【第51話】万屋太陽と白金愛梨⑧


 太陽の気持ちを百%込めた告白を終え。

 無事恋人同士となった二人は今もまだ、アダンとの最終決戦跡地にいた。

 太陽は今、その場所で土下座をしていた。

 地面に頭がめり込む程の……土下座をしていた。

 対して、愛梨は頬を紅潮させ、少し動揺している表情のまま、現在進行形で土下座をしているから目を逸らしている。


「まさか……付き合ってコンマ数秒でキスされるとは……」

「すみませんでしたぁー!! つい出来心で! 付き合ったから良いかなぁーっとか思っちゃいまして! 身体が勝手に動いてしまいまして! 本能が! 本能が悪いんです!! 本当に、すみませんでしたぁ!!」

「……いや、謝られる事ではないんだけれど……私も……その……嬉しかったし?」

「嬉しかったの!?」

「改めて言わないでよ!! 恥ずかしいんだからぁ!」

「じゃあさ……白金……」

「?」

「もう一回……チューしようか」

「キリッと、真面目な顔してても、底にある下心が隠せてないからダメ」

「ちぇっ……」


 ブー垂れた表情の太陽。

 そんな太陽に向かって、「ほら、いつまでも土下座してないで。ここ座って」とベンチの空いた所をポンポンと叩き、座る事を促す愛梨。


「お、おう……」


 横に並んで座る二人。

 二人の視界に映るのは、激闘の痕跡が残る……何もない景色。

 普通の人ならば……『うわっ、何も無い場所! つまらん!』という感想で終わりな景色なのだが……。

 この二人に限っては違う……。


「あっという間だね……」

「……ああ。……つい最近の事のように思ってしまう……」

「そうだね……」


 どうしても……あの闘いを思い出してしまう。

 あの――を……。


「出会ったばかりの私達に……今の私達を……今の私達の関係を、見せてあげたいね」

「だな! きっと驚くだろうなぁ、昔のオレも、昔のお前も!」


 二ヒヒッ! と笑う太陽。

 愛梨もまた、クスッと笑って頷いた。


「そうね。あの頃の私達じゃ、想像も出来なかったよね……まさか、私達が付き合うだなんて……」

「オレなんて、絶対こんな奴と仲良く出来ない! って思ってたもんな!」

「ははは……私も」


 愛梨は、何も無い地形が遠く広がる景色を見つめながら、声を零す。


「でも――色んな事を乗り越えて……色んな人と出会って……私達は今、結ばれる事が出来た」

「……ああ」

「それってさ……きっと、幸せな事だよね?」

「ああ……間違いなく……幸せだよ。少なくとも……オレはな。お前はどうだ? 白金」

「私も幸せだよ――太陽くん」

「……そっか、なら最高だ」


 顔を見合せ、微笑み合う二人。


「あーあ……でも不公平だよなぁー」


 突然、愛梨が退屈気な芝居を始めた。

 太陽が首を捻る。


「不公平?」

「そ、不公平なんだよ」

「何が不公平なんだよ?」

「晴れて、彼氏彼女って関係になれたのにさぁ、太陽くんってば、相も変わらず……私の事、『白金』って呼ぶんだもんなー」

「げっ!」

「私は、ずーっと前から、『太陽くん』って呼んでるのになぁー。あーあ……不公平不公平」

「ぐぬぬ……」

「あれれー? ひょっとしてぇー。キスまでして来た癖にぃ、彼女の名前も満足に呼べないのかなぁー?」

「ぐっ!」

「それって、腰抜け脱却した事になるのかなぁ?」

「だぁーもうっ!! 分かった! 分かりましたよ!! 名前で呼べば良いんでしょ!? 名前で!!」

「うむ。悪くない提案じゃ、承ろうではないか」

「…………何だよ……その口調は……」

「つべこべ言わず。はい、どうぞ……」

「………………っ!!」


 そして太陽は、少し恥ずかしそうに口を開いた。


「あ……あ、あ…………愛梨……」

「…………」

「こ、これで満足か!? つーか! せっかく名前で呼んだんだから何か反応くらいしろよ!!」

「……もう一度」

「あん?」

「もう一度……呼んで……」

「……? 愛梨……?」

「もう一度……」

「愛梨……」

「『愛梨、好きだ』、はいどうぞ」

「愛梨、好きだ」

「うーん……『愛梨、大好きだ』は、どうかな? はいどうぞ」

「愛梨――――大好きだ」

「えへへっ! 嬉しいなっ!」

「何なのコレ!? マジで何なの!?」

「私も……」

「?」

「私も大好きだよ――――

「………………っ!!」


 顔を真っ赤にする太陽。


「あははっ! 顔、赤くなってるー! 可愛いー!」

「う、うるせぇ! ったく……付き合っても変わらねぇな……お前は……」

「そりゃそうでしょ……私達はこれから、ずーっとこうやって生きていくのよ――――一緒に、ね」

「それって、今後ずーっと……からかわれ続けるって事かな……?」

「いや……?」

「…………んにゃ? 悪くねぇ、かな? 程々なら……」

「程々ね! 利用しました!」


 そう言って、ぴょんと元気よくベンチから立ち上がる愛梨。


「私もー!!」


 太陽は、その言葉を聞き眉を寄せる。

 (頑張る……?)と。


「なぁ……白が……」

「むむ?」

「なぁ……愛梨?」

「何かな? 太陽」

「…………………」

(白……愛梨には、んだろうな……だったら――)


 太陽も立ち上がる。そして一歩二歩進み愛梨の前へ。


「知ってるか……? ここ、辺り一面に桜の木を植えるらしいぞ」

「桜の木……? へぇ、そうなんだ」

「来年の春には、一面真っピンクになってる筈だ」

「それはきっと、さぞかし綺麗だろうね」

「だから来年の春――ここに来よう」

「え?」

「いいや……来年だけじゃない。再来年もそのまた次の年も……はたまた、五年後も……十年後も……ずっと……ずっと……」

「…………っ!! うん、そうだね」

「約束だぞ……? 愛梨」

「うん……約束!」

「むぐっ!」


 すると今度は、愛梨から……。

 互いに目を閉じ合う。


 この場所に――――まだ、桜は咲いていない。


 しかし……いずれ桜は咲く。

 いつか、きっと……。



 長かった夏も終わりを告げ……間もなく、寒い季節がやってこようとしていた。






 エピソード3『万屋太陽と白金愛梨』――〈了〉

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