【第66話】木鋸千草と海波静⑥


 千草が廃工場内で三十人の暴走族をバッタバッタと薙ぎ倒していた、ちょうどその頃――


 廃工場の外には、九百人近くの暴走族達が地面に横たわっていた。


 ヒーロー達の手によって。

 殲滅し終えたヒーロー達は、いざと言う時の為に廃工場入り口前で待機していた。

 そんな中で太陽が言う。


「数百人いる、つっても普通の人間相手じゃこんなもんか……わざわざ皆を集める必要無かったんじゃないっすか?」

「確かに……殲滅だけなら、オレと太陽……お前だけでも良かったな」


 剛士が言う。


「しかし、ただ倒すだけじゃ駄目なんだ。この暴走族は、あまりにも警察や街の人々に名が売れすぎてる。それが突然こんな事になってみろ、大ニュースとなり……

 「『地元を困らせる暴走族をヒーロー達が成敗っ!!』みたいな感じですね?」と大地が言った。「ああ、そうだ」と剛士が頷いた。


「それじゃあ駄目なんだ。ヒーローは人知れず悪を成敗する――でないと、皆安心して暮らせない。だから、殲滅するスピードや、情報操作、寝転んだ暴走族の手当て――これらを抜け目なく行う為に、お前達全員の【力】が必要だったんだよ。恐らく、これ程の数の暴走族がここに来ているんだ、目撃者もいる事だろう。警察がくるかもしれないしな」

「……なるほど」


 太陽は納得した。

 するとケタケタと姫が笑う。


「太陽さん考えの深さで完敗してるー。リーダーなのに情けなーい」

「ほっといてくれよ! 見事に論破されて傷付いてんだよこっちは!!」

「そうよ姫ちゃん。傷口を引っ掻くような……いえ、傷口を日本刀で切り捨てるような追い討ちをかけちゃダメ。太陽がお馬鹿さんなのは、前々から分かっている事でしょう?」

「皐月姐まで何て事を言うんだ!!」


 更に追い討ちをかけたのは、他でもない皐月なのであった。


 ギャーギャーギャーギャー騒ぎ立てるヒーロー達。

 久々の全員集合だった為、まるで同窓会気分だ。

 そんな様子を少し嬉しそうに見つめている月夜。


「これでめでたく解決だな」


 透士郎が月夜へ声を掛ける。

 「うん」と月夜が頷いた。


「中でもそろそろ決着がつく頃ね」

「どうする? もし、海波が市川の告白受けて千草がフラれてたら」

「無いわね、百パーセント。それならまだ、透士郎あなたの方が可能性あるわよ」

「……オレ?」

「だって――あなたは、? そもそもの話、ソレを知ってるのと知らないのとじゃ天と地の差があるのよ……静にとっては……」

「あー……なるほど、ねぇ」

「市川冬夜は……静が。コレ、気にも止めてなかった異性がお金持ちになったら急に気になり始めたって心理と何も変わらないから」

「人間の欲ってのは恐ろしいなぁ」

「そんな奴と、絶対付き合わないっしょ。都合良過ぎるし、何より危険だわ」

「くくっ!」

「……? 何笑ってんのよ……」

「やっぱって思ってさ」

「? 似てる? 誰に?」

「お前と……、だよ」

「…………そりゃね。兄妹だもん」


 するとここで――


 ドスゥーーーーーーンっ!! と、工場内から物凄い音が聞こえた後、出入り口の扉が開いた。

 中から、静と千草が現れた。


 二人仲良く、手を繋いでいる――静と千草が。


 静が目を丸くさせる。


「あらら……まさかの全員集合? 暴走族相手に……オーバーキルじゃないです?」


 すると剛士が説明を始めようとした。

 「コレにはちゃんと理由があってだな。ただ暴走族を倒すだモガっ……」口を塞がれる剛士。口を塞いだ皐月が「その説明は長くなるので割愛。後で個人的に説明しておきます」と一言。


 月夜が、静と千草に近寄って行く。


「仲直り……出来たみたいね」


 静と千草が頷いた……「うん!」と。


 ちょうどその時――遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえた。

 「お、来たな。剛士さんの予想通りだ」と、太陽が反応。


「ズラかるぞ皆!!」

「「おうっ!」」


 一斉に皆、アクロバティックに走り出した。

 パトカーが追って来れないであろう道を……スイスイと……。


 その最中にも、静と千草は手を離さなかったそうだ。

 ずっとずっと……手を……。


 ………………。

 …………。

 ……。




 そして翌日――


 中学校ヘ登校中の静に「おはよ」と、月夜が声を掛ける。


「ああ、おはよう月夜。昨日はどうもありがとう」

「もう良いから……」

「ん?」

「お礼よ、もう良いから。――もう充分だから」

「いいや! 私のお礼好きを舐めてもらっちゃ困るな! 後何回でも何百回でも言うぞ! お礼を!!」

「それ……お礼じゃなくて、最早私に対する嫌がらせじゃない?」


 まったく……と、月夜は溜め息を吐く。


「とにかく、無事に解決して良かったわね」

「ああ……そうだな。心の底からホッとしているよ」

「市川の奴とも、すっぱり縁が切れたのにもスッキリしてそうね」

「アイツももう、私を好きだなんて言う事はないだろうな。二度と! わっはっはっは!」

「てゆーか、昨日聞きそびれてたんだけど……市川に諦めてもらう為に、何をしたの?」

「ん? ああ、それはな――」


 静が満面の笑顔を見せる。


「ちょっと【借力】の力を見せてやったんだよ。ちょうど近くにブルドーザーが三機程捨ててあったから、それを使ってお手玉をして見せたんだ」

「はぁ!? ブルドーザーで……お手玉!?」

「ああ、ブルドーザーでお手玉! まさに、お手ドーザーって訳だな! あっはっはっは!!」

「相変わらずとんでもないわね……あんたの……」

だからな。とんでもないんだよ……だから冬夜も、全力で諦めてくれたよ」


 静が、澄み渡った大空を見上げながら呟く。


「こんな一件があって……改めて思えた。私は本当に――ってね……」

「……そっか……」

「あの人に会えたからこそ……私は、今の私になれたんだ……。本当に感謝しているし……心の底から――――大好きだ」

「……うん」


 そんな会話をしている内に、二人は中学校へと到着する。

 下駄箱にて上履きに履き替え、たわいの無い会話をしながら教室へ。

 教室へ入るや否や、二人はクラスメイト達に囲まれた。


 いや……二人が――ではなく、静がだ。

 突然の出来事に驚きを隠せない。


「ねぇねぇ海波さん!」

「な、何だ? これは一体……どういう状況……」

「昨日ね! 静の彼氏さんが学校へ来たんだよ?」

「へ? 千草くんが?」

「うん! 凄かったんだから! ぴょんぴょんぴょーん! シュババババハッ!! って!」

「そ……そうなのか……」


 静は知らないのだ。

 自分を捜しに、千草がこの学校へ訪れた事を。

 そして、中学生の皆さんにとんでもないインパクトを与えた事を、今、ようやく耳にした。


 以前――千草の事を、静に相応しくないと評した女子生徒は、興奮気味に口を開いた。


「写真ではアレだったけど……実物――凄くカッコ良かった!! 静が惚れるのも分かるって感じだった!!」

「え……?」

「この前、相応しくないとか言ってごめんね!! 訂正する! 二人共――――だと思うよ!!」


 静は笑った。

 満面の笑みだった。そして一言。


「だろ!?」


 自慢げに……そして誇らしげに、嬉しそうに、こう言った。


「カッコイイんだよ! 千草くんは!!」


 「…………」親友の幸せそうな表情見ると、つい嬉しくなってしまうものだ。

 月夜はそんな彼女を見て、薄く微笑んだ。


(良かったね……静……)


 しかしここで、その女子生徒から衝撃の事実が伝えられる。


「ホント海波さんの彼氏ちょーかっこ良かったぁー。何より……しぃ」

「…………大胆?」

「うん! 実は私ぃ、その彼氏さんが学校に現れた時にぃ、驚いて転びそうになったのを助けて貰ったのぉ。そしてその時にぃ……」

「その時に?」



「……は?」


 静の表情が固まる。


「え? 何を揉まれたって?」

「だから胸だってばぁ、胸よ胸。おっぱいよ」

「…………へぇ……」


 ニコニコと笑う静。

 けれどその背後には、般若のような怪物の姿があったとか、なかったとか……。


「……そうなんだぁ……へぇー、そう……」


 おもむろにポケットからスマホを取り出した静は、電話を掛ける。

 相手はもちろん千草だ。

 プルル……という呼び出し音が数回鳴った後、『もしもーし』と相手が通話に出た。


「あ、もしもし千草くん? おはよー」

『おはよー。こんな朝っぱらからどうしたの? あ、ひょっとしてオイラの声が聞きたくなっちゃったのぉー? もう、静ったら寂しがり屋さんだなぁー』

「いやまぁ……それもあるんだけどね……?」

『あれ? ひょっとして静……何か怒ってる?』

「怒ってなんかないよぉー。やだなぁー。でも、質問には答えてね?」

『あ、はい……』


 怒っていた。

 静がちゃんと怒っている事を理解した千草に、この尋問を躱す術はなかった。


「昨日さぁ……うちの中学に来たんだって?」

『はい……』

「それで、私のクラスにも来たんだって?」

『はい……』

「それで――――私のクラスメイトの子のおっぱい揉んだんだって?」

『…………事故で……』

「え? 何? 聞こえない」

『事故だったんですぅ!! それはぁ!!』

「…………て、事は……揉んだって事だね?」

『…………はい……』

「そ…………千草くんのバカっ!」

『ちょっ! 静っ! 違うんだよぉ! 誤解――ブツッ! ツー……ツー……ツー……』


 静は通話を切った。

 騒然となる面々。

 月夜が恐る恐る声を掛ける。


「し……静……? もしかしてまた……揉める訳じゃないよねぇ……?」

「揉めはしないよ……? ただ――――」


 一難去ってまた一難……に、なるかと思われたが……。


「あははっ、として、何してやろうかなぁーとは思うよ」


 どうやら……その心配はなさそうだった。


 静は好きなのだ。

 も含めて――千草の事が、好きなのだ。

 月夜は安心して「そっか」と笑った。


「あーあ、早く学校終わらないかなぁー」


 そして静はこう続けた。


「早く――――千草くんに、会いたいなぁー」


 「焦らなくても、会えるわよ」と月夜が返答する。


「これから何度も……何十回でも、何百回でも……嫌という程、あなた達はきっと会えるから。だから安心して、授業を受けなさい」

「…………だな! まぁ、きっと、嫌にはならないだろうけど!」

「……そうね」


 そう……焦らなくても、静と千草は会えるのだ。

 何十回でも……何百回でも……人生が――続いていく限り。


 千草と静の関係は…………まだ、始まったばかりだ。










 エピソード4『木鋸千草と海波静』――〈完〉

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