【第40話】星空宇宙と土門忍②


 太陽と宇宙……それぞれが思いをぶつけあった、その翌日の朝――


 宇宙はスマホの着信音で目が覚めた。

 時刻は七時四十二分。

 普段六時には目を覚ましている宇宙にしては遅い起床だった。


(いけない……昨日も眠れなかったから……ついつい、こんな時間まで寝ちゃってた……)


 そんな風に、心の中で反省しつつ、宇宙はスマホの画面を見る。

 着信相手は――愛梨だった。


 昨日、太陽との言い合った事を思い出す。


(出るの……気が進まないなぁ……)


 しかし、宇宙は通話ボタンを押す。


「もしもし……?」

『あ、もしもし? ひょっとして寝起き? 起こしちゃった? ごめんね』

「いいよ、気にしなくて。何か用?」

『うん。ねぇ宇宙……今日、何か予定ある?』


 (やっぱりそうなったか……)と、少し溜め息を吐いてしまう宇宙。

 今度は愛梨彼女側か……と。


「ないよ」

『じゃあさ、海へ行こうよ』

「良いよ。あなたとは、一刻も早く話をつけたかったか…………え? 海?」

『そ、海!』



 ザッパァーン!

 波が音を立てている。

 そんな訳で、愛梨と宇宙は海に来ていた。

 残念ながら水着姿ではないのだが、二人は海に来ていた。


「んー海って独特な香りするよねぇー。私この香り好きなんだぁー、海に来たって感じになるからさぁー!」

「ねぇ、愛梨」

「んー? 何?」

「何で海なの?」

「そんなの、私が来たかったから、に決まってるじゃない」

「…………そう……」


 愛梨が大きく伸びをしながら、言う。


「今私は、来たかったから海に来ている。あなたと一緒にね。どう? 嫌な気持ちになる?」

「いや、嫌ではないけれど……」

「でしょ? それはさ――?」

「? 恋愛も?」

「そ!」


 愛梨はまるで子供のように砂浜を駆け抜け、子供のようにくるりんと、身体を回転させる。

 満面の笑顔だ。


「好きだから、一緒にいたい――――それじゃあ、ダメなのかな?」


 その言葉を聞き、宇宙は俯いた。

 そして小さく声を零す。


「正直……私は今日、愛梨に責められるものだとばかり思っていた……」

「……と、言うと?」

「当然聞いているのだろう? ……もしくは、私の心を読んで、知っているのだろう? 私は昨日……万屋に酷い事を言ってしまったから……」

「うん……そうみたいだね」

「……怒ってないのか……?」

「怒っては、いるよ」

「そう……だよな……ごめ――」

「でもそれは、宇宙に

「え……?」


 さっきまでの心から楽しそうにしていた笑顔が消え、苦笑を浮かべる愛梨。


「詰めが甘くて……宇宙や土門くんに悲しい思いをさせてしまった……自分自身に、私は腹が立っている。ごめんね? 宇宙……」

「な……何で愛梨が謝るのよ……悪いのは全部私で……」

「ううん……違うよ……私が、ちょっと甘かった。宇宙は頭も良くて、いつも冷静で……きっと、何だかんだ悩んでも……正しい答えを導き出すものだと思っていたから……あなたがそこまで悩んでいた事に、気付けなかった……【読心能力】者として失格ね……こういう時、本当に役に立たない力だわ……いや、役に立たないのは私自身か……本当にごめんなさい……」

「……愛梨……」

「だからこそ――――反省を活かして、に言うわ」

「え?」


 愛梨は振り向き、宇宙の顔を凛と見つめて言い放つ。


「宇宙は……私や太陽くんみたいにはなれない――そう言っていたわよね?」

「……うん。だって私は……あなた達みたいに、キラキラ出来ないから……。でも、忍くんは違うから……。彼はきっと……キラキラ出来る側の人だから……だから……私より良い人が――」

「隣の芝生は、青く見えるものよ? 宇宙」

「隣の芝生?」

「うん……人間は皆、欲しがり屋さんだから。自分にないものを、ついつい求めがちなのよね……」

「愛梨も……他人の何かを求めているの……?」

「ははっ、私なんて、求めてばかりだよ」


 愛梨は笑って答える。

 悲しそうに……笑って。


「私にとっては、今の宇宙が羨ましいよ……」

「今の私が? 何だそれは、嫌味か?」

「ううん、そうじゃなくてさ。相手の気持ちを邪推して、こう思ってるんじゃないかと考えて、正解じゃない道を選んじゃう……そういう、の女子高生みたいな感じに憧れちゃう」

「普通……」


 宇宙はその言葉を復唱した。

 噛み締めるように。

 愛梨は続ける。


「普通って言うのはさ、【読心能力】を持つ私には――ものだから」

「…………それは、そうだな……」

「ま、これはコレで悪くないんだけどね。太陽くんをからかえるし」

「相変わらず……歪んだ考えを持っているなぁ……万屋が可哀想だよ……」

「昨日あそこまで罵倒した宇宙には、言われたくないなぁ」

「…………返す言葉もない……」


 クスッと愛梨は笑った後、大海原へと目を向ける。

 そして言う。


「ねぇ宇宙! 見てよ! 海ってさ、すっごく広いんだよ?」

「……そうね」

「地球ってさ! すっごく広いんだよ!?」

「……それもまぁ……そうね……」

「私達が会った事もなくて、出会った事もない人が、まだまだ沢山いるのよ? 凄くない?」

「……ああ。改めて考えると、凄い事だよな……」

「人の数だけ、人は人を羨んで……隣の芝生は青く、互いに見合うんだよね? そして、その逆も……ある」

「……愛梨、お前は一体、さっきから何が言いたいんだ?」


 宇宙のその問い掛けに、愛梨はまたもや子供のようにくるりんと身体を翻し、答える。


「ねぇ……宇宙? 価値観は、人それぞれにある。即ち――――なんだよ?」


 宇宙の目が、大きく見開かれる。

 そんな彼女の姿を確認しながら、愛梨は言う。



「あなたの望む関係だけが、恋愛の形では、ないと思うよ?」



 「少なくとも……」そして愛梨は、こう続けた。


「私は、宇宙と土門くんの――――羨ましく、思ってたよ」


 宇宙の目から、大粒の涙が……こぼれ落ち始めた。


「な……何でもっと早く……それを…………」

「だから言ったでしょ? ごめん……ってさ」

「私は何で……そんな、……?」

「視野が狭くなる。それも、極端にね。恋愛っていうのは、そういうものだよ。お利口さんが、バカになっちゃう……それが、恋愛なんだよ」

「…………っ!!」


 宇宙の涙が、止まらない。

 「ねぇ……宇宙……」そんな彼女へ、愛梨はあえて尋ねる。


「土門くんの事…………好き?」

「好きに……決まっている、だろう……! 大好きだ!!」

「そっか……なら良かった」


 その言葉を最後に、この海での二人の会話は途切れた。

 海を見ている愛梨と、俯き……涙を流し続ける宇宙。

 愛梨は待っていた。

 宇宙の俯いている顔が、起き上がるのを……待っているのだ。


 どこまでも遠くへ広がる――――大海原を、見つめながら。

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