秋の終わり間近に

【第67話】それは有りかも


 千草と静の一件を終え、数日が経過していた。


 風が冷たい。

 秋が間もなく終わりを告げようとしている。


 そのある日の休日――


 トントントン……と、万屋家の階段を下りる音が聞こえて来た。

 太陽だ。

 休日になると彼はいつも、遅い時間に起きてくる。

 グーダラグーダラ夜更かしをして、ボサボサの頭でだらしなく、眠そうな眼で起きてくる。


「おはよー」

「あんたねぇ……また夜更かししてたの? 糞人間過ぎない? いい加減生活リズムを整えなさいよ。早死するわよ」


 リビングに入るが早々に、月夜から辛辣なアドバイスを受けた。

 しかしそんな辛辣は、太陽にとって日常茶飯事であり、特段気にする事もなく、「へいへい」と軽くあしらった。

 この反応が、いつも月夜は気に入らない。

 自分が先程飲み終えたお茶のペットボトルを念動力で浮かし、太陽へ向けて放つ。

 「いてっ」空のペットボトルは太陽の頭に当たる。


「朝っぱらから何すんだ!」

「もう既になんだけど?」

「あん?」


 太陽が時計を確認。

 時刻は十二時を過ぎていた。(ありゃりゃ……?)と思う。

 月夜が、ようやく気付いたかと言わんばかりに溜め息を吐く。


「つーか休日の度に夜更かしって、一体何してんのよ……エッチな動画でも見てんの?」

「バカ! 中学生がR18の話なんてするんじゃない! 心が汚れてしまうぞ!」

「……それは実体験からのお言葉?」

「…………」


 何も反論出来ない太陽であった。


「エッチな動画は、最近見てねぇし……もしてねぇよ……前に、『それは愛梨に失礼だろ?』って、忍や千草に言われた事あるからよ」

「……いや、聞いてないんだけど……うわぁ……兄貴の下ネタ事情なんて聞きたくなかったわ……最悪の休日の幕開け方だわ……」

「ちなみに前は一日十発抜いてたぞ」

「…………」


 無言のまま念動力を使用し、リビングから包丁が二本飛び出して来た。

 フワフワと二本の包丁を浮かせながら一言。


「刺すぞ?」

「分かった! 分かったから月夜! それだけは勘弁してくれ! 包丁は痛いんだ!」

「…………」

「無言はやめろ! 何か返事を返せ! いつ包丁が飛んでくるのかと不安になるだろうが!!」

「…………はぁ……」


 と、月夜が溜め息をついた。

 それと同時に、二本の包丁は台所へと戻って行き、元あった場所へ収納された。


「分かってくれたか……? 月夜……」

「何も分かんないし、あんたをここで刺しまくってやっても良かったけど、めんどくさいからやめた」

「…………」


 めんどくさいので刺すのをやめたそうだ。

 それはつまり、めんどくさくなければ躊躇なく太陽を刺していた事になる。

 恐ろしい妹だった。

 太陽は考えるのをやめた。


「ところで、昨日は何で夜更かししてたの?」

「ん? ああ、それは――」

「あー……やっぱいい」

「何で?」

「どーせ、白金さんとイチャイチャイチャイチャ電話してたんでしょ? 知ってる知ってる」

「バカっ、違ぇよ」


 少し照れ臭そうな太陽。


「昨日は、千草と電話してたんだよ」

「千草……あのエロアフロと?」

「ああ……最近アイツ、静が可愛い可愛いうるさくてな……ずーっと惚気け聞かされてた」

「惚気け? ふぅーん……へぇ……あのエロアフロが惚気けねぇ……」


 ニヤニヤとする月夜。

 対して、困ったもんだと言わんばかりにため息混じりに太陽が言う。


から惚気けが酷くなっちまってな……胸焼け起こし…………」

「……? 何よ、話が止まったけど、どうしたのよ?」

「月夜……ありがとうな」


 突然のお礼に、キョトンとする。


「はぁ? いきなり何のお礼よ、気持ち悪いからやめて」

「いや……そういえば、について、お前にお礼を言ってなかったなと思ってな」

「あの一件……? ……ああ、暴走族のやつね」

「それ」

「ふむ…………ん? 待って? だとしても、お礼を言われる意味が分かんないのだけど」

「お前、あの一件の時、静と千草の為に走り回ってくれたみたいじゃねぇか。千草の尻叩いてくれたの、お前なんだろ? ありがとう」

「……何よ……むず痒いわね……」


 月夜は気まずそうに顔を伏せる。

 太陽は追撃。


「お前のおかげで、オレの親友が、大切な彼女を失わずに済んだ……本当にありがとう」

「分かった分かった! 分かりましたとも! だからもうソレやめて!」

「照れ屋さんめ」

「照れてないわよ! 気色悪いの!」


 気色悪いと言われ、少し凹んだ太陽だったが、気を取り直し「そういえば……」と、話を変える。


「今の中学メンバーで……彼氏いないの――?」


 月夜の身体が、ピクっと動いた。

 瞬間――太陽の頭部に衝撃が走る。そして、カランカランと物体が床に転がった。

 お鍋だった。

 ベッコリと凹んでいる箇所がある。恐らく今、太陽の頭部に当たった箇所だろう。


「いってぇ……何すんだよ!」

「あんたが変な事言うからよ」

「口で言え! 口で!! お鍋飛ばして語るんじゃねぇよ!!」

「あら? 包丁の方が良かった?」

「お鍋で良い!!」

「それはそれで良いの?」

「まったく……。…………」


 ここで太陽は、ふと、こんな話を持ち上げた。


「透士郎――――」


 それは――別に太陽が、月夜の恋心に気付いていたとか、そういう訳でなく……たまたま相手のいない同士だった為、偶然出た名前だった。


「透士郎なんてどうだ? アイツも彼女いねぇし。お前と仲良さげ……だ……し…………」


 話しながら――


 を見れば、一目瞭然だった。



(月夜が――透士郎へ



 あ、コレは痛い所ついてしまった! と、危機感を覚える太陽。

 ヤカン……もしくは、包丁が照れ隠しで飛んで来ないか確認するも、その様子はない。

 再び振り返ると、月夜が真っ赤な顔をして頷き、小さくこう呟いた。


「……そうね……それは有りかも」


 その呟きを耳にした事で、太陽は確信した。


 (……)と。


 月夜に近付き、頭を撫でる。


「な……何よ、急に……!」

「なぁ、月夜……」


 頭を撫でながら……一言。


「頑張れよ――応援してるからな」



 一方その頃……。


 太陽が布団の上に置き去りにしていたスマートフォンに、一通のメッセージが映し出されていた。

 送信者名は――


『日本超能力研究室』


 要件は――


『万屋太陽様、ご無沙汰しております。

 現在、海外で暴れている【霊騒々】という能力者への対策に御協力を得たく、連絡させていただきました。

 つきましては、【霊騒々】の上位互換である【念動力】を持つ、妹様。

 万屋月夜様の力を借りたいと思っている次第であります。

 詳しい事は後日。

 ご連絡お待ちしております。』







 雲行きの怪しいメールだった。

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