【第26話】ご褒美を授けよう!!


 帰りのホームルームが終わり、火焔剛士が鞄に教科書や筆記用具を詰め、席を立ち塾へ向かおうと歩き出す。

 教室から出ようとした、その時――


「剛士くん」


 背後から声を掛けられた。

 剛士が振り返ると、そこに万屋皐月の姿があった。


「今日も塾? 大変だねぇ」

「まぁな……オレはお前と違って頭が悪いから、勉強しねぇと……」

「私達の高校生活って、あと一年もないんだよ? 少しは青春しようって気にはならないの?」

「そりゃ、少しは思うけどよ。それよりも、

「先の事?」


 キョトンとする皐月。

 剛士はそんな彼女から目を逸らし、少し照れ臭そうにして顔を逸らす。


「お、オレにも色々と考えがあんだよ。青春は何も、学生時代だけに限った話じゃねぇだろうが」

「偉いっ!」

「へ?」


 キラキラと目を輝かせる皐月。

 そんな彼女は、剛士の両肩をガシッと掴んだ。


「い……痛いんだが……?」

「そんな偉くて素晴らしい剛士くんに、ご褒美を授けよう!!」

「え……? ご褒美?」

「うん! ご褒美!」

「な、何をくれるってんだよ?」

「今日、晩ご飯作りに行ってあげる!」

「へ……?」


 そんな訳で、皐月が剛士の家に夕飯を作りに行く事が決まった。


 そして塾終わり。


「やっほー。お疲れ様ー!」


 いつものコンビニの前で、皐月が待っていた。

 満面の笑顔で、待っていた。

 剛士は首筋をポリポリと掻きながら、声を落とした。


「ま、マジだったのかよ……」

「あったり前じゃん! ささ、行きましょ行きましょ! 材料はもう、買ってあるからさっ!」

「お、おう……」


 二人は剛士のアパートへ足を運ぶ。

 玄関の扉を剛士が開けると、それに次いで皐月が「お邪魔しまーす」と、入ってくる。


 皐月が剛士の部屋を訪れるのは約一年ぶりだ。


「変わってないなぁー。相変わらず、剛士くんの部屋って感じだね」

「それは良い意味で捉えていいのか? それとも、悪い意味か?」

「うーん……良い意味で良いかな」

「なら、有り難く受け取っておくよ」

「うん! さて、そんな訳で……剛士くんはこっちこっち」

「ちょ、おいっ、押すなって!」


 皐月は無理矢理、剛士を勉強机の前に誘導する。

 ここで勉強してなさい――そう言わんばかりに。


「一秒も無駄にしたくないんでしょ? 気にせず勉強してて。ご飯は勝手に作っておくから」

「し、しかしだな!」

「大丈夫! 剛士くん家の食器とか調理器具の場所はちゃーんと把握してますから! どーせ、アレから全然料理とかしてないんでしょ?」

「ま、まぁな……なら、良いんだが……」

「だから剛士くんは勉強勉強っ! 頑張ってね!」

「お、おう……」


 嵐のようにそう言い残し、皐月は台所へと消えて行った。


(いやいや……勉強しろと言われてもだな……皐月よ……オレも一人の男だぞ? 健全な男子高校生だぞ……? 自分の部屋に女の子と二人っきりでさぁ……ドキドキしねぇ訳がねぇだろうが!!)


 剛士の頭の中には、煩悩が渦巻いていた。

 色んなものが反応していた。

 堅物である剛士と列記とした男なのだから、それも当然の事である。


(どうする……? 勉強が全然手につかねぇ!!)


 そんな時だった。

 カチンッという小さな音が鳴ったと思いきや、ゴォー……っと換気扇が回り始める音がし始めた。

 やがてそれは、トントン……という、まな板の上で食材を切る音に変わり、コンロの音へと変わる。

 音が変わっていくにつれ、良い香りが漂って来た。

 スンスンと、その香りを嗅ぐ剛士。


(……これは……肉じゃが……か?)


 その瞬間、ペンを持つ手に力が入った。


(…………そうだよな……。こうやって、ご飯を作りに来てくれるのは、皐月なりの優しさなんだよな……。決して、邪魔をしに来ている訳じゃないんだ。ここでオレが狼狽えて、勉強が手につかなくなっちまったら……皐月の優しさを無下にしてしまう事になるよな……。そんな事――――



 絶対! 許されねぇ!!)


「よしっ! やるぞ!! 掛かってこい問題集!! 全身まとめてぶっ潰してやるよ!!」


 剛士は、そんな思考段階を経て、全力で勉強に励み始めた。

 煩悩など蹴散らすかの如く。


 一方、台所で調理をしている皐月は、そんな彼の意気込んだ声を耳にして、クスッと微笑んでしまった。


「問題集をぶっ潰すって……面白い発想ね」


 そして皐月は続ける。


「本当に――――厳つい顔をしている割に可愛らしい人だわ」


 結果として……剛士の勉強は、すこぶる捗ったのであった。




 その後。


「美味かった。ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

「久々に、何というか、人の手を感じる飯を食べた気がする」

「そっか。あんまり無茶しないでね。体調管理も、受験生にとって必須なスキルだよ」

「ああ……気をつける」


 玄関先で、そんな会話を交わす二人。


「じゃあ、また明日ね。剛士くん」

「おう………………送って行こうか? 暗いしよ」

「ううん、その必要はないよ。下に屈強な、来てくれているから」

「ボディガード?」


 すると、耳を済まさずとも、アパートの外から聞こえてくる声が二つあった。


「再っ悪!! 何て場を用意してくれてるのよ!! おかげでハンバーグがう〇この味がしちゃったじゃない!! このバカ兄貴!!」

「バカとはなんだバカとは!! オレはただ、お前らに仲良くなって欲しくてだな!!」

「余計なお世話よ!!」

「この分からず屋!!」

「ふんだっ!!」


 その会話内容と声を聞き、(なるほど)と剛士は納得。

 皐月は苦笑いで「あの二人……また喧嘩しちゃってるわ」と呟いた。


「とりあえず……帰り道が安心なのは理解した」

「でしょ?」

「でも、近隣住民の迷惑になるから、大声で喧嘩するのはやめて、静かに殴りあってろって伝えてくれ」

「殴り合うのは良いんだ」

「人様の迷惑になるより百倍マシだ」

「はは……確かにそうかも」


 数秒の沈黙が流れた後、皐月が「それじゃあ、勉強がんばってね」と切り出した。

 剛士が「おう」と返事をすると、皐月が背中を向け歩き出した。


「………………」


 家の中へ入ろうとした剛士だが……。


「おいっ! 皐月!」


 と、皐月を呼び止めた。

 少し驚いた様子で振り向く彼女。

 すると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせながら、剛士が声を上げる。


「肉じゃが、美味かった!」

「あはは、それはさっき聞い――」

「また! 頼んでも良いか!!」

「っ!?」


 こちらが本題だった。

 その言葉を受け取った皐月、顔を綻ばせ、頬を赤く染めてニッコリと微笑んだ。


「はい! 喜んで!」


 その後数日間、皐月の機嫌は最高潮に良かったそうだ。

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