【第27話】オレは認めんぞ!!


 皐月が剛士に夕食を作るため家を開けていた、ちょうどその頃……。


「ふぅーん……それで皐月さんが、火焔さんの所にご飯作りに行ったんだ。青春だねぇ」

「……いや、オレまだ何も言ってないんだが?」

「言ってたよ。心の中で。それはもう一から十まで解説してくれてた」

「状況説明する手間が省けた事には重々感謝するけど、何度も言わせないでくれ……オレの心を勝手に読むのやめてくれ……頼むから……」


 太陽は、愛梨と一緒にファミレスで夕食を摂っていた。

 そして出会い頭にガッツリ心を読まれていたという運びである。


「ま、何にせよ。そんな訳で、皐月姉がいねぇんじゃ、ウチには夕食作れる人がいねぇんだよ。だから外で夕食を、ってなった訳だ。そのついでに白金を呼んだって訳。以上、説明終了」

「なるほど。説明が早く済んで良かったね」

「こういう時読んでくれるのなら、楽だし、嬉しいんだけどなぁ」

「そうよねぇ……残念だわ……」

「他人事のように返事を返すな。お前の事だぞ、白金」


 クスクスと笑みを浮かべながら、コップの中の水を一口飲む愛梨。ゆっくりとコップをテーブルの上に置き、一言。


「でもその流れなら、太陽くんの家に夕食作りに行くのも、有りだったんじゃないかなぁ?」

「へ?」

「その発想はなかったのかなぁ?」


 ニヤニヤと、悟った表情で太陽に詰め寄る愛梨。

 片や、わざとらしく目を背ける太陽。

 図星であった。

 太陽としては、それが理想だったのだ。

(あーあ、白金もご飯作りに来てくんねぇかなぁー)

 なんて事を思ったりもしたが、それをお願いする勇気もなく、彼は渋々外食で済ます事に決めていたのだった。


 それを容易く看破されている状況が、今という訳だ。


「そんなに目を逸らしちゃってさぁー。んー? どうなのかなぁー? 太陽くーん?」

「な、何の事かなぁー」


 追い詰められている太陽。

 陥落まであと一歩――――という所で、助太刀が入る。



「ねぇ……これ一体どういう状況なの?」


 怒りを含んだ、重低音な一つの声が、愛梨と太陽の会話を見事にぶった斬ったのである。

 そう、この場に居るのは、太陽と愛梨だけではない。もう一人いたのだ。


 もう一人――――



 太陽の妹――万屋月夜が。


 太陽が、キョトンとした表情で答える。


「どういう状況って……白金とお前と三人でファミレスでご飯食べよーって状況だけど?」

「んな事分かってるわよ! 私が聞いてるのはそんな事じゃなくて! 何で私が――のって聞いてんの!!」

「……おい、月夜。って言い方はやめろ。先輩だぞ」

「…………帰る」


 席を立とうとする月夜。


「お、おい! 帰って飯どうすんだよ!」

「いらないわよ! 晩御飯なんて一回抜いたくらいじゃ死なないわ!」

「おい!」


 足早にスタスタと歩いて行く月夜。

 そんな時、ピンポーン! と、音が鳴った。


「へ?」「?」


 キョトンとした表情で、太陽と月夜の音が止まる。

 愛梨が店員の呼び出しボタンを押した音だった。

 そして間もなく店員が駆け付け、愛梨が注文を即答で述べる。


「ハンバーグ定食Bセットをお願いします。ライス一つ大盛りで」

「かしこまりました」


 店員が去って行く。

 この鮮やかな流れの前に、ぽかんとしてしまう太陽と月夜。

 愛梨は大きく深呼吸をした後、ように月夜へと向き直った。


「月夜ちゃん……もう注文しちゃったわ。だから一緒に食べましょう」

「な、何であんたなんかと!!」

「あなたの気持ちはちゃんと分かってる。その上で私は――――あなたとご飯が食べたいの。お願い、月夜ちゃん」


 そう頭を下げる愛梨の声は、先程までの太陽をからかう時のものとは全くの別物。

 真剣そのものの声色だった。

 そんな彼女の思いが通じたのか、月夜が大きく溜息を吐き、「仕方ないわね……」と小さく呟いた。


「今回だけだからね……」

「ありがとう……月夜ちゃん」

「言っとくけど! 私はあんたと馴れ合うつもりなんて微塵もないから! 勘違いしないでよね!」


 そう吐き捨てながら、月夜がテーブルへとついた。

 愛梨が頷く。


「分かってる……ありがとう」

「ふんっ!」


 そんな二人の会話についていけず。

 何が何だかさっぱり分からない太陽は首を捻る。


(この二人、何でこんなに仲が悪いんだ? 女の覇権争いって所なのだろうか? 覇権? 何の覇権だ? よく分かんねぇけど……無事月夜も納得した事だし……これで良かったのか?)


 全然良くなかった。


 その後、ハンバーグ定食が運ばれ、食べる訳だが……重苦しい沈黙が続いたのであった。

 まるでお通夜のような沈黙が……。


(き……気まずい……!)


 カチャカチャと、食器が奏でる音しかしないテーブル。

 この空気に耐えかねた太陽が話題を提供する事にする。


「こ! 恋バナしようぜっ!!」

「うっさいバカ兄貴。ハンバーグが不味くなる」


 一蹴され、しゅんとなる太陽。

 しかし、これに愛梨が食い付いた。


「そうね……恋バナをしましょう」

「「っ!?」」


 愛梨が言う。


「月夜ちゃん。あなた今――――気になる人とか、いないのかしら?」

「はぁ!?」


 突然振られたその問い掛けに対し、露骨に眉をひそめる月夜。


「そんなのいる訳――――」


 と、言いつつ、浮かび上がるのは透士郎の顔。


(はっ!? 何で私今、の事思い浮かべちゃったの!? 違う違う! 私は別に――――)


「……へぇー」


 愛梨が、意外だと言わんばかりな声を漏らした。

 その声を聞いた瞬間、月夜がギロリと愛梨を睨み付けた。


「あんたひょっとして…………読んだわね!」

「…………ヨンデナイワ」

「片言過ぎて嘘ついてるのがバレバレなのよ!! 違うからね!? 私は別にアイツの事を――――」


 カチャーンと、音がした。

 太陽が箸を落とした音だ。

 何やら、プルプルと震えている。震える口から震える声で、太陽は月夜へ問い掛ける。


「月夜……お前……好きな人、いるのか……?」

「だ、だから! 私は別にそんなんじゃ……」

「何処の馬の骨だそいつはぁ!!」

「っ!!」


 ガシッと力強く月夜の両肩に手を置く太陽。

 その目はカッと見開かれている。凄まじい形相をしていた。

 流石の月夜も、そんな太陽を前に怖気付く。


「今すぐオレの前に連れて来い!! タコ殴りにしてやる!!」

「あ……兄貴? 声がデカいよ? 落ち着いて……」

「どうせ月夜の美貌の光に引き寄せられた蛾みたいな輩なんだろ!? そんな奴との交際! オレは絶対に認めないからな!!」

「兄貴が父親みたいな事言ってる!?」

「月夜はオレのもんだ!!」

「いや、太陽くんのものっていうのもおかしいと思うけれど……」


 愛梨も全力の苦笑いを見せている。

 しかし太陽は止まらない。


「認めん……認めんぞ!! せめて! !! オレは認めんぞぉーーーーっ!!」

「はぁーーっ!?」

「あらまぁ……どんぴしゃね……」

「認めんぞぉぉーーーーーーぉぉぉ……お? え? 今なんて?」


 顔を逸らす愛梨。


「別に? 何も言ってないわよ?」

「そっか、今って言ってたような気がしたけど……そんな訳がないもんな。あっはっはっはっは!」


 今度は謎のテンションで高笑いを始めた太陽。

 怒ったり笑ったり、そのテンションの上下は傍から見ていると異様そのものだった。


 愛梨が両手を合わせて、(ごめんなさい)と月夜に対して頭を下げる。

 顔を真っ赤にした月夜は叫んだ。


「やっぱあんた! 本っ当に嫌いっ!!」


 そんなこんなで食事を終え、瞬時に解散と相成った。

 帰り際、愛梨が月夜に声をかける。


「ありがとう……今日は楽しかったわ。出来ればまた、一緒に食べたいな」

「…………言ったわよね? 今回だけだって」


 片や月夜は、ぶっきらぼうにそう返事を返した。

 この二人の溝は……太陽が考えているよりも深い。


 和解まで、まだまだ先は長そうである。

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