エピソード3『万屋太陽と白金愛梨』

【第44話】万屋太陽と白金愛梨①

 

 宇宙と忍の一件は、太陽達の通う高校だけでなく、月夜達が通う中学校の面々まで話が広がっていた。

 月夜と姫の耳に入っているのだから、広まるのも当然の話ではあるのだが……。


 二人の関係を心配していた面々に、月夜から朗報が入る。


「安心して皆。宇宙さんと土門……無事、仲直りしたってさ」


 「良かったぁー」と、胸を撫で下ろし、喜ぶ姫や大地、静。

 大地が笑みを浮かべながら言う。


「流石は太陽さん。やっぱいざと言う時は頼りになるなぁ……」

「普段はポケーっとしてるのになぁ……不思議なもんだ」

「こらこら静……人の兄貴をバカみたいに言わないの」


 「それにしても……」と、姫が言う。


「あの宇宙さんが、ああも取り乱すなんて……」

「ビックリよね。何か、兄貴とあの女の関係見て、色々と思った事があったみたいよ? まったく……あの人らしくない……あれだけの頭脳があって、どこをどう間違えれば、そんな思考回路に至るのかしら」


 月夜の溜め息混じりのその言葉に反論したのは静だった。


「いや……分からん事もないだろう。太陽さんと愛梨さんの関係は、私達も憧れる」

「は? どこに?」


 少し口調が荒くなる月夜。

 静は、(またブラコンが始まったなぁ……)と思いつつ、淡々と返答する。


「お互い……楽しそうだからな」

「楽しそう……?」

「あの二人の夫婦漫才聞いてたら、何かこっちまで元気になっちゃうんだよなぁ……。お似合いだよ、ほんと……あの二人……。あんな関係性……憧れるなぁ……。私も千草先輩とあんな風に、周りの人を笑顔に出来るやり取りが出来たらなぁーって思ってしまう……」

「静さん静さん!! ストップストップ!」

「ん? 何だよ姫」

「前見てください! 前!」

「? どうした大地。お前まで……いつも冷静なお前らしくもな…………おぉっ……鬼がいる……」


 静が二人に促され前を向くと、般若のような顔をした月夜の姿があった。


「お、に、あ、い、ですってぇー? 誰と誰がお似合いなのかしらぁー?」

「ま、待て待て月夜! そんな怒るなって……冗談! 冗談だか――――」


 冗談……という流れに持っていき。いつものようにギャグパートへ誘導しようとした静だったが。その瞬間――頭の中に、とあるイメージが思い浮かんだ。


 そのイメージとは――


 仲良く談笑する、静と千草――自分達のイメージと。

 仲良く談笑する、太陽と愛梨のイメージだった。


(…………で……良い訳が無い、よな…………)


 静は踏み込もうとしたギャグパートから、ハンドルを持ち直す。

 一転して、真剣な目で月夜を見つめ、こう言い放った。


「……お似合いだと言ったんだ――――太陽さんと……愛梨さんが」

「……え……?」


 それは……予想外の返答であった。

 その静の瞳と言葉に、少し狼狽える月夜。

 静は、ここぞと言わんばかりに猛追する。


「月夜……お前は一体、いつまでそうしている気だ? お前だって本当は分かってるんだろ? あの二人が、互いにどう思い合い、どうなりたいと思っているのか……」

「ちょっ、ど、どうしたのよ静……急に……」


 急に流れ始めた険悪な空気を前に、月夜だけでなく、大地と姫がも「あわわっ……」と、なってしまう。

 しかし、そんな事などお構い無しに、静は言う。


「お前は、自分がになっている事ぐらい分かっている筈だろう!」

「っ!!」

「そろそろ認めてやれよ! お前が今のままだと――――あの二人は、! いつまでも――ずっと! このままなんだぞ!? お前は太陽さんの妹として……それで良いのか!?」

「………………」

「お前は! 愛する兄貴が、幸せになるのがそんなに嫌なのか!? そんなに心の狭い奴だったのか!? お前は!」

「…………」


 「ストーップ!!」「落ち着いてください静さん!!」と、ここで慌てて姫と大地が、二人の間に割って入った。


「ど、どどどど……急にどうしたんですか!? 静さんも静さんらしくないですよ!?」

「そ、そうですよっ! 仲良くしましょ! 仲良く……ね?」


 大地と姫に宥められ、ハッと我に返ったのか、静は申し訳なさそうに頭を下げた。


「……すまない月夜……熱くなってしまって言い過ぎた。ごめん……でも、そろそろ、言わなくちゃいけない気がしたから……」

「…………」

「…………月夜……?」


 対する月夜の反応は……。


「…………帰る……」


 だった。

 特に何を言い返すでもなく……月夜は、心配する後輩二人と親友の声を背に、その場から去って行った。


 道中……月夜は呟いた。

 小さく小さく……呟いた。


「分かってるわよ……バカ静……私だって……そのくらい……バカ……バカ……バカ…………――



 私の……バカ………」



 当然……月夜にも、そんな事は分かっていた。

 ちゃんと理解していた。

 しかし、それでも……。


「そんな思い詰めた顔をして、自分の事をバカバカ言ってたら、本当にバカになっちゃうよ?」

「……!」


 そんな月夜へ、不意に声が掛けられた。

 月夜が顔を上げると、そこに――



 白金愛梨の姿があった。

 瞬間――月夜の目が鋭いものへと変貌する。


「あ……あんた、何でここに? 待ち伏せでもしてた訳?」

「そうね。その通りよ」

「何のつもり? 私はあんたが嫌いなのよ?」

「知っているわ……、私は待ち伏せをしていたの」

「はぁ?」


 「月夜ちゃん……」愛梨が、真剣な表情で言う。


「今から少し……時間いただいても良いかしら?」

「時間を……?」

「ええ……。お願いします……」


 愛梨は頭を下げ、懇願する。

 彼女のその様子を見て、月夜は理解した。

 遂に――が来てしまったのだという事を……。


「……分かった。少しだけなら、良いわよ……」


 遂に――


 自分がと、向き合わざるを得なくなった事を……月夜は理解したのだった。

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