【第35話】え? 今、何て……?


 夏休みも中盤に突入した。

 八月前半に降り続いた雨も、ここ暫くは也を潜めている。

 それ即ち、真夏の太陽さんの本領発揮という事だ。

 朝昼はもちろん、姿の見えない夜にも真夏の太陽はその力を存分に振るう。

 要するに、どういう事なのか?


 暑い、のである。


 そんな暴力的までな暑さの中、火焔剛士は帰路についていた。

 今日も遅くまで塾で勉学に励み、その帰り道。


「暑いな……勉強でただでさえ知恵熱出してるってのに、気候まで暑いとなると、茹でダコになっちまうわ。……ん?」


 ふと目に入る、いつものコンビニ。


「ふむ……勉強頑張ったし、この後頑張る為にも、アイスの一本くらい買っても罰は当たらんだろ」


 そんな訳でコンビニの中へ。

 冷房が効いており、少し生き返ったような気分になる。

 快適な環境を味わいつつ、剛士はアイス売り場へと足を運ぶ。


「そういや……アイス食うの久しぶりだな」


 その久しぶりに食べるアイスを何にしようかと吟味する。

 少し迷った後、「よし、やっぱアイスと言えばこれだよな」と決めたようだ。


 『ゴリゴリクン』というアイスを、購入し、コンビニの外へ。

 再び、生暖かい風が剛士へとまとわりつく。

 それに対抗すべく、ゴリゴリクンの封を切り、モシャッと一口噛じる。


 冷たい、そして甘い、何より美味い。


「夏に食べるアイスって……美味いんだったな。忘れてたよ……」


 これで家に帰ってからの勉強も捗るぞ。と、気合を入れつつ、家への道程に足を運ぼうとした……その時。


「おや! 見た事がある顔だなと思っていたが、火焔先輩ではありませんか!」

「ん?」


 声のした方を振り向くと、そこにいたのは――


「海波じゃないか! 久しぶりだな!」


 海波静だった。

 彼女は軽快に笑い、敬礼ポーズを取りながら返答する。


「お久しぶりです! あの戦い以来でしょうか!」

「だな。元気そうで何よりだよ」

「火焔先輩も、お元気そうで何よりです」

「つーか、こんな所で……こんな時間に何してんだ? お前ん家からここまで結構距離あんだろ? 遊びにでも来てたのか?」

「ちっちっち、火焔先輩ともあろう人が、そんな的外れな事を言うなんて、推理力が落ちたんじゃないですか? この格好を見てください! 一目瞭然でしょう!」


 そう言って、手を大きく広げ、来ている服を見せつける静。


「格好……? ジャージ姿だろ? まさかここまで走って来た訳じゃあるまいし……」

「その通り! 走ってきたんです!!」

「走って来た!? ここまで!? 嘘だろ!?」

「嘘じゃありません! 見てください! この滴る汗を! そしてこの震える足を!! これらが何よりの証拠です!」

「ま、マジか……少なくともここまで、十五キロ以上は……ったく……この暑い中、良くやるぜ。ダイエットか? ……あー……違うな、そういや……が近いんだったな」

「ご名答! 流石は火焔先輩と言った所ですね」


 静は野球部に所属しているのだ。

 男子部員に交じって、一生懸命汗を流している。


「つーか皐月から聞いたぞ、地区予選圧勝だったそうじゃねぇか。最優秀選手にも選ばれたんだってな。男に混じって……すげぇな、お前」

「何の何の、まだまだこれからですよ。県より関西、関西より全国、そして世界! 上には上が、ウヨウヨと山程いますからね! その程度の事で、浮かれている暇はありませんよ!」

「世界って……随分と上を目指してるんだな」

「一先ず、中学では日本一を目指してます。高校に上がったら、女子野球で甲子園まで登り詰めて、その後は女子プロ野球に入ります。それが――私の夢ですから」


 そう夢を語る静の瞳は、キラキラと輝いていた。

 そんな彼女に感服しつつ、剛士は言う。


「お前だったら、なれそうだな」

「ちっちっち、火焔先輩違います。なれ、じゃなくて、んです。決定事項なんです。そこを間違えちゃいけません!」

「そっか……頑張れよ」

「はい! 頑張ります!! にししっ」

「先ずは中学野球日本一だな」

「はい!」

「試合はいつあるんだ?」

「明日です」

「明日ぁ!? え? お前、明日大事な試合なのに、こんな時間まで膝が震えるほど走ってんのか!?」

「だって、じーっとしてたら不安になるから」

「オーバーワークだろ!? 大丈夫なのか明日の試合!!」

「因みに相手は、全国大会十連覇中の超強豪校です。県大会どころか、全国大会でのバリバリの優勝候補です」

「尚更、万全の状態で戦うべき相手じゃねぇか!! 大丈夫なのかよ……」

「大丈夫です! 私は勝ちます!! 私達のチームは、絶対に負けません!」

「ま……お前が大丈夫って言うなら、本当に大丈夫なんだろうな」

「はい!」

「ったく……」


 剛士は少し微笑みながら、息を吐いた。


「お前見てたら、オレももっと受験勉強頑張ろうって気になれたよ。サンキューな」

「はて? 受験勉強?」

「あん?」

「火焔先輩、留年するんじゃないんですか?」

「するかぁ!! 何て不吉な事言ってくれるんだ!! ちゃんと受験で志望校に受かって! 卒業するわ!!」

「うむ! 良い心掛けですね! 素晴らしい!」

「…………何で上から目線なんだよ……」


 やれやれ……と、肩を竦める剛士。

 すると、少し悲しそうな表情で静は言う。


「卒業か……私達が入学した時にはもう、火焔先輩や皐月先輩はいないんですよね……それを想像すると、何か……寂しくなっちゃいますね」

「……だな」

「なのでお願いします! 皐月先輩と一緒に留年しちゃってください!」

「アホか。する訳ねぇだろ……オレはオレで、があんだよ」

「残念……」


 しゅんとする静。


「つーかお前、うちの学校受けるのか? うちの学校、女子野球部なんてないぞ」

「? 質問の意味が分かりませんね。なければ創れば良いだけの話でしょう?」

「お前は大物になれるよ。それをあっさり言えるんだからな」

「私は絶対に先輩達のいる高校に入ります。そして女子野球部を創って、日本一になります」

「そりゃ楽しみだな」

「そして……と、イチャイチャラブラブな青春学校生活を送るんです!」

「あの人……? え? お前まだ、木鋸の事好きとか言ってんのか? やめとけやめとけあんな変態」

「む?」


 ここで、静の目付きが変わった。


「いくら火焔先輩でも、木鋸先輩を馬鹿にする発言は許しませんよ?」

「……冗談だよ、そんな怒んなって」

「何だ、冗談か」

「野球に恋に、上手くいくと良いな。お互いに」

「だな!」


 笑い合う二人……勉強と野球――――種目は違えど、自らを高め目標を達成しようとする道程は同じ……。

 この二人には、通ずるものがあるのだろう。

 だからこそ――分かり合える。


「じゃ、オレも勉強があるから。ランニングの邪魔して悪かったな」

「いやいや、久しぶりに火焔先輩と話が出来て楽しかったです。勉強、頑張ってくださいね」

「お前も明日の試合頑張れよ。優勝候補だろうが何だろうが、ぶちのめしちまえ」

「はい! 絶対勝ちます!」

「その意気だ! じゃあな、応援してるから」

「ありがとうございます! それではまた!」


 こうして、久しぶりに会った二人の会話は終わった。

 最後に静が――


「明日は絶対に勝つ……勝ち続けて、全国を決めたら――――木鋸先輩に、!」


 こんな言葉を残して……。

 剛士は、引き攣った表情を浮かべた。


「え? 今、何て……?」


 しかし、振り返るともう……そこに静の姿はなかった。

 (聞き間違いかな)と、剛士はそう思う事にしたのだった。

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