【第41話】星空宇宙と土門忍③
『皆勇気を出している!』
『あなただけ勇気を出していない!!』
『腰抜けが!! 講釈をたれるな!!』
宇宙に言われた言葉が、太陽の心の中をぐるぐると渦巻いていた。
(宇宙の……言う通りだ……。オレは一体……何様のつもりだったんだろ……勇気も出せねぇ癖に……本当に、バカだなぁ……オレは……)
家でいたら悪い事ばかり考えてしまう……。気分転換に散歩をと思い立ち。街をとぼとぼと歩いていると……。
ポツンッと、雨粒が太陽の身体に当たった。
それにより気付く、(雨だ……)と……。
暫くすると、土砂降りになってきた。
急いで、雨宿りを出来る場所を求め、近くにあった屋根付きの自転車置き場へと走る。
無事雨から避難出来た太陽は「ふぅ……」と一息入れる。
「最近……雨が多いなぁ……」
空から降り注ぐ雨を見つめながら、そんな事を呟いた。
太陽は思考する。
(……オレは腰抜けだ……これに関しては、何も間違っちゃいない……宇宙の言う通りであり、ぐうの音も出ない……けど……宇宙と忍の関係を、このままにしておくのはどうかと思う……。最後に、宇宙が漏らしたあの言葉……)
『私みたいにね……』
(あの言葉から察するに……宇宙は、自分の事が嫌いになっている――状況なのだと思う……。何で、恋愛をしたら自分の事が嫌いになるんだろう? いや、今オレは自分の事が嫌いになっているけれど……それはあくまで、自分の腰抜け加減に嫌気がさしているからであって…………分からねぇ……)
「オレも、白金と付き合ったら、そんな思いをする事になるのだろうか……? 確かに……『あなたに何が分かるの?』状態だな……こりゃ……。あー……オレは、何の役にも、立てねぇのかなぁ……?」
自分の無力さに打ちのめされる。
世界を救う闘い――というフィールドでは、リーダーとして第一線で闘ってきた太陽。彼の言葉は、他の誰よりも説得力があった。
しかしこと、恋愛というフィールドにおいては、彼は今、他の誰よりも遅れをとっていた。
影響力など皆無に等しい――――彼はそう、思い詰めていた。
ちょうどそんな時だった。
「あら? 太陽じゃない、こんな所で何してるの?」
「え? 皐月姉……?」
皐月が通り掛かったのだ。
きょとんとする太陽。
「何でこんな所に? 今日……火焔先輩の家に行くって……」
「言って来たわよ。その帰り。彼ったら、エアコンもつけずに暑い部屋で熱心に勉強していたから、怒りあげて来てやったわ。『熱中症になったらどうするの!!』って」
「熱心に勉強してても怒られるんだ……」
「熱心なのは良い事だけど、身体を壊しちゃったら、元も子もないからね」
皐月はそう言いながら、傘を閉じ、自転車置き場の屋根の下へ入って来る。
そして、太陽の横に並び一言。
「どうしたの? 昨日から、思い詰めた顔しちゃって。心配になっちゃうじゃないの」
「あ、やっぱ分かる?」
「分かるわよ……だって私は、あなたのお姉ちゃんなのよ? 分かるに決まっているじゃない」
「そっか……」
「話してみなさい。話してみたら、案外楽になるかもしれないわよ…………どうせ、宇宙ちゃんに何か言われたんでしょ? 『腰抜け!』とか……」
「何で分かるの!?」
「何回も言わせないでよー。私は、あなたのお姉ちゃんだもの、弟のあなたの事なら、何でも知ってるわよ」
「それはそれで怖いっ!!」
「お姉ちゃんという存在は、弟の事を何でも理解しているものよ。弟にだけ発動出来る【読心】の力でね」
「皐月姉も読心使えるの!? 初耳だぁ!!」
「冗談よ」
「冗談か……心臓飛び出るかと思ったよ……」
「でも私、本当にあなたの事なら何でも知ってるわよ? 頭の良さから、おチン〇ンの大きさ迄、何でも」
「満面の笑顔で、真昼間に何を言ってるんだよ……」
「あら? 下ネタは嫌いなのかしら?」
「少なくとも、姉の口からは聞きたくないな……」
「そ、なら今後は控えておくわ」
やれやれ……と、溜め息を着く太陽。
皐月には毎度毎度、太陽は……太陽達は掻き回されてしまう。
けれど、皐月が近くにいると、太陽は嫌な事を忘れる事が出来る――――そういう所が、好きなのだ。
「宇宙ちゃんと忍くんの一件……大変そうね」
「あ、やっぱ知ってたんだ」
「そりゃね……剛士くんの耳にも入っていたわ」
「火焔先輩の耳にも? …………火焔先輩、何か言ってた?」
「聞きたい?」
「まぁ、一応……参考程度には……」
「『太陽が、何とかするだろう』って、言っていたわ」
「へ?」
「聞こえなかった?」と前置きを入れた後、皐月は復唱した。
「『太陽が、何とかするだろう』――――だってさ。彼ったら、あなたに何だかんだ言いながらも、あなたの事を信頼しているのね。ケロッとしながら、そう言ってたもの……」
「信頼……?」
「そ、信頼。あの人の事だから、勉強そっちのけで動き出すのかと思いきや、そんな事言い出すもんだから驚いちゃったわよ」
「……けど、オレは……腰抜けだし……恋愛経験もないから……その信頼には答えられねぇよ……」
「そう言われてるかもって、剛士くん言ってた」
「へ? 言ってたって……どういう……」
以下――皐月と剛士の会話。
『太陽が何とかするだろうって……あの子、まだ恋愛なんてした事ないのよ? ちょっと荷が重いんじゃない?』
『宇宙と忍の一件に、恋愛経験なんていらねぇよ。二人の事を知ってりゃ、それだけで十分だ。太陽がアプローチをかける相手を間違えなきゃ、この一件は大丈夫だ。何も心配いらねぇよ』
『アプローチをかける相手……? ああ、なるほどね。確かにそうだ』
『もし万が一、宇宙の方を説得しようとしたら、ボロクソに言われるだろうよ。恋愛経験したことない奴が偉そうに言うな――とか。白金に告れない腰抜けが――とかな。宇宙は、ちゃんと恋愛で悩んでたのだから。けど――』
『忍くんは、違う』
『そういう事。だから、自分が動いてどうのこうのってのは間違いだ。この問題は――当人らが分かり合うしか円満な解決方法はない。オレが動くとか動かねぇとか、そういう問題じゃねぇんだよ。そんな暇あったら勉強だよ。勉強』
『そこまで周りの人達の事は理解出来るのに、何で勉強は出来ないんだろうね?』
『…………うるせぇよ……』
以上――皐月と剛士の会話。
「……火焔先輩が、そんな事を……?」
「うん……あの人、勉強は苦手なのに、そういう分析は得意だから。……そしてそれは――あなたもでしょう?」
「オレも?」
「今の私と剛士くんの会話で、分かったでしょ? あなたがすべき事が」
「オレの……すべき事……?」
恋愛経験がなくても――
腰抜けでも――
出来る事。
「……そういう事か!」
「うん、そーいう事」
「皐月姉、ありがとう。おかげでオレは――――自分の犯した間違いに気付けたよ。オレが向かい合うべきは――忍の方だったんだ!!」
「正解! 行ってらっしゃい! 暫く雨続くらしいから、気をつけてね」
「ああ! 皐月姉も気をつけて帰れよ!!」
「うん!」
太陽は走り出す。
土砂降りの中を、傘もささず、全力疾走する。
そんな彼の背中を見送りながら、皐月はクスッと微笑みながらこう呟いた。
「本当に……似てるんだから」
太陽は走る。
走って走って走って走ってても埒が明かないのでショートカットする事にした。
「限界突破――――百%っ!!」
太陽の力は【自己再生】だ。
これは何も、ダメージ回復だけの力ではない。
彼の力は、自らが自らに与えたダメージすらも回復出来るのだ。
従って――――人類が秘めている馬鹿力を発揮する事が出来る。
本来ならば筋肉や内臓が耐えられない出力にも――傷付いた個所を片っ端から再生して行くことで、それが可能となるのだ。
「いっくぜぇー!!」
限界突破したその両脚の脚力で、思いっ切り、大地を蹴る太陽。
目の前に立ちはだかる、十階まではあるであろう高層ビルを楽々と飛び越えた。
彼の身体が、大空へと投げ出されている。
空を飛んでいる。
空を渡り、一直線で忍の家へ。
建物等に邪魔をされず、遠回りをする事なく、一直線に。
目下に広がる、建物や自然が立ち並ぶ景色を見ながら、太陽は思う。
(この景色も……久しぶりだな……。アダンの組織と戦ってた頃は、ずーっとこんな風に移動しまくってた。……長らく、忘れていた……。あの時あって、今のオレにないもの――――
勇気!!)
それから五分後――
忍の家の玄関扉が、激しく開かれた。
その物音に驚いた忍が何事だと言わんばかりに、自室から瞬間移動で玄関に現れた。
「太陽!? 急にどうしたんだ!? そんなにびしょ濡れになって……」
「いやぁー、久々に全力解放すると疲れるなぁ……肺が張り裂けるかと思ったぜ……あー……しんど……」
玄関先でゴロンと仰向けになる太陽。
息を整えながら、そんな彼は言う。
「なぁ忍……? お前さ……星空の事、好きか?」
「え?」
「好きか? どうなんだ?」
「……分からねぇ……こんな状況になっても……悲しめない自分がいるのだ……好きだと思っていた筈なのに……もしかしたら拙者は……宇宙の事を好きではなか……――」
「忍――オレは今から、お前を殴る」
「…………は?」
忍は今、宇宙に催眠をかけられている。
だから、自分の本当の気持ちを言葉に出来ない。
となると、先ずは宇宙による洗脳を解く必要がある。
洗脳を解く為の方法は大きく分けて三つ。
一つ、時間経過。
二つ、宇宙自身による解除。
三つ――――強い衝撃を与える事。
ふらふらと立ち上がりながら、太陽は言う。
「ちょっとショッキングな事実を言うぞ。お前は今、星空に洗脳されちまってる。だから、星空と別れても悲しめないんだ」
「……え?」
「自分の本当の気持ち……取り戻したいだろ?」
「あ、ああ……そういう事か……なるほど……」
忍は、太陽のその言葉一つで、全てを理解した。
「殴ってくれ! 太陽!!」
「了解!!」
ゴツンッ!! と、鈍い音がした。
忍の身体が、玄関から数メートル離れた先にいるリビングまで吹き飛ばされる。
壁にぶつかり、忍の左頬――殴られた箇所がジンジンと痛み始める。
それと同じくして――
忍の心も……ジンジンと痛み始めた。
即ち――宇宙の洗脳が、解かれた証だ。
「太陽……拙者……宇宙と別れて、悲しい……」
「そうか……」
「拙者……宇宙の事が、こんなに……大好きだったんだな……」
「そうか……」
「拙者の心は――――冷たく、なかったんだな……」
「当たり前だろ? 何せお前は……このオレの、親友なんだからよ」
「そっか……良かった……本当に……良かった。この気持ちは――嘘じゃなかったんだ……」
大粒の涙を零し始める忍。
そんな彼に目線を合わせる為、膝を着く太陽。優しく声を掛けた。
「なぁ……忍。オレは決めたよ……」
「?」
「オレは――勇気を出す事に決めた。だからお前も……勇気を出して、その気持ちを、星空へぶつけて来い」
「けど……宇宙はもう……」
「この一件の責任は――忍、お前にある。長い間悩んでいた彼女の気持ちに気付けなかった、お前の責任だ。男だろ? 告白されっ放しで良いのか? 大丈夫だ……宇宙はきっと――
お前の言葉を待っている」
「太陽……」
「千草が言ってたよ……『告白されるのも悪くない気分だった』って……だからさ、きっと、大丈夫だ」
そして太陽はこう続ける。
「お前の言葉で! この一件に終止符を打ってこい!! 忍!!」
すると忍の目に、決意の籠った火が宿る。
力強く頷き、立ち上がった。
「分かった! 全部――終わらせてくる!!」
「おう! 行ってこい!!」
忍は走り出す。
愛する人――――宇宙の元へ。
今度こそ――自分の気持ちを、素直に伝える為に。
この一件を、終わらせる為に。
玄関先で、そんな忍の背中を見送っていた太陽は、ふと気付いた。
「雨が……やみかけてるな……」
そう……。
やまない雨はないのだ。
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