【第34話】ごめんね……


 夏休みに入ってから、ほぼ毎日、宇宙と忍は顔を合わせていた。

 恋人だから毎日一緒にいたいと言うアレだ。

 好きな人とは、出来る限り一緒にいたい。そう思う事に、何の罪もない。


 忍は、その欲求が強い人間だった。


 普段、太陽達にすらあまり自分からは電話をかけなかった忍が、こと宇宙に対してのみ、よく電話を掛け、デートの話を持ちかけていた。

 その所以は、宇宙に対する恋心である。

 彼はそれ程までに、宇宙に対して恋に落ちていた。

 フォーリンラブである。


 しかし――だとしても、その恋心が相手に百パーセント正確に伝わるのかと言えば、決してそうでは無い。

 人間とは、感情を持つ生き物なのだから。

 人を見定め、同調し、疑う――そんな人間だからこそ、すれ違いは生まれてしまう。


 例えば、毎日の電話――無理して毎日電話してくれてるんじゃ……。

 例えば、隙あらばデートの約束――無理して誘ってくれているんだろうな……。

 例えば、デート中の雰囲気――無理して笑ってくれているんだろうな……。

 例えば、好きという言葉――無理して言わなくてもいいのに……。


 星空宇宙は、マイナス思考の達人だった。


 彼女は、自分に自信がなく。

 彼女は、そんな自分が嫌いだった。


 そんな自分が――星空宇宙なのだ。


 だから、こう思ってしまうのも自然の事なのである。



『私のような暗い人間は――忍くんの彼女として、相応しくない』



 彼女の周りには、まだ付き合ってもいないのにキラキラと輝く笑顔を引き出し合う男女がいる。

 それを見て、それを羨んでいた。


『あの二人みたいに……私も、忍くんと……』


 しかし、付き合って数ヶ月、宇宙は気付いてしまったのだ。


『私じゃ……あの二人みたいにはなれない……あんな風には、なれない……』


 は、の決断だった。



 今日も今日とて、宇宙と忍はデートをしていた。


「……はっきりとしない天気だな。蒸し蒸ししやがる」

「…………そうね」

「…………」


 こんな風に、二人の会話はいつも続かない。

 ブツンブツンと、垂らされた糸を切るかのように、いつも話は終わりを迎える。


 宇宙はそれを自覚していた。

 そしていつも思うのだ――


(これが……カップルの会話? そんな訳ない……だって――)


 思い浮かぶのは、キラキラとした男女の姿。


(だって、あの二人はもっと…………。じゃあ、この関係は何なのだろう? 友達や親友でもなく、本当の意味での恋人でもない……この関係は…………そんな事を、これまで何度も考えた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度も……だけど――答えは出なかった)


 「もういいや……」と小さく宇宙が呟いた。

 そして、(もう……疲れた……)と、溜め息をするかのように心の声が落ちた。


(もういい……疲れた……もう、考えるのはやめよう……どうせ答えが出た所で、ろくなものではないのだから……。だからもう……にしよう……)


「――ら……宇宙?」


 ハッ! と、顔を前に向けると、忍の姿があった。

 好きで好きでたまらない――彼氏の姿が。


「どうかしたのか? 気分でも悪いのか?」

「な、何でもないわ……」

「何でもないって顔してないだろう?」

「大丈夫……本当に……何でもないから……」

「悩みでもあるのか? もしもそうなら、話聞くぞ?」

「大丈夫……大丈夫……だから」

「そうか……。なら、信じるぞ?」

「え……?」

「宇宙の事を、言葉を――――信じるからな?」


 その、忍のまっすぐな瞳に、心を奪われる宇宙。「う、うん……」と、心苦しく答えつつ、彼女は想いを巡らせる。


(ああ――……本当に、この人は良い人だ……。『良い奴は幸せにならなくちゃいけない』――これは確か……万屋の言葉だったかしら? 激しく同感だ……良い人は、幸せになるべきだと思う……だから、忍くんも……幸せになるべきだと、私は思う。



 心の底から――そう、思う……)


「忍くんは……本当に、良い人よね……」

「え? 急に何を……」

「何でもないわ……ただ、ちゃんと、言葉にして伝えておきたかっただけ」


 (だけど私では……私とじゃ、きっとはなれない……)


「?」

「さ、帰りましょう。デートは、帰るまでがデートよ」

「お、おう…………?」


 再び歩き出す、宇宙と忍。

 そんな二人に、ポツポツと一滴二滴の雨粒が当たり始めた。

 間もなく、雨が降ってきそうな……そんな空模様。


(ねぇ忍くん。もう少し……もう少しだけ……私をあなたの彼女でいさせて……そうすればきっと……諦められるから……。私は笑顔で、あなたを送り出す事が出来るだろうから……)


 本格的な、雨が降って来た。


(願わくば……までには、この訳の分からない関係の名前を……明らかにしたいものね……)


「傘、持ってる?」

「……そうね、忘れて来ちゃったわ。入れて貰っても、良いかしら?」

「もちろんだ」


(だから……今だけは、こんな我儘を許して……)


 相合傘で歩く宇宙と忍。

 手を伸ばせば届く距離にいながらも、二人の距離は少しずつ離れて行く……。


 間もなく――はやってくる。



(ごめんね……忍くん……)

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