【第59話】お前ら……喧嘩でもしたのか?


 市川冬夜の告白は、いわゆる公開告白というものだった。


 沢山の目がある中で、注目を浴びるように静を廊下へ呼び出し。

 沢山のギャラリーの前で、静へと告白をした。

 沢山のギャラリーが集まる――廊下で。


 観衆の目を集める事で、断りづらい告白となる。


 これも、市川冬夜の作戦なのだろう。


 当然、近くに居た月夜も窓越しに、その様子を確認している。

 仁王立ちで告白して見せた市川冬夜を見つめながら、それら全てを看破した月夜は小さく呟いた。


「市川冬夜……凛々しい顔してる癖に、食えない男ね」


 この状況下の告白は、された者が断りづらい。

 もし告白をあっさり一刀両断してしまえば、明日からのヒール役回りが避けられないからである。

 相手が学校一の人気者であるから、尚更だ。

 衆人は大抵……敗者に同情し、味方する。


 つまり、もしこの状況で静がこの告白を断ると、こういう感じになる。


『あんな振り方するなんて酷い!』

『冬夜くんが可哀想じゃないの!』

『明日から口も聞かないでやりましょ!』

『そうしましょ!』


 こんな感じに。


 これらを全て計算し尽くし、市川冬夜はこの告白を実行したのだ。


 早い話が――『オレと付き合うか、それとも明日からの学校生活を気まずくなるか……どちらかを選べ』という事である。


(エグい事するわ……コレだと、確かには断れない…………けど――残念ね、市川……)


 しかし月夜は理解していた。

 親友である静が――こんな空気感に怖気付くようなタマではないという事を。

 ――事を。



「ごめんなさい」


 即答とも言える速度で、静は頭を下げた。

 市川冬夜の告白を、一刀両断したのである。

 この断りづらい状況で、物怖じなど微塵もせず。


「私、今――彼氏がいるので……あなたの思いに応える事は出来ません」


 一刀両断のその圧倒的な速さを前に。

 ギャラリーの面々は唖然としてしまう。

 当然……告白した当人も……。


 月夜は溜め息をつく。


(結果としては……ただ市川が恥をかいただけに終わったわね……。静相手に、こうなるのは分かり切ってた事でしょ。ソレが分からないなら、市川……あんたは静に相応しくないわ)


「うん――そう言われるのは分かってた」


(……え?)


「だけど……オレは静に告白したんだ」


 月夜は目を剥いた。

 市川冬夜が食い下がっている――その事実に。


「彼氏が居るのは分かってた。あのアフロの人だよね? 正直……ショックを受けたよ」

「…………!」

「先を越されてしまった――ってね……。諦めようかとも思った。けど――オレは諦め切れなかったんだ」

「…………!!」


 ズカズカと詰め寄ってくる市川冬夜を前に、流石の静も息を飲む。


「なぁ? 静。バッテリーを組んだ仲じゃないか……オレに一度――チャンスをくれないか?」

「チャンス……?」

「……ああ」


 静は今――壁ドンされていた。

 ギャラリーが黄色い声で沸き立つ。


「今日の放課後……オレとデートしてくれ」

「い、いや……それは……」

「頼む! 一回だけで良いから!!」

「っ!!」

「その一回で……オレは必ず――お前の心を、掴んでみせるから! そしてその後でもう一度、比べてみてくれ! あのアフロの人と、オレを――天秤にかけてみてくれ!! やっぱりオレは――お前の事が、好きなんだ!!」

「…………!!」

「どうなんだ!? 静!!」

「え、あ……えっと……い…………一回だけなら……」


 市川冬夜の圧倒的な勢いに押され、つい承諾してしまった静。

 その瞬間、ギャラリーが沸き立った。


 形勢逆転とは……まさにこの事を言うのだろう。


 月夜は頭を抱えた。


「あーあ……やっちゃった……」


 それと同時に、月夜は不穏な気配を感じ取る。


(市川冬夜……まさかここまで読んでいたの? だとすると……想像以上に食えない男かも……戦慄すら覚えるわ……。木鋸……うかうかしてると、…………それに……思い過ごしかもしれないけれど……ひょっとすると市川は……いや、そんな訳が…………)


 月夜は、



 そして放課後――


 場面変わって太陽の通う学校。

 キーンコーンカーンコーンと、放課後を告げるチャイムが響く。


「聞いてくれよ千草ぁー!! オレが大金出して買った、オ〇ホール……月夜にブラジルまでぶっ飛ばされちまったんだよぉー!! 酷くない!?」

「お前のその管理能力の低さが酷い。アレはオイラ達、男にとっての宝だぞ? そして、女はその宝を横取りし破壊しようとする山賊だ。その山賊が簡単に宝へ触れる事の出来る状況を作り出してしまったお前が悪い。従って、お前が悪い」

「くっ! 返す言葉もない!!」


 「お前……何の話してんの?」透士郎が冷ややかな視線を、地面に這い蹲っている太陽へと向ける。


「オナ〇ールがブラジルへ飛んでったって話だよ!!」

「凄むな凄むな……つーかお前……白金と付き合ったってのに、まだそんな物買ってんのかよ……白金に失礼だとは思わねぇのか?」

「だっ……だってぇ……」


 モジモジする太陽。


「モジモジすんなよ。気持ち悪ぃな……」

「何だよ何だよ!! さっきからオレばっか虐めてさ! もっと千草や忍の事も虐めろよ!! 弱い奴しか虐めらんねぇのか! この腰抜け! 弱い者イジメ日本代表め!!」

「お前だけも何も……お前以外に、そんなもん買ったって奴がいないんだから仕方ねぇだろうが……」

「はぁ!? 何ふざけた事言ってんだよ透士郎! 千草と忍だって色々と――――……あれ? そういや最近……オナホー〇どころか……エロ本一冊買った、とかいう話すら……こいつらから、聞いてないような……」


 太陽が、恐る恐る二人を見た。


「ま……まさか……まさかお前ら……」


 千草と忍が、キョトンとした表情で目をぱちぱちさせている。


「いや……彼女出来たんだから、そういうのに手を出すのは流石にダメっしょ……」

「うむ……彼女に失礼だ」


「こんの……裏切り野郎共がぁぁぁあーーーーっ!!」


 太陽が吠えた。

 絶叫した。


「何っでだよ!! 何でっだよぉ!! オレ達のエロ同盟は、ちょっと一人や二人彼女が出来たぐらいで終わっちまうってのかよぉ!! 悲しいよ!! オレ、すっごく悲しいよぉ!!」


 汚く泣き叫ぶ太陽を尻目に、千草と忍が顔を見合わせる。


「……と、言われても……ねぇ……そういうの見たくても、見たら静がすっごく怒るようになったし……」

「拙者も……そういうビデオを見てるのを宇宙に発見されて、危うく洗脳されて、駅前で裸踊りさせられそうになったし……」

「普通はそういうの……彼女が哀しむよねぇ……」

「ああ……白金が可哀想だ……」


「…………!! そっ、そういう……もの、なのか……?」


 ここまで言われると、流石の太陽も気付く。

 自分がどれ程……愛梨に、広い心で見逃されていたのか……。

 自責の念が……太陽を蝕んだ。


「お……オレは……バカだ……」


 膝から崩れ落ちた太陽に、透士郎が優しく声を掛けた。


「そうだ太陽……お前はバカだ……。だけど、お前ならここから何回だってやり直せるよ……」

「透士郎……うぅ……」

「さ、これで涙を拭って、パァーっと、カラオケにでも行こうじゃねぇか……

「ああ……そうだな! パァーっと行こう!」

「おう! 

「っしゃあ! 野郎共ぉー!! カラオケ行くぞぉー!!」


 太陽のこの声掛けに、満面の笑みで返事をする透士郎、忍、千草の三名。

 こうして見事、太陽はカモられたのであった。


 そんな訳で、四人は近くのカラオケ店へと足を運ぶ。


 思う存分歌い叫び、楽しんだ後。

 「詐欺だっ!」と泣きながら太陽が四人分の会計を支払い。

 カラオケ店を後にした太陽達だった。


 時刻はこの時、二十時を超えていた為「そろそろ解散だな」と話をしていた所……。

 「ん?」と、太陽の目が、とある物を捉えた。


「? どうかしたのか? 太陽」


 そんな太陽の様子に気付いた千草が声を掛ける。

 太陽は……恐る恐る、問い掛けた。


「なぁ……千草……。お前ら……喧嘩でもしたのか?」

「はぁ? オイラと忍や透士郎は、大の仲良しだぜぃ? 喧嘩なんてして……」

「そうじゃなくて! 、だよ……」


 真剣な表情で、ある一点を見つめながら、問い掛けを続ける太陽。

 忍と透士郎も、そんな太陽の様子に……違和感を持つ。

 太陽の見ている方向へ視線を向けると、二人は察した。


 この中で唯一、まだ――千草だけが気付いていない。


 そして三人は――と考えた。


 しかし、時既に遅し。

 太陽達が千草の気を逸らそうと、動き始めたその時既に――千草の目は、を捉えていた。



 彼女である静が――イケメンの男と手を繋いで歩いている姿を……。


「え……? な、何だぁ……? アレ……」


 その瞬間……千草の頭が、真っ白になった。




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