても受験生に買える品物じゃなかった。だから消去法でスマートフォンこれになったって事だ」

「いや……だから……」

「大丈夫。最近のスマホのカメラは、もの凄く性能が上がってるから、これでも充分綺麗に撮れるから。安心しろ」

「え? 撮るって……何を……?」

「お前を」

「へ……?」

「今から、この一年間の埋め合わせをする。学校のあちらこちらを歩き回って、あちらこちらでお前の写真を撮りまくって、オレ流の卒業アルバムを創る! どうだ? 良い考えだろ?」

「…………ぷっ! あははははっ!!」


 皐月は笑った。

 お腹を抱えて笑った。

 大爆笑だった。


「な、何だよ……!」

「い、いや……面白くて……ぷぷっ……オレ流の、卒業アルバムって……ぷふぉっ!!」

「……んだよ……嫌なのかよ……」

「ううん! 嫌じゃない! すっごく面白そうで、すっごく楽しそう!! やろやろ!!」

「そ……そうか」

「その代わり、一つ条件があるかなぁー」

「条件?」

「うん! 一場面に最低一枚は、ツーショット写真を撮ろう! それが条件。どうかな?」

「お易い御用だ」

「うん、なら交渉成立だね! それじゃあ――――」

「っ! お……おいっ!!」


 皐月が剛士の手を取り、走り出す。

 引っ張られる形になる剛士。


「いざ! しゅっぱぁーつ!!」


 そんな訳で、たった一日足らずの……剛士流卒業アルバム作成撮影会――――開幕。



 教室――


「皐月、この眼鏡をかけてチョークを持って黒板の前に立ってくれ」

「こ、こう……?」

「そうだ!!」

 カシャッ!

「うん! 良い写真だ!」

「あ……こんな感じで撮って行くんだ……」


 音楽室――


「皐月、ピアノを弾いてくれ」

「良いよ。何かリクエストある?」

「んー……卒業式間近っぽく『旅立ちの日に』でよろしく頼む」

「ん、了解」

 カシャッ!


 理科室――


「ねぇねぇ剛士くん! 眼鏡かけて、椅子に座って、頬杖ついて、もう片方の手で試験管持って顔の前でフリフリさせて!」

「へ? こ……こうか?」

 カシャッ!

「おおー! すっごく理系っぽい! バカなのに!」

「バカなのには余計だろ……」


 美術室――


「見て見て剛士くん! ベレー帽があるよベレー帽! 被って被って!」

「ふむ……どうだ? 似合ってるか?」

「あははっ! 売れない漫画家みたーい!!」

 カシャッ!

「売れない……って……」


 視聴覚室――


「あ、コレ、今年の文化祭のDVDだ。太陽のクラスのじゃない?」

「お、って事は、例のが見れるのか? あの笑えるヤツ」

「そうそう! じゃあさ、それをババーンッ! ってスクリーンに映してさ! それをバックにツーショット撮ろうよ!」

「あははっ! 良いな! それは最高だ!」

「…………」

「…………」

「「ぷっ……! あははははっ!!」」

 カシャッ!


 職員室――


「どう? 先生の席に座った気分は?」

「悪くない。コーヒーが飲みたくなって、頭が良くなる気分だ」

「それは気の所為だけどねー」

 カシャッ!


 保険室――


「む? 白衣が置いてある。保健医の先生の忘れ物か?」

「そだね」

「ふむ…………なぁ……皐月……コレ、着てみてくれないか?」

「へ?」

「眼鏡かけて」

「へ?」

 カシャッ!


 体育館――


「左手は添えるだけ……」

「オレに勝てるのはオレだけだ!!」

「私に逆らう奴は! 親でも許さないんだからっ!」

 カシャッ!


 …………。


 その後も……二人は、屋上や昇降口、下駄箱、渡り廊下、プール、食堂等など……様々な所を周り、写真を撮りまくった。

 時は進む……。


「いやぁー! 沢山撮ったねぇー! ねぇねぇ、何枚くらい撮れた?」

「んー……少なくとも、五十枚以上は撮れてるなぁ……」

「凄っ! 撮り過ぎね、私達」

「ああ……」

「もう思い付く所は回り切ったかな? この後どうする?」

「いや――――

「え? でも……」

「着いて来い」

「?」


 言われるがまま、剛士の後を着いて行く皐月。

 校庭を歩いていると、ほんの少し……温かみを感じる風が吹いた。

 春の訪れを感じさせる風だ。

 目的地には、すぐに辿り着いた。


「ここだ」

「え? ここって……」


 皐月は、一本の木を見上げる。


「そう……このには、有名な言い伝えがある。当然、知ってるよな?」

「そりゃね……うちの学校に通ってる人で、知らない人はいないんじゃない? 特に女子なら」

「だよな。…………本当なら、満開の時が良かったんだが……仕方ないか」

「……剛士……くん……?」


 剛士は……まだ五分咲き程度の桜の木の下へと歩いて行く。


「この桜の木の下で告白に成功したカップルは――――永遠に結ばれる……眉唾物の伝承ではあるが……賭ける価値は、充分にあるよな……」

「…………そうだね……」

「一年……か……随分と待たせてしまったな……すまなかった……」

「だから……謝らなくて良いって……」

「そうか……やはりお前は優しいな……皐月」


 そして剛士は――言う。


の返事を……したいと思う」


 一年間――――言えなかった、伝える事の出来なかった想いを……。


 今――――




「オレも――皐月の事が好きだ。一生……オレの傍にいてくれ」



 その告白の返事を聞いた瞬間。

 皐月は走り出した。


「はい……! 喜んで!」


 剛士に抱き着き、そして――――


「一年も我慢してたんだから……良いよね?」

「……心の準備は、出来ているよ」

「そっか……なら――遠慮なく、するからね……」



 二人は……口付けを交わしたのだった。


 ヒラヒラと……桜の花弁が舞う中……。

 ようやく、この二人は結ばれた。


 青春を棒に振ってでも、努力を続け、勝ち取った受験合格……。


 この耐え抜いた時間は……きっと無駄なものではない筈だ。


 この時間があったからこそ、二人の関係性は……より深く、固く、そして強く……結ばれた事だろう……。


 努力は裏切らない訳ではないが――無駄にはならないものなのだから。



「えへへっ……恥ずかしいね……」

「ああ……照れるな……」

「…………」

「…………」

「…………」

「……あっ! 写真写真! 写真撮るぞ!」

「う、うんっ!」


 思い出したようにスマートフォンをポケットから取り出す剛士。

 すぐにカメラアプリを起動させる。

 フレーム内に収まるように、二人は身体を寄せ合う。


「ねぇ……剛士くん」

「何だ?」

「これが、付き合ってから撮る、初めての写真になるんだよね?」

「ああ……そうだな……」

「笑顔で撮ろうね」

「もちろんだ」

「そしてこれからも――――もっともっと写真を撮って、思い出を残していこうね」

「当然だ」


 そして二人は満面の笑顔で写真を撮った。


「「はい――チーズっ!!」」


 カシャッ!!


 スマートフォンの画面には、桜の木をバックにした、幸せそうな表情の剛士と皐月が映し出されていた。

 これから、この二人は……今のような幸せな瞬間を、何度も何度も味わう事になるだろう。


 失った一年間の青春を、補って余る程の――――



 幸せを。











 エピソード6『火焔剛士と万屋皐月』――〈完〉

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