【第53話】少し天邪鬼な所もあるのよ


 学校を終え、一人下校中の月夜。


 正直な所、彼女はあまり祝福出来ていなかった。

 太陽と愛梨の関係を。


 既に、愛梨との関係は緩和されている。

 事実、太陽が告白を終えた翌日、二人は一緒にクレープを食べに行っているのだ。


 太陽と愛梨はお似合いである――そんな事は知っている。

 以前のように愛梨に腹も立たない――私に怒る権利なんてない。

 にも関わらず……月夜はモヤモヤとしていた。


(何だろう……この気持ちは……。これは一体、何に対するモヤモヤなのだろう……? まったく……本っ当に、自分の事が嫌になる……自分が、こんなにも心の狭い人間だとは思いもしなかった……)


 そんな事を思いながら、夕焼け空を眺める。

 そして大きな溜め息を一回。


「私も……早く、大人にならないとな……」


 ゆっくりと前を向き、歩き出す。


「ただいまー」


 家に辿り着き、玄関のドアを開ける。

 しかし返事は何も返って来ない。

 ただただ沈黙だけが、月夜を迎え入れた。


「………………」


 まだ誰も帰って来ていない事を理解した月夜は、無言でリビングの中へ入る。

 気にする相手もいない為、リビングで堂々と着替えを済ませた後、ソファーに座りテレビの電源を入れる。

 テレビから声が流れた事でようやく、万屋家に活気が溢れた。

 当の月夜は、黙ってテレビを見つめている。


 それから一時間後――


「ただいまー!」


 玄関のドアが開いた音と同じくして、声が聞こえた。

 皐月が帰って来たのだ。


 ソファーから身体を起こし、玄関まで迎えに出る月夜。


「おかえりー。今日は遅かったね……っえ?」

「こ……こんばんは……月夜ちゃん……」


 愛梨が居た。

 またしても、皐月に連れられる形で愛梨が万屋家へとやって来たのだった。

 皐月が満面の笑顔を見せる。


「その辺トコトコ歩いてたから、拾ったの」

「落し物みたいに言うわね……皐月姉……。それと、思考回路が完全なる誘拐犯のそれだ……」

「失礼ねぇ! 人を誘拐犯だなんて! ささ! 愛梨ちゃん、遠慮せずに上がって上がって」

「え……えーっとぉ……」


 オロオロとする愛梨。チラチラと視線を月夜の方へと向けている。

 そんな彼女を見て月夜はため息をつく。


「何オロオロしてんのよ。堂々と入りなさいよ。あなたはこの家の長男の――彼女なんだから」


 その言葉を聞いた瞬間、愛梨の表情が満面の笑みに変わる。


「お邪魔しまーっす」

「はいはい、どうぞ……」


 そんな月夜を見て、ニコニコしている皐月。


「何よ……皐月姉……」

「んー? 別にぃー?」

「もぉー! 皐月姉ぇー!」

「さぁーて、私は夕飯作るからぁ、二人はリビングでゆっくりしててねぇー。フンフフフーン……」


 鼻歌交じりにキッチンへと消えて行く皐月。

 すると、必然的に月夜と愛梨は気付く。



(二人きり……!?)


 そう……この二人、グレープを一緒に食べる仲にはなったものの、あの一件以降、で何かをしたという実績がないのだ。

 あの一件以前の二人の関係は、今更語るまでもない。

 即ち、互いにニュートラルなメンタルで、二人きりになるのはこれが始めてなのである。

 従って――――


(気まずい!!)


 互いにそう思ってしまうのも無理のない話なのである。


 沈黙が訪れる万屋家のリビング。

 二人共、冷や汗が滲み出てしまう。


 この空気の中、先に動いたのが月夜だった。


(ず……ずーっと立ってて貰うのは申し訳ないわよね……? ……よしっ!)

「な、何ボーッと突っ立ってんのよ! ソファーがあるんだから座んなさいよ!!」


 ツンデレ発動。


(あーもうっ! 私のバカーっ!! 何で素直に『座ってください』って言えないのよー! もぉー!! これだと私が怒ってるみたいじゃないのー!! 私のアホーっ!)


 やってしまった……嫌な気分にさせてないかな? と、不安な気持ちで愛梨をチラ見する。


「…………」


 そんな愛梨は、何やら顎に手を置き「うーん……」と唸りながら神妙な表情を浮かべていた。

 ソファーに座ろうとする様子はない。


「え? どうしたの? 座らないの?」

「あのね? 月夜ちゃん……」

「何よ」

「私……とんでもない事に気付いてしまったわ……」

「とんでもない事?」

「うん……。あのね? 私、これからはあなたに対して、自然体でいようと思っているの」

「そ、そうなんだ……」

「でね? 実際の私って、かなり腹黒で性格悪いじゃない?」

「いや、それは何となくしか知らないけれど……」

「そんでもって、少し天邪鬼な所もあるのよ」

「……だから?」

「私――――月夜ちゃんの言う事には、従いたくないみたいなの」

「へ?」

「だから私……ソファーには絶対に座らないわ。床で体育座りしてた方がマシだとさえ思う。ごめんなさい」

「何のカミングアウトなのよ、それは!!」


 真面目な顔でそんな事をカミングアウトした愛梨に、月夜が全力でツッコミを入れた。


「座らないの!?」

「ええ」

「絶対に!?」

「うん……死んだ方がマシだとさえ思ってしまう」

「私の言う事聞くのがそんなに嫌なの!?」

「うん……私、あなたより立場が上でいたいって欲求が、かなり強いみたい……ビックリしたわ……」

「性格悪っ!! 私の方がビックリしたわ!! 何なのよそれ! 良いから座んなさいよ!!」

「嫌!」

「座んなさいってば!!」

「嫌っ!」

「絶対に嫌っ!!」

「意地っ張りにも程があるっ!!」


 強情な愛梨を前に溜め息を吐く月夜。

 どうやら、説得しようとするのを諦めたようだ。


「あーもうっ! 分かったわよ! そんなに私の言う事聞くのが嫌なら、床に座ってれば? 別に床に座った所で、何も害はないんだし! 好きにすれば良いわ! ふんだっ!!」

「…………」

「へ?」


 愛梨がソファーの前に移動する。そして…………ストンと、ソファーに腰を下ろした。

 ソファーに座ったのだ。


 月夜が――ば? と、言ったからだ。


「めんどくさいわね!! あんた!!」

「そうね……素直になる――というのも、考えものだわ」

「あんたのは極端なのよ!!」


 そんな風にギャーギャー騒ぎ始めた二人の声を聞きながら、皐月はくすっと笑った。


(もう……この二人は、大丈夫そうね……)


 仲睦まじく言葉を交わし合う二人を確認し……皐月は安心したのだった。



 そして、晩ご飯が出来上がった、ちょうどその時――


「たっだいまぁー!! 我が愛しの姉妹達よー!!」


 気持ち悪いただいまの挨拶と共に、太陽が帰って来た。

 そんな彼の声を聞いた瞬間、月夜と愛梨の目が輝き、仲良く同時に立ち上がった。

 二人が迎えに行こうと動き出した……が……。


 太陽とは違う、のだ。


「お前……本当に、姉妹の前だとキャラ変わるよなぁ……ものすごく、気持ち悪くなる」

「うるせぇよ! つべこべ言わずにさっさと中に入れ! 皐月姉ー! 今日、透士郎の分もご飯あるー?」


 二人を玄関で迎えたのは皐月となった。


「あらあら? 透士郎くんまで来ちゃったのね。まさに、飛んで火に入る夏の虫だわ。充分あるから、思う存分食べていってね」

「万屋家は火なのか? それって危ないんじゃ……ま、まぁそれは置いといて、ありがたくいただきます」


 そんな会話を、リビングで耳にしていた愛梨と月夜。

 月夜の顔が嬉しそうに綻んでいた瞬間を、愛梨は見逃さなかった。


 ニヤリと笑って一言。


「良かったね。透士郎くんが来てくれて」

「は、はぁ!? べ、別に、喜んでなんかないし!」

「あーあ、月夜ちゃんは素直じゃないなぁー――私と違って」

「あ、あんたみたいな捻くれ者と一緒にしないでよ!!」


 ここで太陽と透士郎がリビングへと入って来る。


「あれ? 愛梨、来てたのか?」

「うん、ちょっと皐月さんに捕まっちゃってね」

「ふぅーん……そっかそっか。そりゃ逃げられないわな」


 と、会話を交わす太陽と愛梨。

 透士郎は、床に鞄を置きながら月夜へ声を掛けた。


「悪ぃな、飛び入りで」

「…………」

「ん? 何? 怒ってんの?」

「……べっつにぃー」


 そんなこんなで、この五名で夕食を囲む事になった。

 本日の万屋家の食卓は、騒がしくなりそうだ。

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