【第25話】あまり、楽しくなかったわ


 星空宇宙と土門忍が付き合ってから、早数ヶ月が経過していた。

 二人の関係は、現在進行形で継続している。

 休日である今日も、二人はデートをするようだ。

 待ち合わせの場所で、忍が時計を確認しながら待っている。

 そこに、宇宙がやって来る。

 待ち合わせ時間ピッタリ、彼女は姿を見せたのだった。


「ごめんなさい、待った?」

「待っていない」

「そう……では行きましょうか」

「……うむ」


 この一連のやり取りが、定型化している。

 十分前には約束の場所に着いている忍と、約束の場所に時間ピッタリに到着する宇宙。いつも、その順番は明確化している。故に、このやり取りが定着してしまうのは当然の話だった。


 二人は並んで歩き出す。

 今日は映画を見て、ショッピングをして、そしてご飯を食べて解散。

 それが、宇宙が考えたデータプランのようだった。


「……さて、何の映画を見るのだ?」

「あ、そういえば伝えてなかったわね。コレよ」


 宇宙が映画館入り口に大きく記載されているポスターを指さす。

 映画の名は【END】という名のホラー映画だ。

 今大人気のホラー映画であり。

 内容は、呪いの動画を見たら悪霊に三日後呪い殺される。そんな呪いの動画を見てしまったヒロインを助ける為、主人公である男性が走り回る。というシンプルなものである。

 このシンプルさが万人受けし、怖くもあり、感動もする為、大人気となっている訳だ。


「へ……へぇ……」


 忍の表情が引き攣る。

 彼は、エロが好きでもホラーは苦手だったのだ。


「……あら? ひょっとしてホラー苦手? 別のに変える?」

「い、いいいいいい嫌々! そ、そんな事はないぞ! 見よう! これ見よう!」

「……そう……なら、チケットを買いましょうか」

「う、うむっ!」


 そんな訳で二人はチケットを購入し、開場時刻までソファーに座り時間を潰す事にする。

 その間、二人の間に沈黙が訪れる。

 実はこの二人……両想いではあるものの、会話が続かないのだ。


 忍はチラッと、宇宙の顔を見る。


(きょ……今日も相変わらず可愛いな……こんな可愛い子が拙者の彼女……だなんて……夢でも見てるのではないかと……毎回思ってしまう……)


 忍は……この沈黙を、悪くは思っていない。

 むしろ、好ましくさえ思っている。

 自分が想いを寄せる女性が自分の傍にいる……この空間の中にいる事自体が、幸せなのだ。

 彼にとってはなのだが――


 宇宙にとっては……。


「……どうやら開場の時間みたいね。行きましょうか」

「う、うむっ!」


 二人は立ち上がり、歩き出す。

 ぎくしゃくと、ホラーが苦手な忍の足取りは重いが、二人は並んで歩き、映画館の中へ……。


 そして映画が始まる。


 呪いの動画を見てしまったヒロイン。

 次々と死んでいく親友達を目にして絶望するヒロイン。

 そんなヒロインを誠心誠意を持って励まし、呪いを解く為に動く主人公。

 ヒロインは、そんな主人公に心の底から感謝をし。

 主人公は、命を懸けて呪いを解く。

 主人公の命と――引き換えに……。


 映画鑑賞が終わると。

 真っ白な顔色で、呆然とソファー座る忍の姿があった。


「……やっぱり、ホラー苦手だったんじゃない……」

「……じ、実はな……」

「苦手なら苦手って言ってくれれば良いのに……無理して見る事ないのよ?」

「……だ、だが――コレが、お主の好きな物、なのだろう?」

「え?」

「だからこそ、拙者が苦手でも、見なくてはと思ったんだ」

「…………」

「出来る事ならば……好きな物は、共有したいからな……」

「…………」


 宇宙は思った。


(本当に……忍くんは、良い人ね……こんな良い人、そうはいないわ……。だからこそ、――……彼氏の事を、気遣えない……そういう所に気を配れない……自分が……)


「…………だからって、デート中に放心状態になったら本末転倒じゃない? 無理はしないでよね」

「お、おう……すまない」


 弱々しい声で忍が返答する。

 すまない――宇宙は思った……(謝るのは……謝るべきは、こっちの方なのに……)と。


 数分間休んだ後、二人はショッピングを始める。

 互いに欲しい物や、興味のある店を渡り歩いた。

 そして最後のプラン、夕食を終え、二人は帰路に着く。


 時刻は十九時半――日も暮れている。


 デート中、基本的に無口な二人だが、帰り道にふと宇宙が話題を提供した。


「ねぇ……忍くん、今日のデート……楽しかった?」

「え? どうしたのだ? 藪から棒に」

「良いから……答えて」

「普通に楽しかったが?」

「……そう……それなら、良かったわ」


 意味深な表情の宇宙。


「どうしたんだ? 宇宙……お前は、今日のデート、楽しくなかったのか?」

「……そうね…………あまり、楽しくなかったわ」

「えぇっ!?」


 その返答に、衝撃を受けた忍。

 びっくり仰天している。

 そして考える。


(せ、拙者何か悪い事したのか? 気に触るような事をしたのか? え? 何故だ? 拙者はこんなにも楽しかったのに……)


 焦りながら悩んでいる忍のそんな姿を見て、宇宙はこの日、「フフフ」

 デートも終盤……ここにきて、ようやく。


「冗談よ」

「え?」

「冗談。ちょっと、からかってみただけよ」

「な、何だそれ! 性格悪いぞ!」

「……フフっ……そうね……私、性格悪いかも」

「?」


 宇宙は言った。


「楽しかったわよ。私も……だから次も、よろしくね。忍くん」


 照れくさそうに忍が返答する。


「……おう……こちらこそ」


 そして二人は並んで歩く。

 デートの帰り道を……並んで。


 そんな中……浮かない表情の宇宙。


 本当の事をいうと、彼女は本当にこのデートを楽しめていない。

 忍の事が嫌いになった――という訳では無い。

 むしろデートを重ねる度、彼の事を好きになっている。


 それ故に、宇宙の表情は曇ってしまうのだ。


 今日の映画デートから見て取れる通り、忍は、苦手なホラー映画でも見てしまう。

 そう…………。


 故に宇宙は、こう考えてしまう……。

 基本無言だった今回のデートも、――『楽しかった』と答えたのではないか? と。

 本当は楽しくなかったのに、宇宙を傷付けないように、嘘をついたのではないか? と。

 考えてしまう。


 宇宙は、そんな事を考えてしまう自分の事が嫌いだった。


 心の底から……大嫌いだった。


(ごめんなさい……忍くん……)


 だから彼女は、何度も何度も……心の中で忍に誤っているのだ。


 その事にまだ――忍は気付いていない。

 否、知る由もないのだ。

 何故なら――



 他人の心を、他人が、読める筈もないのだから……。


 このように……すれ違いは、生まれて行く。

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