【第28話】お礼を言いたかったんです


「月夜ー、エアコン効きすぎてるから温度下げるぞ?」

「…………」

「おい月夜。良いのか?」

「…………」

「シカトかよ……良いって事だな? 下げるぞ」


 太陽がエアコンのリモコンを操作し、温度を下げる。

 二十四度から二十五度へ。

 するとその瞬間、太陽の顔面目掛けてティッシュの箱が飛んで来た。


「あがっ!」


 太陽の顔面を直撃。

 月夜の念動力である。


「痛ってぇな! 何しやがんだ月夜――」

 ピロン!

「ん? メール?」


 太陽がそのメールを開封。


『勝手に温度下げるな。バカ兄貴』


「自分の口で言え!! 自分の口で! 口ついてんだろうがよ!! 黙ってたら分かんねぇだろうが!! 喋るのが嫌ならせめて態度で示せよ!! 何でメールなんだよ!! 回りくど過ぎるだろうが!!」

「…………」

 ピロン!

『うるさい』

「だ、か、らぁ!! 自分の口で話せって――」

 ピロン!

『黙らないと大っきいタンスの下敷きにする』

「……ぐぬぬ……」


 太陽は観念し、静かにする事にした。

 ついでにエアコンの温度も元に戻す。

 やれやれ……と言わんばかりに溜め息を吐きつつ、月夜が寝転がっているソファーの向かいに座った。


「お前……この間の白金との食事の件、まだ根に持ってんのかよ……」

「…………」

「つーか、お前何でそこまで白金の事嫌ってんだよ……あいつ良い奴だぞ? まぁ……心を丸裸にされてしんどい時もあるけどよ……ちゃんと話してみろって。どーせ一方的に嫌ってんだろ? 食わず嫌いは良くないぞ?」

「…………」

「はぁ……しょうがねぇなぁ……今度の休み、何かお前の好きな物奢ってやるからよ。それで機嫌直してくれねぇか? 流石に家の中でシカトされる間柄の奴がいると、気が滅入るんだよ」

「…………」

「そーだ、何か最近新しいクレープ屋が出来たみてぇだぞ? 白金と星空が行ったみたいで、美味いって言ってた。今度の休み、そこ行ってみねぇか?」

「………………」

(…………あー……反応無しか……。流石に物で吊って、なびく程甘くねぇか……。それにしても……今回の月夜のキレ方は半端じゃねぇな……いつもめんどくさいが、いつも以上のめんどさだ……。こりゃ簡単には許して貰えそうにない……。つーか何でコイツ、白金の事そんなに嫌ってんだよ……意味分かんねぇ。こりゃ、時間薬で落ち着くのを待つしかねぇか……)



 そして今度の休日――


「おいっしぃー!! 何これぇー!! 激ウマなんですけどぉ!! 何個でも食べれちゃうわぁー!! 素敵ーっ!! 甘々ーっ!! こんな奇跡みたいなクレープ奢ってくれるなんて! お兄ちゃん大好きぃー!!」

「……そ、そうか……」


 キラキラに目を輝かせた月夜の姿が、そこにあった。

 クレープの前に容易く陥落していた。


「き……機嫌が直って……何よりだよ……」

「機嫌って何の事? 美味しぃー!!」

「い、いや……忘れてるのなら良いんだ……」


(チョロいな……コイツ……)


 太陽は、今後怒らせた場合すかさずクレープ屋ここへ連れて来ようと決めたのであった。


 何にせよ、月夜の機嫌は治った。

 めでたしめでたし――と、胸をなで下ろした、そんな時。



「あれ? 太陽さんと月夜さんじゃないですか?」

「お、大地か。久しぶりだな」


 球乃大地がたまたま通りがかったのだった。

 月夜は学校で顔合わせる事も多いが、太陽とは以来の再会となる。


「お前もクレープ買いに来たのか?」

「あ、いえいえ、さっきまで図書館で勉強してまして、その帰りです」

「ほぉー……勉強か。偉いな」

「普通ですよ。一応来年から受験生なんですから」

「今年その受験生の妹が隣でバクバククレープを貪ってるもんだから、耳が痛いよその言葉」

「まぁ……月夜さんは、影の努力家タイプの人ですからね……」


 大地は苦笑しながら、そんなフォローを入れた。


「…………つーか、安心したよ」

「……何がです?」

からちゃんと学校行けてるみたいじゃねぇか。月夜から話は聞いてたけどよ。今、ちゃんとお前の姿を見て、やっともう心配入らねぇなと思えたよ」

「そうですね……。その事のお礼を言いたかったんです」

「お礼?」

「はい……。先日はご迷惑をお掛けしてすみませんでした。太陽さんのお陰で、僕は自分が間違えていた事に気付けました。本当に、ありがとうございます」


 頭を下げる大地。


「いーよ、お礼なんて。実際オレは何にもしてねぇし……あの件の立役者は、月夜こいつと白金だ。それと……そうだな、後は――――大地、お前自身だよ」

「僕……自身……」

「ああ、お前自身だ。結局の所オレらが何しようと、お前自身が変わらなきゃ、何も変わらなかった。お前が変わった結果があってこその、今のお前なんだ。だから礼なんていらねぇよ」

「……本当に、あなたは普段バカみたいな事する割には、たまにカッコイイ事言ってくれますね」

「誰が普段バカだって!?」

「あはは! でも……僕が動けたのは、あなた方の後押しがあったからなんです。本当に、ありがとうございました」

「……ふんっ。そこまで言うのなら、一応受け取っておくよ」

「はい。白金さんにもお礼を言っていたと伝えてくれますか? それと、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした、と……何分、あの人とはあまり顔を合わせる機会がないもので……」

「ん、しっかり伝えておくよ」


 「あんな奴、幾らでも迷惑掛けちゃえば良いのよ」と、ここでようやく、月夜が話に入ってきた。

 クレープに夢中で、大地の姿に気付いていなかった月夜が。

 太陽が顔を引き攣らせながら声を落とす。


「お前は頼むから……もうちょっと白金と向き合ってやってくれ……」

「ふんっ!」


 そっぽを向く月夜。

 大地は(何かあったのか?)と、勘繰りつつも、あえて聞かず話を逸らす事に決めた。


「とにかく。皆さんのおかげで、僕は、ちゃんと向き合うべき相手が誰なのかを、理解する事が出来ました」

「ほほぉ……それは誰なのかなぁ?」


 ニヤニヤしつつ、太陽がをあえて尋ねる。

 大地は答える。

 真っ直ぐな瞳で。


「姫なんです。僕がずっと、向き合うべきだったのは、小柄で、可愛くて、僕の事を一番心配してくれていた、彼女なんです!」

「……そっか」


 その言葉を聞き、太陽は笑った。

 月夜も同様だ。


「あんた……本当に変わったね。良い事だ」

「はい! 皆さんのおかげで!」

「ふぅーん……じゃあさぁ、向き合うべき相手が分かったのならぁー? この先、どうするべきなのかなぁー?」

「っ!? この、先……?」


 ニヤニヤと、小悪魔的な表情を浮かべつつ、月夜が攻めた問い掛けを放つ。

 大地が少し顔を赤らめながら、言葉を詰まらせる。


「じ……実は……」


 やがてそれは、ポツポツ声となって形となっていく。


「実は明日……その……姫と……で、デートする予定になってまして……」

「「え?」」


 ちょっとしたからかいのつもりだったのが、ガチな答えが返ってきそうな雰囲気に驚く太陽と月夜。


「その時に……その……こ、こく……………………告白しようと思ってるんです!!」

「マジ!?」「マジか!?」

「はい……ま……マジ、です……」

「きゃーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「う、うおおおおぉおおおおぉおおぉおおぉおーっ!!」


 真っ赤な顔で決意表明をした大地と、奇声を上げる太陽と月夜。

 二人は大地に駆け寄り、満面の笑顔を見せる。


「頑張れよ!! 大地!! 応援してるからなぁ!!」

「絶対大丈夫だから!! 精一杯、思いをぶつけちゃいなさいっ!!」


 そんな二人の言葉を受け、大地は……。


「はい! 頑張ります……!」


 と、照れ臭そうに頷いたのだった。

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