ヒーロー達の青春後日談〈秋〉

【第52話】自分の気持ちに、正直に


 猛威を振るっていた暑さもなりを潜め……少しずつ、来るべき冬に向けて気候が移り変わっていく。

 季節は、秋を迎えていた。


 厳しい夏を超え、過ごし易い気候であるがゆえに、少しダラけがちとなってしまう。

 太陽もまた、ダラけていた。


「ふわぁー……よーく寝たぁー! んー! 今日も良い天気だなぁー! お、月夜。おはよー!」


 伸びをしながら、そんな事を宣いつつリビングへと入ってきた太陽に対して、ジト目を向ける月夜。

 月夜はチラッと時計の針を確認した後、挨拶を返す。



 時計の針は既に、十一時四十分を指してしたのだ。


「だらしないわねぇ……何時まで寝てんのよ……」

「はぁ? お前何言ってんだ? 今はまだ……」


 反論してやろうと太陽が時計を確認したものの、その事実が故に口ごもってしまう。

 どうやら、ぐうの音もでなかったようだ。


「…………」

「ねぇ兄貴? 今はまだ……何?」

「何でもねぇよ。さ、飯食おう飯を! を!」


 必死で話を逸らす太陽だった。


「皐月姉、何か作ってくれ」

「ん? あ、はいはい」


 お風呂掃除をしていた皐月に声を掛ける。


「代わってくれる?」

「もち! ピッカピカにしてやんよ」


 そんな訳で風呂掃除の選手交代。

 皐月に代わって太陽がスポンジを手に取り、風呂掃除を始める。


「覚悟しろよ汚れ共! オレの前ではお前らの存在などチリに等しいと知れ!! うおぉおおおおぉおおおぉおおおおおおぉーっ!!」


 そんな彼の姿を確認した後、皐月は昼食を作る為キッチンへと向かった。

 リビングに入ると、月夜が溜め息混じりに呟いた。


「いくらなんでも、ダラダラし過ぎじゃない? あいつ……」

、の間違いでしょ? きっと、念願の想い人と結ばれて嬉しいのよ。昨日も遅くまで電話してたみたいだし」

「まったく……いつまで浮かれてんだか」

「うーん……大体、付き合い始めて三ヶ月は熱中期間って言うじゃない? その間は、あんな感じなんじゃないかな?」

「あんな感じ……ねぇ……」


 月夜が辟易しながら、お風呂場から聞こえてくる奇声に耳を傾ける。


「この汚れめぇー!! 負けんぞ! オレは負けんぞ!! うおぉおおおおぉおおおぉおおおおおおぉーっ!!」


 大きく溜息を吐く月夜。


「……あんなんで、大丈夫なのかなぁ……?」

「良いじゃないの。お風呂がピカピカになって、皆幸せになるもの」

「あ、気にする所そこなんだ……」


 月夜は、奇声のような太陽の声を聞きながら、ふと疑問を口にする。


「白金さん……あんな奴のどこを好きになったんだろ?」

「あら? それについては、あなたの方が良く知ってるんじゃない?」

「わ、私は妹だから! ……一番、兄貴の傍にいれたから、気付けただけで……あの人は……」

「ふむ……それもそうね」

「皐月姉も分かるでしょ? 兄貴ったら、ガサツだし、適当だし、エッチだし! おまけにバカだもん! 白金さんなら、もっと他に……」

「バカだから、良かったのよ」

「え……?」


 皐月が、感慨深そうに声を落とす。


「きっと……太陽がバカだから……愛梨ちゃんは、あの子の事を好きになったんだと思う……。だって……バカに色々と振り回されてたら……色々な悩み事が、馬鹿らしくなっちゃうでしょ? だから私は……太陽と愛梨ちゃん、二人はお似合いだと思うな。お互いに、代わりはいないと思える程に……ね……」

「…………」

「月夜も……そう、思わない?」

「……うん……思う」


 月夜は納得した。


「まぁでも……あの二人がこのまま行くとは、思えないのよねぇ……」

「それは私も思う!」

「その時――――鍵になるのが、月夜あなただったりしてね」

「へ? 私!?」

「…………冗談よ。さぁー、お昼ご飯何にし、よ、う、か、なぁー? 月夜、何かリクエストある?」

「チャーハン食べたい! ナスビ入ってるやつ!!」

「りょーかい。でも……卵あったかしら?」


 冷蔵庫の中を皐月が確認し始める。

 月夜は、相変わらず聞こえてくる太陽の奇声に再度耳を傾けた。


「こんにゃろー!! 落ちやがれ汚れ!! テメェがラスボスか!? ぶっ潰してやんよぉー!!」


 「…………」そんな風に浮かれている太陽の声を聞き、何とも言えない気分になる月夜。


 一方で、卵を発見した皐月。


「あったあった。月夜ー、それじゃあチャーハン作るわよー?」

「…………」


 しかし月夜から返事がこない。


「月夜ー?」

「……あっ! う、うん! チャーハンお願いしまーっす!」

「…………」


 皐月は、冷蔵庫の扉をゆっくりと閉め、月夜の元へ。


「ねぇ月夜……?」

「な、何!? どうしたの……?」

「太陽と愛梨ちゃんが付き合って……寂しい?」

「…………っ!」

「私が時々……剛士くんの家に行くの……寂しい?」

「…………っ!! ば……バカだなぁ、私をいつまでも子供扱いしないでよー。もう中三だよ? 中三。来年からは高校生なんだよ? そんなの、寂しい訳……」

「月夜」


 皐月が真剣な眼差しで、月夜を見つめる。


「寂しさに年齢は関係ないわよ? 例え大人になっても、寂しいものは寂しいのよ。あのアダンが、そうだったようにね」

「だ、だからぁ! 私は別に……」

「もし――もしもあなたが今、心の奥底で『寂しい』と、少しでも感じているのなら……今から言う、私のアドバイスをしっかり聞いて」

「アド……バイス……?」

「ええ……その、アドバイスとはね…………。



 あなたにとっての――愛梨ちゃんを、見つけなさい」



「……え?」


 唖然とした表情のまま、月夜はオウム返しのように、その言葉を繰り返す。


「私にとっての……白金さん……?」

「そう……言い方を変えると……『愛梨ちゃんにとっての太陽』や『私にとっての剛士くん』、『姫ちゃんにとっての大地くん』はたまた『宇宙ちゃんにとっての忍くん』……といった感じかしら? 身も蓋もない事を言っちゃうと――彼氏を作りなさいって事ね」

「本当に身も蓋もない!!」

「でもそれこそが……あなたが

「…………」

「ねぇ……月夜。分かっているとは思うけれど……私達家族は、いつまでも今のままではいられない……分かるよね……?」

「…………うん……それは……分かってる……」

「だからこそ……見つけなさい。太陽や私は……あなたの家族にはなれても――――。よく……この言葉を、覚えておいてね」

「…………うん……」

「うむ! 分かればよろしい! 大丈夫! 男なんてあちらこちらに転がってるんだし! 良い人がきっとすぐ、見つかるわよ! なんてったってあなたは私と太陽の妹なんだから! すっごく、魅力的だもの!」

「うん……そうだね……」

「それに――――



 ……月夜にとっての唯一は……案外、



「近く? …………ねぇ、皐月姉、それって……」

「さ! 私もお腹空いてきちゃったなぁー。チャーハン作りましょうか!」

「う、うん……」


 分かりやすく、話を逸らした皐月。

 月夜もこれ以上は何も追求しなかった。


 月夜は察したのだ……。


 皐月は今、大ヒントをくれた――という事を。


 そして、それと同時に気付いた。

 『ここから先は自分で考えなさい』というメッセージでもあるという事に。


 答えなんて……もう、既に……。



(自分の気持ちに……正直に……か……)


 思い浮かぶのは、一人の男性の顔。


 果たしては……。

 月夜を唯一としてくれるのだろうか……?


 月夜は今――恋愛という、大海原へ出航しようとしていた。



「えぇーっ!? まだ昼飯出来てないじゃん!? 遅くない!? 何があったって言うのさ!! 皐月姉らしくない!! ひょっとしてオレの風呂掃除っぷりに見惚れてたなぁー? 惚れちゃった? 惚れ惚れしちゃったぁー? それはもう、愛梨の如く! あはっ! なんちゃって!! いえいっ!」


「……月夜……だけど、にはなっちゃ駄目よ?」

「……うん、分かってる……には、絶対にならないわ」

でも駄目よ?」

「分かってる、、私嫌いだから」


 「あれ?」と、目をぱちぱちさせる太陽。

 当然の事ながら、話に着いていけない。


「こんな風とか、こんな男とか……何の話?」


 クスッと笑って、月夜と皐月が声を揃えて言う。



「「恋愛に浮かれ切ってる万屋家の長男の話よ」」

「酷いっ! 何だよそれ!!」



 …………。

 こんな感じで、新章開幕です。


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