【第58話】特別感があるでしょう?


 海波静は――人気者である。


 というのも、そうなったのは明るくなってからの話だ。

 中学二年の時、千草と出会い、彼女は変わった。

 その後、太陽や透士郎、忍などヒーロー達と出会っていき、更に彼女は変わった。


 明るくなったのだ。

 否――明るい自分を、取り戻した――そう言うのが正解だろう。


 となると、周りの人間も静の魅力に気付く。


 元々……自らの能力に絶望し、周囲との関係を断っていた彼女は、あえてソレを隠していたが……。

 元々魅力的な人間だったのだ――海波静という、人間は。


 周りが気付いてからは、静は大人気となった。


 次々に告白される日々。

 そしてそれらを全て断る日々――それは、静の日課となっていた。


 何人もの男性に告白されても、誰一人として静が心を動かされる事はなかった。

 何故なら彼女には、想い人がいたからだ。


 自分を変えてくれた――想い人が。


 そんな静の、告白を断る際の言葉のニュアンスがという事実が――現在、静の通う中学校内で噂になっていた。

 そのニュアンスの違いというのが、以下のようなものである。


 変わる前――『すまない……私は今、他に好きな人がいるんだ。だから、君の想いには応えることが出来ない』

 変わった後――『すまない……私には今、大事で大好きな彼氏がいるんだ。だから君の想いには応えることが出来ない』


 お分かりいただけただろうか?


 当然――変わった後のニュアンスでフラれた者が出て以降、トップニュースとなった。



 あの――と。



 何人もの男が涙を飲んだそうだ。

 そして……野次馬達の興味は、当然の如く、



 あの海波静の彼氏は――


 当然、静の口から語られる事もなく。

 月夜や姫、大地の口から語られる事もない為――野次馬達が、静の彼氏……千草の存在を知る事は出来ずにいた。


 本当に、海波静に彼氏が出来たのか? 嘘なんじゃないか?


 そんな風に、静の嘘説が流れる程度には……。


 しかし遂に、静の同級生達……野次馬の連中に、千草の姿を認知される時が来てしまった。


 事の発端は、とある秋の日の休日――


 静と千草が仲良く買い物デートを楽しんでいた所を、静の元野球部のチームメイト―― 市川冬夜いちかわトウヤに、その様子を目撃された事から始まる。


「え……? アレって……静? ちょっ、ちょっと待て! と、隣にいるあのダラしなさそうなアフロが、静の彼氏って事なのか!? 嘘だろ……?」


 こうして、市川冬夜に目撃されて以降――


 木鋸千草の存在は――中学生の間で、話題になってしまう。


 もっぱら――での……話題に……。


「ねぇねぇ海波さん! !!」

「? 写真? 何の話だ?」

「コレ! この写真に映ってるダラしなさそうなアフロの人が、海波さんの彼氏なんでしょ!?」


 そう興奮気味に言って、写真を見せてくる女子クラスメイト。

 「……ふむ」と、静は素直に頷いた。

 別に隠す気などは更々なかったので、素直に、正直に答えた。


「ああ、そうだぞ。この人が、私の彼氏だ。というか……こんな写真、いつ、誰が撮ったのだ? 私も写っているが……撮られた覚えがないのだが……?」


 「そんな事はどうでも良いじゃない!」とクラスメイトは声を荒らげた。

 何やら、納得が出来ていない様子だ。


「何で、海波静ともあろう人が! こんなと付き合ってるの!? 信じられない!! 海波静の無駄使いです!!」

「はぁ? 何を言っているんだ?」

「だから、私が言っているのは――あなたには、もっと相応しい人がいる――という事だよ! こんな男ではなくて!!」

「……ひょっとして今、千草くんの事を馬鹿にしてる?」

「……うっ!」

「いくらクラスメイトでも……あの人を馬鹿にする発言は、私が許さない」


 睨み付けながら凄む静。

 本気で怒っている様子だった。

 しかし――クラスメイトは怯まず反論する。


「で、でもっ! 事実だもん! 海波さんには、もっと相応しい人がいますよ!!」

「ほぉ……じゃあ、その私に相応しい男というのは誰なんだ? 例を出してみろ、例を」

「…………。例えば――



 野球部元エースの――市川くん、とか!」


「…………冬夜が?」


 静は、少し意外な人物が上げられた事に少し驚いた様子を見せる。


「あの学校一のイケメンであり、全国優勝校を唯一追い詰めた野球部のエースであり、そのバッテリーである二人こそ! 結ばれるべきだと思うのよ!」

「いやいや、それこそ――他に良い相手がいる――だろう。冬夜には、私なんかより、もっと良い人がいる筈さ」

「え……?」

「ん?」

…………?」

「ああ……思っているが? それがどうかしたのか?」

「い……いえ……ただ…………」


 クラスメイトが何やら、思考している様子。

 その後「……なるほどね!」と、納得した様子で……勢いよく机を叩き、声を上げた。


「私が――!!」

「はぁ? 一体何を……」

「大丈夫大丈夫! 皆まで言わなくても良いからぁ! 私に任せて! 静さんが考えるのは、だけで良いから!」

「その後の事?」

「うん!」


 クラスメイトは満面の笑みで頷いた。


「市川くんと海波さんがくっ付いた後――その千草って人と、どのように円満に別れるか――それだけを、考えていてくれたら良いから!」

「はぁ!? いや、私は別れるつもりは――」

「大丈夫……

「は?」

「あなた達はお似合いよ? そんな、自分を卑下するものではないわ。自信を持って」

「自身は持ってるし! 自分を卑下なんてしてないわ!!」

「私に任せてね! それじゃまた後程ー!」

「おいっ!」


 満面の笑みで、クラスメイトは立ち去って行った。

 何かを企みつつ……。

 唖然とする静に、月夜が近寄り声を掛ける。


「面倒な事になったわね」

「……ああ……一体、何するつもりなんだろ?」

「決まってるじゃない――あんたに、そのを紹介しようとしているのよ」

「冬夜を!?」

「どう考えてもそうでしょ……あの感じ……めちゃくちゃ誤解されているわよ」

「誤解……?」

「ええ……木鋸が、――という、誤解をね」

「それは許せん!! 今すぐ誤解を解かなければ!!」

「やめなさい、静」


 と、月夜が静止する。

 「何で止めるんだ月夜!」と、静は当然反発する。


「恋は盲目……という言葉を知ってる?」

「? ああ……聞いた事はあるが……」

「周りの人間は皆……今の静はその状態にある――と、思っているのよ」

「私の目が見えないって思っているのか!?」

「あなたの目が曇ってると思っているのよ。だから――傍から見た静に相応しくない、木鋸と付き合ってるのだと……そう思っているの」

「相応しくない……? 月夜! それ本気で言ってるのか?」

「まさか……そんな訳ないでしょう。木鋸千草程、あんたの彼氏に相応しい男はいないと――私は思っているわよ。けれど、周りの人はそう思ってないって話」

「周りの人は……か……」

「そんな人達に、静が『木鋸千草は良い人だ!』と、声高々に荒らげても……火に油を注ぐだけよ」

「ぐっ……大炎上という事か……じゃあ、どうすれば良いんだ? 千草くんは、私に相応しい男だと――どうすれば皆に理解して貰えるんだ?」


 その問いに……月夜は答える。

 目を閉じて……大好きな兄と、その彼女の顔を脳裏に浮かべながら……答える。


「別に……皆にのよ。――それで良いじゃないの。そんな事にドギマギしていたら……恋愛が、進まなくなっちゃうわよ? みたいにね……」

「月夜……お前……」

……特に、対象が尊敬とか、憧れとかの存在であれば、ある程ね……それを無理矢理求めるっていうのは……こちらのエゴよ」

「…………それもそうか……」


 月夜は、改めて問う。


「木鋸千草の事……好きなんでしょ?」

「ああ! 大好きだ!」

「どういう所が好きなの?」

「普段はからっきしの癖に、いざとなると頼もしく、私を抱き締めてくれる優しい所が好きだ!」

「それを……あなたが分かってるだけで良いじゃない。周りの人には理解出来ない彼氏の顔を、理解出来てるってだけで特別感があるでしょう?」

「ふむ……確かに」

「静が大切にすべきは彼氏の方――無理に周囲へ認めさせなくても……いずれ自然と、周囲が木鋸千草を認める日が来るから。その時まで、普通にしていれば良いの……普通に、ね」

「…………」


 ポカンとした表情で、月夜を見つめる静。

 その空気感に耐えかねて、月夜が照れ臭そうに「何よ……」と反応する。

 静は笑って、抱いた気持ちをそのまま口にした。


「月夜……お前……大人になったなぁ……」

「まぁね……いつまでも――子供のままでは、いられないから」


 微笑み合う二人……。


 こうして……この一件は、幕を閉じた――――かに思えたが。


 そうは問屋が卸さない。

 それはその日の昼休みに起きた。



「海波静! オレは――お前の事が好きだ! オレと結婚を前提に、付き合ってくれないか!?」


 元野球部で、元静とバッテリーを組んでいた人気者――市川冬夜からの告白があったのだ。


(えぇーーーーっ!!)


 静の答えは決まっている。

 しかし……一筋縄ではいかない相手である事は、間違いなかった。

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