【第50話】万屋太陽と白金愛梨⑦

 白金愛梨は、他人の心が読める。

 故に、彼女の前で隠し事は出来ない。

 全てが看破されてしまうのだ。

 良い事も……悪い事も。


(だから当然……オレが今から告白しようとしている事など、容易く看破されている事だろう……。

 逆を言えば、そうだと分かっていながら、わざわざこの場所まで来てくれたという事は、返事はほぼ百%OKである筈だ。

 告白成功率、百%の告白――そんなもの、傍から見ると、茶番でしかないと思う……。

 そんなつまらない物語……例え小説にした所で、誰も読まない。

 駄作決定だ。

 しかし……こと、白金愛梨とオレ、万屋太陽との関係性では、この茶番こそが必要不可欠なのだ。

 何せオレ達は互いに捻くれ者だから。

 互いの心の読み合いを超え、言葉として伝え合って、歩んで来たのが、オレと白金の関係性なのだから。

 だから――オレと白金の間には、心の繋がりよりも、言葉の繋がりここが意味を持つ。

 通常ならば、言葉だけと聞いてしまうと、どうしても『口先だけ……』『表面上』『口で言うだけなら猿でも出来る』等とマイナスのイメージが浮かんでしまう。

 だけど、オレ達の関係は違う。

 何故なら――目の前にいるこの可愛らしい女性は――他人の心が読めるのだから。

 そして白金は、これまで沢山……人の心を読んできた。

 人の心の声を聞いてきた。

 良い声も……悪い声も、聞いてきた。

 良い声と悪い声……どちらが多かったのかも、彼女は知っている事だろう。

 そのどちらが多かったのかは、明白だ。

 人間とは欲深い生き物――そんな事実をオレが身に染みて体感するよりも先に、かつてのオレは理解したのだ。

 出会った頃の白金愛梨を見ていれば、その理解は容易かった。

 人の心を読む事で――彼女がこれまでどれ程の絶望を味わってきたのか……それは、心の読めないオレには分からない。いいや……他の人間だって分からない筈だ。

 理解なんて到底出来ない筈だ。

 何故なら――普通の人間は、他人の心など決して読めはしないのだから……。

 したがって、オレと白金との間には、心の繋がりなどは意味がない。

 そんなものは、とうの昔に繋がっている。

 それでもオレ達の関係は前に進まない。

 白金が進ませてくれないのだ。

 彼女はこうオレに訴えてきている。

 『言葉にして欲しい』――と。

 だからこそ、オレがすべき事は、『言葉で伝える事』だ。

 ただし、心が読める白金相手には、ただただ言葉を伝えるだけではいけない。

 上っ面の言葉だけでは……心を読める彼女の前では容易く看破されてしまう。

 彼女が欲しているのは……そんな言葉ではない。

 心と言葉――それらが、

 …………まったく……ワガママな奴だ……。

 強欲にも、程がある。

 オレはこれまで……その勇気が持てなかった……。

 何故なら、自分の心の底など、通常なら自分にすら分からないものなのだから。

 本当にオレは……白金愛梨の事が好きなのか?

 何度も何度も何度も……自問自答してきた。

 その度にオレは、何度も何度も何度も自分に『好きだ』と答えてきた。

 けれど、その答えに確証を持てていなかった。

 気付かせてくれたのは――皆の勇気だ。

 大地と姫の勇気。

 千草と静の勇気。

 忍と宇宙の勇気。

 そして――――月夜と話をしてくれた、白金の勇気。

 当然、そんな事には気付いていた。

 何故月夜があれ程まで、白金の事を嫌っていたのか……気付かない訳がないだろう。

 オレは……皆から勇気を貰った。

 そして――背中を押して貰った。

 もう……尻込みする理由もない。

 まだ、もあるが、それらは全て、付き合ってから考えるべき問題だ。

 目の前の可愛らしい彼女は今――覚悟を持って、そこに立っている。

 ならばオレもそれに答えるべきだろう……。

 言おう。

 オレのこの気持ちを――百%――声に乗せて……)







「オレは――白金愛梨が好きだ。だからオレと……付き合ってくれないか?」



 遂に――太陽は言った。

 愛梨に……愛の告白を、したのだった。

 対する、彼女の返答は……。


「………………」


 返答は……。


「………………」

「し、白金……? ど、どうしたんだ? 何で返事を……」

「………………」


 俯いているのでどんな顔をしているのかが分からない。

 返事もない……。

 太陽に不安が押し寄せてくる。


「白金……?」

(え? えぇ!? 何この反応!? オレ……何かやらかしたか!?)


 ドクンドクンドクン……と、心臓が高鳴る。

 すると……大きく息を吐いた後、ゆっくりと愛梨は顔を上げた。


「え……」


 その時の表情は笑顔であり。

 そして――――


 まぶしく見えるほど――綺麗だった。


 ついつい、顔が赤くなってしまう太陽。


(おいおい……! 何だその顔は……! 反則だろ……!!)


「んー? 何が反則なのかなぁー? 太陽くーん?」


 ニヤニヤと、弄ってくる愛梨。

 そこには、普段通りの愛梨の姿があった。

 なので、太陽も普段通りの対応を返す。


「う、うるせぇ!! 何でもねぇよ」

「照れちゃってぇ……可愛いなぁ」

「ふざけんな! そして茶化すな! 答えを言え! 答えを!!」


 強引に話を逸らし、告白へ持って行く太陽。

 そんな彼の様子を見て、愛梨は「ふふふ」と笑う。


「……んだよ……何、笑ってんだよ……」

「いや……その顔が見たかったんだよ」

「?」

「…………」


 愛梨は……かつて、宇宙と交した言葉を思い出す。


『じゃあ何故告白しないのだ……訳が分からんぞ……言ってる事が支離滅裂だ』


『間違いなく、太陽くんが私に告白して来る時には……照れ臭そうに、顔を真っ赤にするでしょ? 私はもう……それが見たくて見たくて仕方ないの。想像するだけで……キャーっ! 興奮しちゃうなー!』

『……え? ひょっとしてそれが……告白しない理由?』

『うん! 何かご不満でも?』


「………………顔……真っ赤になっちゃったね……」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん……何でもない」


 笑顔で取り繕う愛梨。「でも……答えだよね……答え」と呟き、コホンッと一回咳払い。そして――


「私も……太陽くんの事――――大好きだよ」


 その言葉と、その満面の笑顔を前に、太陽の身体は自然と動き出した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 愛梨が頭を下げ、顔を上げると……。


「え?」


 太陽は愛梨を抱き締め、そして……。


「むぐっ……! ………………。」


 こうして……。

 万屋太陽と白金愛梨は――ようやく……付き合う事となったのであった。

 

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