【第38話】今まで楽しかったわ
静の中学野球が終わりを告げた――その日の夜。
「静……大丈夫かなぁ?」
月夜がそんな心配そうな声を漏らした。
お風呂上がりの太陽が、コップの中に牛乳を注ぎながら言う。
「大丈夫だよ……
「それに?」
「…………」
太陽は、スタンドで見かけた巨大なアフロを思い出す。
「何でもねぇよ」
「はぁ? 何それ……」
ピロン!
「あ、メールだ。誰からだろ? おおっ、噂をすれば何とやらだよ兄貴。静からのメールだ」
「……そっか」
「えーっと、何々……」
月夜が届いたメールを読み始める。
それと同じくして、牛乳を飲もうと動き出す太陽。
「『私達、付き合う事になりました』……だってさ! あはは、何言ってんだか」
「冗談が言えるぐらい元気になってんのか、良かったじゃねぇか」
「だね! 良かった良かった!」
「一件落着一件落着! あはははっ! ぐびっ」
太陽は牛乳を口の中に含んだ瞬間、我に返り盛大に牛乳を吹き出した。
「だっ! 誰と静が付き合ったって!?」
「こら! 汚いわよ!! 何でわざわざ牛乳飲んでから驚くのよ!! あーもう……牛乳って臭うんだよ? 全くもぉ!!」
【念動力】を使用し、雑巾で汚れた床を拭く月夜。
太陽はつっこむ。
「いや! いやいやいや! 月夜! お前は何でそんなに冷静でいられんだよ!! 付き合ったんだぞ!? 静と誰かが!! もっと驚けよ! てゆーか相手誰なんだよ!!」
「誰って決まってんじゃん……木鋸だよ木鋸」
「千草ぁ!?」
「あーもう、うるさいなぁー。静と千草が付き合ったくらいで何をそんなに…………ん? 静と千草が…………付き合った……? え? ええぇええぇぇぇえーーーーっ!!」
遅い反応で驚く月夜。
二人して叫びながら、太陽が千草にメールを送る。
『千草……明日話を聞かせろ』
そしてその翌日――
とある喫茶店内にて。
千草と太陽が相対する。
「ネタは上がってんだ。何があったのか、十文字以内で応えろ」
「静と付き合う事になった――以上」
「淡々と十文字以上で答えんじゃねぇよ!! 千草ぁ!! てめぇどんな手を使いやがったぁ!!」
「うるさいなぁ! オイラだってビックリしてるんだよ!! あんな可愛い子がオイラの彼女になっただなんて、未だに信じられないんだよ!!」
「…………へ?」
照れ臭そうに言う千草の姿を見て、太陽はキョトンとしてしまう。
千草がこういう姿を晒すのは滅多にない事なので、驚いているのだ。
「おかげで昨日は、ドキドキして眠れなかったし! エロDVD視聴も何か捗らなかったし! エッチ女優さんへのドキドキは消えちゃうし! ここへ来るまでに突風で可愛いお姉さんのパンツが見えたのだけれど、何も興奮しなかったし! 静の顔がいつまでも思い浮かぶし!! 困ったもんだよ!!」
そして太陽は理解した。
千草が本気で――静に恋をしているのだという、事実に。
それを理解した瞬間、問い詰めようという気にはなれなかった。
「千草」
「何さ!」
「おめでとう」
その言葉が、スっと……自然に出てきたのだった。
照れ臭そうに、顔を逸らし外の景色へと目を向けて、話を逸らす。
「い、いやぁ……雲行きが怪しくなってきましたなぁ……」
「……ああ。今日は雨が降る予定だからな」
「そっか………………なぁ、太陽……」
「ん?」
千草は、真剣な表情で言う。
普段のふざけている姿を微塵も感じさせない、真剣な表情で……。
「告白する人って……凄くカッコ良く見えたんだよ。だからあの時の静のこと……オイラすっごく、輝いて見えたんだ」
「そっか」
「太陽でも、他の誰もない――オイラじゃなきゃ嫌だって……言ってくれて、凄く……嬉しかったんだよ」
「そっかそっか」
「だからさ――
きっと、お前に告白されたら――白金も、すっごく嬉しいんじゃないかなぁ?」
「え?」
そして千草はこう続けた。
「勇気出すのも、出してもらうのも……悪くないって事。だからさ……その……頑張れよ、太陽……」
照れ臭そうにそんな事を言ってくれた千草を見て、面白かったのか太陽はクスッと笑ってしまう。
そして一言お礼を述べる。
「ありがとう……千草」
「……こっちこそ、おめでとうと言ってくれてありがとう…………おお、本当に雨が降って来た。天気予報って、やっぱ当たるんだなぁー」
分かりやすく、話を逸らす千草。
太陽が答える。
「ああ……今日は、雨予報だからな……」
「そういえば……」と、千草が言う。
「忍は?」
「ああ、忍ももちろんこの場に誘ったんだけど、先約があったみたいでな」
「先約? ……と、いうと……星空?」
「そういう事。何か『話がある』とか言われたんだとさ」
「……ふぅん……せっかくのデートのお誘いなのに……雨が降って、可哀想だな」
「……だな」
太陽と千草は、二人して雨が強くなって来た外を見つめる。
外は土砂降り模様となっていた。
そして一方――
忍と宇宙サイド。
「こんな雨の日に、わざわざ私の呼び出しに応じてくれてありがとう」
「別に……彼氏なんだから、普通だろ?」
「そう……やっぱり貴方は……良い人ね」
「……?」
いつもと雰囲気の違う宇宙を見つめながら、首を傾げる忍。
片や、宇宙は覚悟を決めていた。
とある決断を口にする――――
覚悟を。
「ねぇ……? 忍くん」
「何だ?」
「あなたは……カップルって、どういうものだと思う?」
「ん? どういうもの、と言うと?」
「私はね、万屋や愛梨、球乃くんや姫さんのように、楽しそうで、キラキラと輝いていて、和気藹々と互いに笑顔になれるような関係が、そうだと思うの」
「……まあな」
「だからね…………私達は――違うよね?」
「……何が言いたいんだ? 宇宙」
「……私ね……ずっと考えてたんだ……。私達の関係は、友達でもない。今言ったカップル条件にも当てはまらない……即ち、恋人でもないから、私達の関係を何と呼ぶのだろうって……ずっとずっと、考えてた。その答えは出なかったけれど、似た言葉は見つけたわ」
「…………似た、言葉……?」
静は言う。
「恋人ごっこ」
静は続ける。
「私達は……万屋や愛梨……いえ、この場合は違うわね、姫さんや球乃くんの関係性をただただ真似ただけの、仮染めの関係……だって私は……彼ら彼女らにみたいに、なれないもの……」
「違う! アイツらの関係と拙者達の関係は、全く――――」
「私達、別れましょう」
「っ!!」
「忍くんは……あんな風になれる。だけど……私とじゃ無理だから……」
「宇宙っ!!」
「私は……いつもニコニコと万屋や木鋸と馬鹿騒ぎをしていた、あなたが好きだったの……けれど、私と一緒に居たんじゃ、そんな貴方が……見れないもの……」
「違う! 宇宙! 拙者は――」
「きっと……あなたのそんな顔を引き出せる女性が、他にいる筈だから……そんな人を、見つけてね?」
「嫌だっ!!」
忍は叫んだ!!
「拙者は絶対に別れたくない!! 絶対にだ!!」
「…………ありがとう……そう言ってくれて嬉しいし、きっと優しい忍くんなら、無理をしてでもそう言ってくれると、思ってた。だけど駄目なの、だって私は――」
宇宙の目から、涙が零れ落ちる。
「あなたに……心の底から……幸せになって欲しいと、願っているのだから……」
「っ!!」
そして静は眼鏡を外した。
彼女の力――【催眠洗脳】が発動する。
その瞬間……忍の視界が歪む。
「……そ……ら…………」
視界が真っ暗に染まって行く。
そして何も……見えなくなってしまった。
意識を失う直前、コレだけは聞こえた。
宇宙の声だ。
涙声の……宇宙の声だ。
「汚い手を使ってごめんなさい……今までありがとう、忍くん……楽しかったわ……」
忍の意識は……そこで途切れた。
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