【第68話】正直に、答えても良いのか?


 万屋太陽は、スマートフォンの画面に映された、とあるメッセージを見つめながら歩いていた。

 そのメッセージの送り主は『日本超能力研究室』。

 胡散臭い組織名ではあるが、この組織は正真正銘、名は体を表すが如く――超能力の研究を行っている組織である。


 超能力のメカニズムの解明……とか、そういうのではなく、所謂――、というのが主な業務内容だ。


 早い話……第二のアダンを生み出さぬよう、世界の平和を維持する為の機関である。


 太陽達も、初めは胡散臭い組織名が故に、『本当はコイツらが黒幕なんじゃね?』等と疑いを持った時期もあった訳だが、蓋を開けると世界平和の為に本気で命を懸けているような、そんな研究者ばかりであった。

 そんな研究者達の姿を目の当たりにした事で、太陽達からの疑いは晴れたのだ。


 事実――アダンの組織との闘いの際には、随分と助けて貰った。


 そんな組織が、と懇願して来ている。


 リーダーであり、そして月夜の兄である――太陽に。


 昨日送られて来たこのメッセージを見た後、太陽はこの件の担当者へ連絡を取った。

 詳しい内容をしっかりと聞いた。

 それは――月夜を派遣して欲しがる事に、内容であった。


「海外……か……」


 太陽は、とある目的地を目指し歩を進めながら、そんな事を小さく呟いた。

 彼はまだ……この件について、誰にも口外していない。


 当の本人である――月夜にさえ。


 太陽には考えがあったのだ。


 先ずはに話を聞いてからでも遅くはない……と。


 目的地にたどり着いた太陽は、躊躇なくインターホンを押した。

 すると、カチャリと鍵が開く音がした後、中から一人の男子高校生が現れた。


「ん? 何だ太陽か、どうしたんだ?」

「連絡もせず、いきなり来て悪ぃな――。……上がっても良いか?」

「別に構わないが……」

「じゃ、お邪魔しまーす」


 そそくさと透士郎の横を通り抜け、家の中へと入って行く太陽。

 いつもと様子が違うな――そう感じた透士郎は首を捻った。


 太陽は、椅子に座った。

 そして机に頬杖をついて、ぼーっとテレビを見つめている。

 明らかにテレビの内容は頭に入っていない様子で、何やら考え事をしている様子であった。

 透士郎は二人分のコーヒーを用意し、そんな太陽の前に座る。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 開口一番、透士郎はそう尋ねた。


「うーん……何かあったか、なかったかで言えば――何かあった、が正解かな」

「随分と、回りくどい言い方だな」

「そういう性格だからな……オレは……」

「あ、お前、自分で自分が面倒臭い性格してるって事理解してたのか。意外だな」

「そこまで言ってねぇよ! ったく……」


 少し興奮気味にそう言って、太陽は用意されたコーヒーに手を付ける。

 一口飲んだ後、激しく咳き込んだ。


「苦っ! 透士郎! オレはブラック飲めねぇって知ってんだろ!?」

「ああ……知ってるけど?」

「じゃあ何でブラック出して来てんだよ!!」

「お前もオレん家でコーヒー飲むの初めてじゃねぇんだから知ってるだろ? ほら、砂糖とシロップ置いてるだろ? 自分好みに入れるスタイルだからだよ」

「あ……そっか……」


 太陽は砂糖とシロップを自分好みにブレンドし、再び飲む。そして「あー美味い」と一言。

 都合の良い男だった。


 その様子を見て、一目瞭然だった。

 太陽は明らかに動揺している。

 透士郎の【透視】能力では、その動揺の要因は知る由もないが……明らかに動揺している様子だった。

 改めて透士郎は思った。


(この状況下で、今のオレの立場に白金が座っていたら……もう呆気なく看破しているんだろうなぁ……相変わらず便利で……そして――――恐ろしい力だ……)


 と。


 けれど、わざわざアポなしで透士郎の家に来たのだ、その理由は今から本人が述べてくれるつもりなのだろう。

 【読心】など――必要もなく。


「なぁ……透士郎……」

「何だ?」

「お前はさ……良い奴だよ」

「面と向かって、お前からそんな事言われるとマジで気持ち悪ぃな」

「気持ち悪いとか言うな! オレの心が傷付くだろうが!!」

「はいはい、話が逸れたぞー。軌道修正しろ、軌道修正」

「くっ!」


 言われっ放しで癪に障る太陽だったが、話が逸れそうになったのは事実である為、ここはコーヒーを飲む事で昂った気持ちを落ち着かせた後、再び話の続きを口にする。


「オレは……お前なら――と、思っている」

「はぁ?」


 透士郎が、怪訝な表情を見せる。

 しかし太陽は気にせず、そう思った理由を語り出す。


「この間の千草と海波の一件の時……お前は、月夜を信じてくれたろ?」

「いや、まぁ……あの時は、月夜が適任だと思ったからな。当然の事だろう」

「けどオレは……その事に。良いか? 透士郎……アレは――

「…………」

「世界最強のシスコンである――オレよりも」


 その追加情報は絶対必要なかった。


「……誰かが自分の事をちゃんと見てくれる……その実感はさ、凄ぇ嬉しいもんだろ? あの時――月夜、内心では相当喜んでたと思うぜ? だから……月夜は千草の心を動かせたんだと思う……」

「考え過ぎだろ? アレは完全に、月夜の力だよ。百パーセントな」

「いいや……百二十パーセント、だよ――アレは、月夜の」

「………………」

「透士郎――お前が引き出した、な」

「ふむ……百歩譲ってそうだとして――要するに、お前は何が言いてぇんだ?」

「月夜はもう……って事」

「…………」

「アイツはもうとっくに……オレの手から離れてる」

「…………」

「そこで本題だ」

「本題?」


 太陽がポケットからスマホを取り出し、とあるメッセージを提示した。透士郎が覗き込み「これは……?」と一言。


「『日本超能力研究室』の犬飼いぬかいさんと猫田ねこたさんからのメッセージだ。海外で今、大暴れしている【霊騒々】って超能力者のに、上位互換である月夜の力を借りたいって内容だ」

「月夜の……?」

「しかも海外だ。それなりにデカい組織になっちまってるらしい……第二のアダン化――それをあの人達は、危惧している…………

「何で月夜だけなんだ? それなら、オレ達にも協力の要請が来ても良いんじゃねぇか?」

「透士郎……オレ達のヒーロー活動は終わってるんだ……もうオレ達はなんだよ。だからこそ、巻き込むのは最小限――あの人達がそう考えるのは、当たり前の話だろ?」

「……なるほど」


 透士郎は納得した。


「で? その話を聞いたオレに……何をしろと?」

「月夜が海外に行く件……?」

「どう思うとは?」

「月夜は行くべきか……それとも、行かないべきか? お前の意見を聞きたい」

「それは月夜に聞けよ……行くか、行かないか――それは月夜の意思次第だろ? オレにどうこう言う権利なんてねぇよ」

「この話を伝えた月夜の答えなんざ決まってるよ――『行く』一択だ」

「…………そうか」

「オレが聞きたいのは――――? って話だよ」

「………………」

「月夜と数年もの間……離れ離れになっても良いのか?」

「………………」


 無言の透士郎……。

 そんな彼に、太陽が畳み掛ける。


「なぁ……透士郎――今から、ものすっごくどストレートに聞くぞ?」

「…………ああ……」

「お前は――――




 ?」



 その問いに対して……透士郎は――


「正直に、答えても良いのか?」


 「ああ」太陽は頷く、真剣な表情で。

 そんな彼に応えるように、透士郎も真剣な表情で返答する。


 その問いに対する答えを――回答する。


「オレは…………月夜の事が――――」

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