夏休みの終わりに

【第43話】雨降って地固まる


 夏休み終盤に起こった、星空宇宙と土門忍の一件は無事解決した。


 雨降って地固まる――この二人の関係が崩れる事はもうないだろう。

 そう断言出来る程には、この一件を境に、宇宙と忍の関係は深いものへと発展した。


 そう考えると……この一件は必要な出来事だったのかもしれない。




 さて、そんな訳で激動の夏休みは終わりを迎え、時は新学期初日――


 夏休み呆けした学生達が、久し振りに学生服に身を包み、気だるそうに登校している姿があちらこちらに見受けられる。


「うぁー……暑いー……まだ夏が終わってねぇのにぃー……何で夏休みが終わっちまうんだよぉー……」


 万屋太陽も、その一人だった。

 そんな彼に声が掛けられる。


「太陽、おはよう」

「お、忍じゃねぇか。おっはー……」


 土門忍、先日起きた一件の中心人物である。


「ふむ……新学期早々、随分と気だるそうにしているな。最初からそうだと、最後までもたんぞ」

「最後までは持つよ……今学期が終わる頃にゃあ、涼しくなってる筈だからよぉ……あー……暑いよぉー……」

「お主は、その時になったらなったで、寒いとか言って同じようになっていそうだがなぁ……」


 やれやれ……といった風に、忍がため息混じりにそう言い放つ。


「良かったな……忍」


 すると太陽が、唐突にそう言った。笑顔で。

 忍がそれに反応する。


「ああ。これも、お主が拙者を奮い立たせてくれたおかげだ。ありがとう」

「礼なんてよせよ。オレなんて何もしちゃいねぇよ……全部、お前の勇気がもたらした結果だ」

「ははっ」

「ん? 何笑ってんだよ……」

「いや、さっき宇宙がな? 『お主ならきっとこう返答してくる』と予想していた事が、見事どんぴしゃであったから、可笑しくてな」

「何だよそれ……カップル絡みでオレを弄ってくんじゃねぇよ……まったく……どいつもこいつも……」

「はははっ! 拗ねるな拗ねるな」


 和気藹々としている太陽と忍。

 いつも通りの光景だ。

 そんな二人を後方から見つめている影が二つ。


 宇宙と愛梨だった。


「土門くんとの事……本当に良かったね」

「うん……それもこれも、あなた達のおかげね。ありがとう」

「私達は何もしていないわよ。全部、二人が出した勇気の成果だもん」

「万屋が言ってそうな言葉ね……」

「うん、私もそう思う」


 愛梨は、ニッコリと笑った。

 そんな彼女を見て、宇宙の心がズキンと痛む。

 この痛みは、別に『太陽と愛梨の関係性』に嫉妬しているから――などではない。それについては、先日の一件で全て解決している。

 そうではなく、その胸の痛みは……親友の想い人に酷い事を言ってしまった過去にある。


 あの雨の日、太陽に向かって言ってしまった……酷い事。


「愛梨ごめん……私は、万屋に酷い事を言ってしまった」

「うん。そうみたいだね」

「本当に……ごめん……」

「それについての謝罪は受け取っとこうかなぁ。後で太陽くんにも、直接した方が良いかもだけど」

「それは勿論だ」


 宇宙は前を歩く、自分の彼氏――忍と戯れる太陽の姿を一瞥した後、こう漏らした。


「あなたは本当に……いつまでもこのままで良いの?」

「……と、言うと?」

「本当に……で、告白しないつもりなの?」

「くだらないって……酷いなぁ」

「だって、その通りでしょ? そんな事で、いつまでも立ち止まっていたら……いつまでも先に進めないわよ」

「……分かってる。だから宇宙は太陽くんの事、腰抜けって罵倒したんだよねー?」

「……本当に、意地悪だよな……愛梨は……」


 宇宙の痛いところを突き、愛梨はにししっと、してやったりの笑顔を浮かべた。

 今度は愛梨が、自分の想い人へと視線を送る。


 そして彼女は読み取った……。


 を。


「…………ふふふっ。でもね? 宇宙……どうやら太陽くんも、そこまで腰抜けじゃないみたいだよ?」

「ん? どういう事だ?」

「…………その内分かるよ……」


 そう言って、愛梨は青空を見上げる。

 夏休み終盤に続いていた雨が嘘だったかのように広がっている――雲一つない青空を。

 そして呟いた……。


「私もそろそろ…………」

「…………愛梨?」



 一方、先を歩く忍と太陽。


「そういえば、太陽」

「ん? 何だ?」

「お主、拙者を説得しに来た時、とか何とか、言ってなかったっけ?」

「ああ……言ったよ」

「その勇気って……もしかして……」

「……多分……だと思う」

「…………っ! ……そっか……か……」

「……ああ……随分と、……」


 太陽は目を瞑る。


 浮かぶのは――一人の女性の顔。


 そして彼はこう続けた。


「大地が勇気を出して、天宮はそれを受け入れた。

 海波も勇気を出して、千草もソレを受け入れた。

 そして、お前らも同様に受け入れ合った。

 と、なれば――――



 次は――だ」



 太陽は言う。


「もう二度と……腰抜けなんて、誰にも言わせねぇ……」


 決意の籠った眼差しと声で、言う。



「オレは――――白金愛梨に、告白する!!」



 その言葉を聞いて……忍は笑顔を見せた。


「ようやく……になったみたいだな」

「おう! お前と……お前の彼女……そして――皆のおかげでな!」

「……頑張れよ! 腰抜け」

「ああーっ!! たった今、腰抜けって二度と言わせないって宣言したばかりなのに!! 何て事を言うんだ忍!! どうしてそんな酷い事をするんだ忍!!」

「この間殴られた仕返しだよ」

「あ、あれは仕方なしにだろ!? 他に方法が無かっただろうが!! 根に持つなよ!!」



 …………。


 雨降って地固まる。


 そんな訳で、――――この二人の物語が、動き出す……。



 万屋太陽と白金愛梨――




 この二人の物語が―――――今、始まる。

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