【第29話】球乃大地と天宮姫⑤

 ジェットコースターから聞こえてくる叫び声。

 メリーゴーランドの音。

 キャラクターショーの司会の声。

 家族連れやカップルの群れ。

 異彩を放つお化け屋敷の存在感。


「大ちゃん大ちゃん!! 次アレに乗ろう!」

「ああ、そうだな」


 姫と大地は、遊園地に来ていた。


「おい、引っ張るな」

「早く列に並ばないと先を越されちゃうよ! 時は有限! まだまだ乗りたいし、突入したいアトラクションは沢山あるんだから! 乗りたい物は乗れる内に早く乗らないと!」

「そ、それは分かるけど……」

「さ! 走るよ!」

「お、おお」


 こんな風に、アトラクションをハシゴしていく大地と姫。

 家族連れやカップルの群れをかき分けつつ……。


(この人達には……今のオレと姫はどういう風に映っているのだろうか……?)


 大地は、そんな事を考えていた。


 はしゃぎ回る姫に付き添った事で、大地が昼食にありつけたのは午後二時を回った頃だった。

 空は少し曇り模様の為マシではあるが、今は夏、蒸し暑い気候の中をお腹を空かせつつ走り回っており、もう既に疲労困憊である。


「な、なぁ……姫?」

「ん? 何? 大ちゃん」

「そ……そろそろ……昼飯にしねぇか?」

「昼食? え!? もうこんな時間になってたの!? 怖いっ!」


 そんな訳で昼食タイム。

 遊園地の案内板を見つつ、大地が問い掛ける。


「何食べる? 時間が時間だから、どこも混んでないとは思うけど……」

「ね、ねぇ、大ちゃん」

「ん……?」


 姫が何やらモジモジしている。


「ああ、トイレか。気にしないで行ってこいよ」

「ち、違う」

「違うのか? でもモジモジしてるし……あ! なるほど! う〇こか!!」

「えいっ!」

「痛いっ!」


 姫のタイキックが大地の臀部に炸裂した。


「女の子に対してそんなデリカシーのない事言わないの!」

「痛たたた……じゃあ、一体何なんだよ……」

「お……お弁当……」

「弁当?」

「う、うん……お、お弁当、作ってきたの……た、食べる?」

「マジか!? 食べる食べる!!」

「…………そ、そう? じゃあさ、日陰になってるベンチでさ、食べよっか」

「そうしよう! お、あそこなんて良くないか?」

「そ、そうだね」


 そんな訳で、二人は日陰のベンチへ移動する。

 並んで座り、姫は二つの風呂敷に包まれた弁当箱を取り出し、片方を大地へ渡す。


「姫の手作り弁当って、初めてだよな?」

「う、うん……作るのも初めてで……その……あんまり美味しくないかもだし……それに……」

「…………ん?」


 大地が開いた弁当箱の中身は、決して綺麗なものでは無かった。

 初心者が作ったというのが目に見えるものであった。


「見た目も……上手く出来なくって……あははっ! 期待させちゃってごめんね! 食べる気なくすよね? 今からでも店に行ってちゃんとしたのを――」

「いや、美味いぞ? これ」

「え?」


 躊躇なく大地は唐揚げを口に入れ、味わう。次にふりかけのかかった白飯に手を付ける。

 次々とおかずを口の中に運んで行く大地。


「美味い美味い! 姫、初めてなんだろ? すげぇじゃん! 絶対料理の才能あるよ!」


 そんな大地を横目で見つつ、心の底から喜びを感じている姫。


「えへへ……そう、かな?」

「ああ! 間違いない! 月夜さんなんて酷かったらしいよ?」

「? 月夜さん?」

「これは太陽さんから聞いた話なんだけど。昔、皐月さんが不在の日に月夜さんが『私だって料理くらい出来るもんっ!』って啖呵をきった日があったらしくてさ、台所に立たせた日があったんだって」

「ふむふむ、それで?」

「そしたら、地獄の番人が食べそうなものが出来上がったそうだ」

「ぷっ! 何それ、地獄の番人って! あははっ!」

「太陽さん、流石に作って貰ったものを食べないのは失礼だよなーって思って一口食べたんだって。そしたら……」

「そしたら?」

「即座に嘔吐して、吐血して、白目むいて倒れたんだって」

「えぇっ!?」

「月夜さんが啖呵きったら、太陽さんが担架で運ばれる事になったって話」

「だ、ダジャレになってる……」

「それに比べたら……この弁当は、とても良く出来てる」

「比べる対象が別次元のものの気がするけれど……」


 大地は少し焦げている卵焼きを口に運び、咀嚼し飲み込む。


「…………姫」

「な、何?」

「オレはもう……お前に嘘はつかないと決めた」

「え? あ、うん……」

「だからこの弁当が、本当に不味いものなら、素直に不味いって言う。言うつもりだった」

「え?」

「この弁当は、美味しいよ。自信持ってくれ。絶対姫には才能がある。オレが保証する」

「…………そっか……えへへっ、嬉しいなっ!」


 満面の笑みを浮かべる姫。

 ようやく、緊張感から解き放たれたようだった。


「弁当……作って来てくれて、ありがとう」

「私も、『美味しい』って言ってくれて、ありがとう」



 そして……時は進む。

 時は夕暮れ……楽しかった遊園地デートも、終わりに近付いていた。


「ああー! 遊んだ遊んだー! 楽しかったねぇー!!」

「……うん」

「最初、大ちゃんから『遊園地行こう』って誘われた時は天変地異を疑っちゃったけど、楽しかったなぁー!」

「……失礼な事言うな……」

「ジェットコースター、気持ち良かったね!」

「……うん」

「メリーゴーランド、心地良かったね!」

「……うん」

「お化け屋敷、凄く怖かったね!」

「……うん」

「ソフトクリームもとても――」

「姫!」

「?」

「最後に……一箇所だけ、寄って良いか?」


 真剣な表情で、少し緊張しているような大地。

 そんな彼を見て、姫は頷かざるを得なかった。


 大地の後を歩き、案内された場所は、遊園地内にある噴水の前であった。


「うわぁー、綺麗ー! こんな所あったんだぁー!」

「……来る時も、通ったんだけどな……」

「えへへ、アトラクションにばっかり気が向いちゃってて」

「姫らしいな」


 そう言うと、大地は、噴水近くにあるベンチへと歩いて行く。ぽんぽんと、空いた部分を叩き『ここに座って』とアピールする。

 姫がちょこんと、大地の横に座った。


「姫……」

「なぁに? 大ちゃん」

「オレはお前に、言わなくちゃいけない事がある」

「言わなくちゃ、いけない事?」

「ああ……――ごめん」


 大地は謝り、頭を下げた。


「ど、どうしたの? 何か私謝られるような事されたっけ?」

「この間の事……本当に、ごめん。オレは、姫の事を何も分かってやれず、独りよがりに傷付けてしまった」

「ああ、何だ。その事か。もう良いよ、結果大ちゃんは変わってくれて、学校にも来てくれるようになって、本腰入れて勉強にも励んでくれるようになった訳だし。私としては、良い事の方が多かったから」

「それでも……ごめん」

「謝らなくてもいいってば」

「ごめん」

「だからぁ……」

「オレはきっと、この前の一件が起こらなきゃ、今もまだ、部屋に閉じこもっていた事だろう。独りでよがり続けていたと思う。オレが変われたのは……毎日毎日飽きもせず、粘り強く学校へ誘ってくれていた姫がいたからこそだ。ありがとう……」

「ごめんから、ありがとうに変わったね。ううん、でもそのありがとうは受け入れられないや……だって、大ちゃんを変えたのは月夜さんと太陽さん、そして愛梨さんだもん……私は何も出来なかったから……」

「太陽さんと愛梨さんを……そして月夜さんを動かしたのは、姫、お前だ、ありがとう」

「だからぁ」

「ありがとう」

「あーもう! 分かった分かった! 分かりましたよ! 認めます! 感謝されてやりますとも! これでいい? てゆーか、言わなくちゃいけない事ってそれ?」

「いや――これだけじゃない」


 大地は、ぐっと拳を握り締め、大きく深呼吸を一回し、を話し始める。


「あの一件から、オレは心に決めた事がある。さっきも言ったが、オレはもう――お前に嘘はつかない」

「昼食の時言ってた事だよね」

「だから……今からオレが言う事は、紛れもない本音であり。事実だ」

「今から……?」

「ああ……なぁ、知ってるか? 今、目の前にあるこの噴水には、ジンクスがあるんだ」

「ジンクス? うーん……知らないなぁー、聞いた事がないなぁ……」

「そっか。そのジンクスってのはな? この噴水の前で成立したカップルは、未来永劫結ばれるってジンクスなんだよ」

「え……」

「ま、嘘なんだけどな」

「酷いっ! さっそく嘘ついてるじゃん!!」

……嘘だ。けれど残念な事に、オレはもう、お前に嘘はつかないと決めている。だから

「へ? でも……どうやって……」




「好きだ」



「え……?」

「オレ達が――――そのジンクスの、第一号の証明者になろう」

「…………っ!!」

「オレと……未来永劫、結ばれてくれないか?」

「え……あ……えっと……」

「嫌か?」


 姫の胸の奥から、熱いものが込み上がってくる。

 それは……その言葉は、これまで幾度となく、姫が待ち望んでいたものだった。

 涙が溢れてくる。


(叶わない恋だと……思っていたのに……)


 だからこそ――嬉しさのあまり、涙が止まらない。


「嫌な訳……ないじゃん……! だって、だって私も……大ちゃんの事好きだもん……大好きだもんっ!!」

「ありがとう……姫」

「うえぇぇーん! 嬉しいよぉぉおー!」

「ああ……オレも嬉しい……」


 こうして……。


「二人で、このジンクスを本当にしていこう」

「……うんっ!」


 男女のカップルが一組生まれた。

 固く、強い絆で結ばれた――一組が。

 この二人の絆はもう……離れる事はないだろう。


 未来永劫に。








 エピソード1『球乃大地と天宮姫』――〈完〉


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