【第42話】星空宇宙と土門忍④


 先刻までの土砂降りは収まり……今はシトシトと雨が降っている。

 止むまで、あと少しといった所だ。


 忍は、瞬間移動で宇宙の家の前まで来ていた。


 大きく深呼吸を三回して、インターホンの上に指を置く……のを、かれこれ十回以上繰り返している。

 彼もまた腰抜けだったのだ。


(き……緊張するーっ!! 会ったとしても何から話せば良いんだ!? そもそも迷惑じゃないのか!? 余計に嫌われないかな!? 太陽はああ言ってたけど、向こうに復縁の気持ちなんてないんじゃ…………怖いな……)


 しかし、そんな腰抜けムーヴも、長くは続かない。


(怖かっただろうな……の宇宙も……。こんな恐怖を、拙者は押し付けてしまっていたのか……。そんな事も知らず、拙者は……。自分が恥ずかしい!! 何を縮こまっているのだ土門忍!! 宇宙は出したんだぞ!? 勇気を!! 男の拙者が出さなくてどうするんだ!! 出すんだ!! 振り絞れ――――勇気を!!)


 インターホンに掛けられた手に、力を入れようとした……その時――


「……忍くん?」

「どひゃあっ!!」


 背後から声を掛けられた。

 忍は凄くビックリしていた。変な声が出る程には。


「な……何だよ……宇宙か……。驚かせるなよ……」

「…………」

「ん? ……宇宙? 宇宙ぁぁあっ!? え? え? 何で外に!? だってお前は……」

「私も……外出してたから……」

「うん……ちょっと、愛梨に呼び出されて、ね……海行って来た」

「白金に……? 海……?」

「ええ……それで……何か、用なのかしら……」

「あ、ああ。そうだった……話があるんだ、宇宙」

「奇遇ね……私も、あなたに話があったの」

「そうか……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」


 沈黙が続く二人……。

 忍の全身から汗が吹き出てしまう。


(き、気まずい! な、何か話さねぇと……! もしかしたら、こんな空気が嫌で、別れようってなったのかもしれねぇし! これも一つの要因かもしれねぇし!! 何か……何か話の種は――――)


『その気持ちを、星空に全部ぶつけてこい!!』


 咄嗟に思い浮かんだのは、太陽の……その、言葉だった。


(拙者の……全部…………)


 すると忍の脳裏に、一つの話題が浮かび上がった。


「…………宇宙。今から時間大丈夫か?」

「え? ええ……何も予定は入っていないわ」

「一緒に行きたい場所があるんだ……」

「一緒に……?」

「ああ……宇宙――お前と、一緒に行きたい場所が」

「構わない……けれど……」

「早速行こう……悪いが瞬間移動をしなくちゃいけない場所なんだ。その……手を、握らせてもらうぞ」

「え、ええ……どうぞ……」


 忍が宇宙の手を握り、瞬間移動を行う。


 二人がやって来たのは――――山だった。


 二人が住んでいる街の近くにある山。

 その山の頂上。


「…………ここって……」

「そう……昔、拙者と宇宙の二人で、あの【雪使い】と闘った場所だ。闘いの痕跡が残ってて、今や立ち入り禁止エリアとなっている……」

「え? それじゃあ来ては駄目なんじゃ……」

「拙者達は瞬間移動を使って来たから良いんだ。立ち入り禁止というのも、そもそも、道中が危険という意味らしいから」

「……屁理屈言ってる」

「拙者は事実を述べただけだ」

「事実ねぇ……ふふっ。でも、何で急にこんな所へ?」

「宇宙に、拙者の事を知ってもらう為だ」

「え?」


 きょとんとする、宇宙。

 忍がこの場所へ来た理由を話し始める。


「ここから見える景色……凄く綺麗なんだ。晴れの日も、雨の日も……それぞれ風情があって、美しい」

「おじいちゃんみたいな事言ってる……」

「うるせぇやい。…………コホンッ! で、美しいので、拙者はいつも、何か嫌な事があればここに来るようにしている、という訳だ。拙者にとっての、パワースポットと言った所だろうか?」

「パワースポット……そうなんだ……」


 宇宙は、その場所から見える改めて見渡す。

 「綺麗……」と、小さく零した。


「知らなかっただろう……? 拙者のこういう一面を。拙者は何も話して来なかったからな……こういう所を……本当に、すまなかった……」

「それは……私も同じ……。私も……何も、忍くんに相談出来てなかった……」

「相談……?」

「うん……愛梨に少し怒られちゃった……。周りが見えなくなってる――ってさ……。恋愛ってそういうものだとも、言っていたけれど……」

「そっか……お互い反省点だな」

「うん……ねぇ、忍くん。私ね? 愛梨と万屋みたいな関係が、恋愛の形の完成系であり、ああいう風にあるべきだって……決めつけてたんだよね……。だから、私には無理だってなっちゃってたの……私は……明るくないから……」

「確かにそれは、視野が狭くなってると指摘されてもおかしくないな」

「……だよね……ごめん……」

「…………だが、太陽と白金の関係は確かに魅力的だ。あんな風になれたらと、拙者も思っていた」

「思って…………? 過去形?」

「ああ、過去形だ」

「今は思ってないの……?」

「全く思ってない。アレはアレで素晴らしい関係性だとは思うが……拙者達はだろ?」

「うん……そうだよね……やっぱり……私達は無理……」

「それに――あんな風になれなくても、

「……え?」

「太陽や白金みたいに、和気藹々としてなくても……ただ――横にいてくれるだけで、安らぎを感じられる……そんな関係性も良いなって、思えた……。この、目の前に広がる――美しい景色のように、な……」


 宇宙は、目の前に広がる景色へと目を向ける。

 ――安心感を得られる、場所……。


――だろ? 別に……あの二人みたいに面白い言葉の掛け合いがなくたって、拙者は、ただ隣に宇宙が居てくれるだけで充分、幸せだったんだ……どうだ? むしろ、そっちの方が良いと思わないか? 自然に……繋がっている感じがして……」

「…………ええ……そう、ね……グスッ……本当に……その、通り……だわ……」

「そうだろ? ……って! えぇっ!?」


 宇宙が号泣していた。

 ギョッとする忍。


「な、何で泣いているのだ!? 宇宙!! な、何か拙者、辛い事言ったか!? ご、ごめん……!!」

「ううん……違うの……わ、私の方こそ……ごめんなさい……一人で、勝手に悩んで……一人で勝手に、決断して……忍くんを……困らせて……挙げ句の果てに、催眠までかけて! 忍くんを……傷付けた……最低だね……私……本当に、最低だ……」

「……宇宙……」

「っ!!」


 忍は、そんな宇宙をギュッと、抱きしめた。

 丁度その時――曇り空から、光が姿を見せ始めた。

 眩い光に……二人は照らされる。


「宇宙……『拙者達の恋愛の形』は、これから探して行こう……」

「……うん……」

「太陽や白金に嫉妬させるぐらいのを……見つけてやろう」

「…………うん……!」

「何年……いや、何十年かかってでも――見つけだそう」

「……うん!」

「宇宙……」

「……何?」

「拙者は――――



 宇宙の事が、大好きだ。だから拙者ともう一度――」



 忍がそれを言い終える前に、宇宙は彼の口を……唇で、塞いだのだった。

 照れ臭そうに、そして恥ずかしそうに、彼女は声を落とす。


「……これが答え……ダメ?」

「…………っ!!」


 忍は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。

 そしてその後――


「ううん!! ダメじゃないっ!!」

「ちょっ! 痛いって忍くん!」


 ギュッと……ギューッと、宇宙の小さな身体を、抱きしめたのだった。

 大好きな――彼女の身体を……。


 雨降って地固まる。


 その言葉通り、二人の関係は今後……この一件をきっかけに、より深いものになっていく……。

 まるでそれを祝福するかのように……広がる青空の真ん中で、太陽がサンサンと、輝いていたのだった。


 



 エピソード2『星空宇宙と土門忍』――〈完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る