【第88話】火焔剛士と万屋皐月⑥


 配られた試験問題用紙を前に、剛士は目を閉じる。

 思い浮かぶのは皐月の顔だった。


(オレはひょっとしたら……一生、皐月あいつに頭が上がらないのかもしれないな……。ワガママで……自由奔放で……そして何より綺麗な……あの女に……。お陰で、共通テストの時とは違ってベストコンディションだ。頭の中は晴れた空みたいにスッキリしているし……視界も良好。あのスケジュールを見せられた時は正直、大丈夫か? と不安になったものだが……杞憂だったようだ……)


「時間になりました。それでは――始めてください」


 他の受験者達が、一斉に問題用紙を引っくり返す音が聞こえる。

 剛士も少し遅れて問題用紙を引っくり返した。


(落ちる気がしねぇ!)


 ペンを持つ手に力が入る。


(今からオレが書く一文字一文字が、未来への第一歩!! 絶対勝つ!! そして……オレは皐月と――――)


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。



 ――――そして、三月一日……。


 合否発表の日。

 万屋家では……。

 リビングのソファーに座り、スマートフォンを祈るように掲げている皐月の姿があった。

 そんな彼女の姿を、太陽と月夜は離れた食卓から見つめている。


「今頃火焔さん……合格発表の掲示板見てるんだよね……?」

「ああ……今頃合否の確認が取れている頃だろうな」

「ううー……緊張してきたぁ……」

「何でお前が緊張するんだよ……」

「だってぇ! この日の為に、火焔さんも皐月姉も、頑張って来たんだよ!? 受かって欲しいじゃん!!」

「何言ってんだよ、受かるに決まってんだろ……結果は決まってんだから、ドンと構えてりゃ良いんだよ」

「そ……それはそうだけど……ん? んん? あーっ!! 兄貴もコップ持つ手が震えてるー!! 兄貴も緊張してんじゃんかぁー!!」

「きっ、緊張なんてしてねぇよ!! こ、これはその……武者震いだよ!!」

「ぷぷっ、兄貴ダッサァー!! あんだけカッコイイ事言ってたのにぃー! このCHINGA野郎ー!」

「そのネタは二度と口にするな」

「マジギレだぁー!! 兄貴がマジギレしてるー!!」


 等と、太陽と月夜が馬鹿なやり取りをしているにも関わらず。

 一瞥もくれず、皐月は祈り続けている。


(お願いします……神様……お父さん……お母さん……! どうか剛士くんを……合格に……!)


 そしていよいよ――その時がやって来た。


 ピロンッ! という、メッセージの着信音が鳴ったのだ。


 電話じゃなくてメール? という事は……? と、嫌な予感が三人を襲う。

 合格なら喜んで電話を掛けてくる筈だから――という固定概念からきた嫌な予感ではあるが……。


「も、もしかして、アプリとかの広告じゃない?」

「しっ! 黙ってろ月夜……」

「……う、うん……」


 太陽が真剣な表情で、月夜を口止める。

 ゴクリ……と、唾を飲む二人……。緊張感が走る。

 皐月が言った……。


「剛士くんからだ……」


 と。


「メッセージの内容……確認するね……」


 果たして合否は……。

 スマートフォンを操作し、皐月が剛士からのメッセージを確認する。

 そしてその瞬間……。


「……あ……あぁ……」


 大粒の涙と共に……手に持っていたスマートフォンを落とした。

 カツン! と、虚しい音が響き渡る。


「そ……そんなっ! そんな馬鹿な!!」


 慌てて駆け寄る太陽と月夜、落ちているスマホを拾い上げ、メッセージを確認する。


「火焔先輩は頑張ったんだ! 落ちてる訳――――っ!!」


 太陽と月夜は、そのメッセージの内容を確認した事で、皐月の涙の意味を理解した。

 メッセージにはこう書かれていた――――











『サクラサク』




「皐月姉……! これって……!」

「合……格したって……事?」


 太陽と月夜が……号泣する皐月へ、恐る恐る……問い掛けた。

 すると皐月は、泣きじゃくりながら……頷いた。


「……うんっ……!」


 次の瞬間――――


「やったぁぁぁああぁあああぁぁあぁあーーっ!!」

「受かったんだぁーーーーっ!! うわぁぁああぁあーーっ!!」


 歓喜の声が万屋家に巻き起こった。


「良かったな! 皐月姉!!」

「……うん……本当に……良がっだ……良がっだよぉ……うえぇぇん……!」

「皐月姉ぇ……」


 皐月の、その嬉し涙に吊られて泣いてしまう太陽と月夜。


 彼女もきっと不安だったのだろう……。

 共通テスト後に、自分から提案したとは言え、剛士のやり方を曲げた事実は揺るぎのないものであった。

 だからこそ……これで落ちてしまったら……と、考えていたのだ。

 不安で不安で仕方がなかったのだろう……。

 肩の荷が降りた……それ故の涙も、含まれているのかもしれない。


「皐月姉ぇー!! 良がっだねぇー!!」


 最初に月夜が皐月へ飛び掛った。


「やったなぁ! 皐月姉ぇー!!」


 続けて太陽が飛び掛る。

 可愛らしい妹と弟に抱き締められた。

 優しく……皐月も抱き締め返す。


「ありがどう……二人共……あなた達のおかげよ……本当に……ありがとう……」


 抱き合う万屋家の三人。

 太陽がここぞと言わんばかりに、皐月と月夜の胸に手を当てている(揉んではいない)が、今はそんな事気にしない。

 暫くそうして、余韻に浸っていると……。


 ピロン! と、皐月のスマートフォンが再度音を立てた。


 すかさず、メッセージを確認する。


『あれ? 返事がないぞ?

 分かりづらかったかな? 合格って意味な?』


 ピロン! と、更にもう一通のメール。


『おーい!

 皐月生きてるかぁー! 返事しろー! おーい!』


 メールを見て、三人はクスッと笑ってしまう。


「あははっ、火焔さん女々しぃー!」

「ほら、皐月姉。いつまでも泣いてないで、返信してやれよ。待ってるぞ……火焔先輩が」

「……うん!」


 皐月は涙を拭いて、スマートフォンにコメントを打ち込む。


『生きてますよ(笑)

 おめでとうございます!

 本当に嬉しい(т-т)』


 送信……。


 するとその数秒後に返信があった。


「うわっ、火焔先輩返信早っ!」

「むふふ……こりゃ、あの人今、スマホにかじり付いてやがんなぁ?」

「ねぇねぇ、皐月姉! 何て帰ってきたの?」

「慌てないの、今確認するから………………え……?」


 皐月が目を見開くと、太陽と月夜がそのメッセージの内容を確認。


「あらまぁ……」

「お、コレって……良かったなぁ、皐月姉!」


 ニヤニヤしている太陽と月夜。

 片や、顔を真っ赤にさせている皐月。


「ちゃ、茶化さないでよ二人共っ!!」


 メッセージの内容はこうだった。



『ありがとう。オレも嬉しいよ。


 ところで……。

 明日予定空いてるか?

 会って伝えたい事があるんだが……』


 ……いよいよ、火焔剛士と万屋皐月の物語……。


 そのクライマックスが……近付いてきていた。

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