【第75話】泡水透士郎と万屋月夜⑤


 海外行きを間近に控えたとある日。

 月夜は、愛梨と並び公園のベンチに座っていた。


「さ……寒くなって来たわね……」

「そうね」


 月夜の言葉に、微笑みながら頷く愛梨。


「ねぇ、月夜ちゃん。話って何?」

「え?」

「いつも前もって計画を立ててくれる月夜ちゃんが、急遽予定を入れてくるだなんて……何か話があるんでしょ?」

「ま……まぁね? それは……その……出発前に、あんたには色々と言っておかなきゃな、と……」

「まぁ全部、心を読んで理解しちゃってるんだけれども」

「抜け目ないわね……」


 頭を抱える月夜。

 そうだ、愛梨相手に言葉を勿体ぶる必要などないのだ。

 何故なら彼女は――他人の心が読めるのだから。


(まったく……兄貴も、とんでもない人を好きになったものね……)


 やれやれ……と、兄である太陽のドMっぷりに引きつつ、自分の気持ちをぶつける事にする。


「勿体ぶるのはやめるわ。正直に言います――」


 月夜はそう言って、頭を下げた。


「私……あなたと太陽の恋愛を邪魔していました。本当に、申し訳ありませんでした」

「え? それ、皐月さんに『違う』って、一刀両断されてなかったっけ?」

「言われたけど……やっぱりどうしても、謝らなくちゃって…………ん? あれ? 私その話、白金さんにしたっけ?」

「されてないよ? 心を読んで初めて知ったわ」

「…………」


 抜け目のない愛梨だった。


「まぁでも……それについては、皐月さんの言う通りだと思うなぁ」

「え?」

「私達が付き合うのが遅れたのって、皐月の言葉通り、太陽くんが根性なしで腰抜けだったから――という理由が大きく締めるだろうし」

「兄貴ー……あんたのいない所で彼女にボロクソに言われてるよー……」

「それに――」


 それに――に、続く言葉は、皐月のとは違うものであった。


――……」


 愛梨のその独白を聞いて月夜は……。


「私の責任って……いや、白金さんの場合は……」

――月夜ちゃん」

「え……?」

「……う……うん……」


 そのありがとうは……何に対するものなのだろうか?

 太陽との交際を認めた事?

 海外出発までの貴重な時間を割いて、今日こうして会ってくれた事?

 はたまた、別の……。


「で、月夜ちゃんの話って、他にもあるよね? 例えば……太陽くんをよろしく――とか」

「……うん……」

「他にもあるんでしょう?」

「…………うん……」


 白金愛梨は他人の心が読める。

 従って――ここで言葉を勿体ぶる必要などない。

 どうせ全て知られているのだ。


「透士郎さんに……ありがとう、って伝えておいてくれない?」

「私から?」


 愛梨は当然、そう頼まれる事は知っていた。

 知っていた上で、あえてそう問い返す。

 透士郎へその言葉を伝えるのが、私で良いの? と。


 自分の口から――伝えなくても良いの? と。


「決心が……鈍っちゃいそうだから……」


 月夜が、か細い声でそう言った。


「白金さん……私どうやら……相当、透士郎さんの事が好きみたいなの……」

「うん……知ってるわ」

「兄貴や皐月姉くらい……ううん……それ以上に……」

「うん……そうみたいね……」

「あははっ……ほら、今だってほら、あの人の名前を出しただけでドキドキしちゃってるもん。何なんだろうね? この気持ち」

「恋よ」


 即答する愛梨。


「それを恋って呼ぶのよ。月夜ちゃん」


 彼女自身も体験した事のあるその感情――その答えを即答するのは、難しい事ではなかった。

 苦笑する月夜。「あははっ、やっぱそうかぁ……」と、白々しい反応だった。


 当然月夜は、ソレを理解出来ていた。


 自分が透士郎に恋をしているなど、随分前から理解していた事だ。


 だからこそ――月夜は愛梨に伝言を頼んだのだ。


 これ以上、透士郎の顔を見てしまったら、海外行きをやめようと考えてしまうから……。

 そんな自分の感情が……恐いから。


 一連の感情を、愛梨は理解した上で頷いた。


「……分かったわ。私から彼に、責任を持って伝えておく」

「うん……話が早くて助かるわ」

「【読心】能力者ですからね。本人が説明するのを嫌がってる言葉を、無理に引き出そうとする程、は性格悪くないから。…………太陽以外には、ね……」

「兄貴からは引き出すんだ……」


 と、顔を引き攣らせる月夜。

 兄の事を少し、気の毒だな……と思った。


「…………ねぇ、白金さん……」

「ん?」

「前に私が言った事――覚えてる?」

「うん、覚えてる――『あんたも幸せになりなさい』って……言ってくれたやつでしょ?」

「そ……。あんたが今……、私には分かりかねるけど……。これだけは言っておくわ――



 



 月夜は言った。

 真剣な表情で……そう言った。


 すると、対する愛梨が儚げな表情を浮かべながら「うん……」と頷いたのだった。


 そのやり取りが、愛梨と月夜の海外出発前に交わした、最後のやり取りだった。

 その後、「じゃあね」と挨拶を交わし合った後、月夜は去って行った。


 一人公園のベンチに残された愛梨は、月夜が完全に去ったのを確認すると、ポケットからスマホを取り出した。

 電話帳をタップし、とある人物へ電話を掛ける。

 『プルル……』呼び出し音が聞こえる。


『はい、もしもし?』

「透士郎くん、こんにちは」


 電話の相手は、透士郎だった。


「休みの日に、奇遇ね」

『いやいや……奇遇も何も、そっちから電話掛けて来たんだろうが……』

「あらそうね。うっかりしていたわ」

『うっかりって……で? 何か用か? 白金から電話なんて珍しい事もあるもんだ』

「ちょっと伝言を頼まれちゃってね」

『伝言? ああ、お前の彼氏か?』

「ううん……違うわ。――から、あなたへの伝言よ」

……?』

「…………ええ、そうよ」

『何て?』

「『ありがとう』――だそうよ」

『…………そうか……』

「あの子、もうあなたと会うつもりはないって言ってたわよ」

『……理由、言ってたか?』

「会うと、海外へ行きたくなくなるかも……ってさ」

『……ふぅん……』


 少し、声に元気がなくなった様な透士郎だった。

 愛梨は問い掛ける。


「ねぇ透士郎くん……あなたみたいに聡い人に、こんな事を聞くのは少し気が引けるのだけれども……本当に、このまま月夜ちゃんと別れちゃって良いの?」

『………………』

「あなたは――辛くないの?」

『辛くないと言えば嘘になるな』

「後悔しない?」

『それも、しないと言えば……嘘になる』

「だったら……」

『分かってる……。分かってるからこそ、今オレ、すっげぇ悩んでるんだよ。どうするべきかって……』

「そっか……」

『海外へ出発する日……いつとか言ってたか?』

「口では言ってないけど……って、【読心】で読み取ったわ」

『明日の午後二時……空港……。うーん……想定よりも早いな……』

「答えは出そう……?」

『まぁ……頑張ってみるよ』

「うん……頑張ってね」

『白金』

「何……?」

『伝言……伝えてくれてありがとう』

「どういたしまして」

『明日判明する、オレの答えにどうぞご期待くださいませ』

「うん、期待してるから。本当に……期待――――しているから」

『了解。じゃあな』

「うん……」


 ここで通話終了……。

 愛梨は耳に当てていたスマホを下ろし、自己嫌悪するが如く、小さく溜め息を吐きながらこう呟いた。


「まったく…………って、話だよね……」


 その呟きの真意はともかく。

 いよいよ……月夜が海外出発する日がやってきた。


 果たして、透士郎が導き出す答えとは?

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