ヒーロー達の青春後日談〈夏〉

【第22話】癖になっちゃいそう


 夏――


 サンサンと照りつける太陽が、蒸し暑い夏の気候を作り出す。

 数多に聞こえる虫の声が、よりその暑さを際立たせている。

 そんな中、太陽はと言うと……。


「あー……スッキリしたぁー……」


 トイレで排泄していた。

 ジャーっという水の流れる音がする。トイレが流れる音、手を洗う水の音。

 それらの音が少し、夏の暑さを緩和させてくれる――


「ぬあぁ……あっちぃ……辛いぃ……」


 ――訳ではないようだった。

 水の流れる音が聞こえようと、暑いものは暑いのだ。


「あー……早く、冬にならねぇかなぁ……」


 とか言いつつ、冬が来たら冬が来たらで、『早く夏にならねぇかなぁ』というのが、この万屋太陽という男なのである。

 夏の暑さに辟易しつつ、太陽はトイレから出る。


「あら、奇遇ね」


 すると、男子トイレの横に配置されている女子トイレの前に、知った顔があった。


「お、星空じゃねぇか」


 宇宙だった。

 彼女は、これからトイレで花を摘もうとしている所である。


「まぁ、トイレの前で会った所で、奇遇も何もないのだけれど」

「ま、それもそうだな」

「本当に酷い暑さね……嫌になるわ……」

「それなぁ……マジで暑いよなぁ……授業受けるのが嫌で嫌で仕方ねぇよ……」

「あら、あなたは良いじゃない」

「は? 何が良いんだよ」

「いつも愛梨にからかって貰えて、随分と肝が冷える事でしょう」

「いやいや……何でそれが良い事になんだよ……嫌な事だろ……」

「あら? 本当に嫌な事なのかしら? 愛梨にからかわれている時のあなた、凄く良い顔しているのだけれど」

「…………ほっとけ……」


 バツが悪くなったのか、太陽は話を変える事にする。


「つーかお前の方はどうなんだよ? 忍の奴と上手い事いってんのか?」

「あら、確か彼、万屋達とは仲が良かった筈よね? 何も聞いてないのかしら?」

「不思議とあいつ、お前との事は語らねぇんだよ」

「……ふぅん……まぁ……そりゃ語りたくもないわよねぇ……」

「ん? どういう事だ?」

「だって私達――



 もう……別れちゃったから」



 「はぁ!?」太陽が驚きの声を上げる。


「わ、別れたぁ!? 早過ぎだろ!? 何があったんだよ!! 忍の奴が何かやらかしたのか!? ひょっとして! アイツの特殊性癖がバレて、それにドン引きしたとかそんなのか!? それなら考え直せ! 確かに忍の性癖はドン引きする程のものだ!! けどな!? ちゃんとアイツ自身をみてやってくれ! 良い奴だ! 凄く良い奴だから!! 考え直せ……――って、何で笑ってんだよ……星空」

「うふふっ」


 笑いを堪え切れていない様子の宇宙。

 彼女のその様子に、太陽が首を捻る。


「あははっ、ご、ごめんなさい……おかしくって……確かに面白いなぁ……」

「は? 面白いって……何が?」

「万屋――事よ。これは、愛梨が。あなた、本当に面白いもの」

「オレを……からかう? 白金……? 一体どういう…………あっ! ひょっとして――」

「そ、冗談よ。私と忍くんは――


 別れたりしていないわ。今も尚、恋仲は継続中よ」


 太陽は、ホッとしたような、バカにされたような……複雑な気分に陥った。


「お前……悪い冗談やめろよな……マジかと思っちまっただろうが……」

「うふふっ、ごめんなさい。あなたと話してたら、つい愛梨の顔が浮かんじゃってね、私も好奇心でからかってみたくなっちゃたのよ。文句があるなら愛梨の方に言ってちょうだいね」

「分かった、白金に文句言っとく……」

「まぁ、倍返しにされるだけだと思うけれどね」

「……やっぱ止めとく……」


 愛梨に文句を言い、帰って来た言葉で倍返しされる太陽自分……その光景が脳内で鮮明に再生されたので、即座に止めることにした。


 「それにしても……」宇宙が言う。


「まさかに、そんな特殊な性癖があるなんてねぇ。また今度、聞いてみないと」

「あ……」


 ここで太陽は悟った。

 からかわれた挙句――大事な親友が秘めている隠し事の存在を、あろう事か、一番隠しておきたかった筈の宇宙彼女に明かしてしまったのだ。

 これはマズイ……。

 太陽は手を合わせて祈った。


「すまない忍……ここから先、オレに出来るのは、祈る事だけだ……どうぞ安らかに……」

「どうぞ安らかにって……別に死ぬ訳じゃないんだから……ふふっ、本当に面白い人ね、あなた」

「そ、そうか……?」


 少し照れてしまう太陽。


「愛梨と同じで、あなたをからかうの――癖になっちゃいそう」

「絶対やめてくれ……それだけは」


 照れがすぐに引いた。

 それだけは断固拒否の姿勢を見せる太陽。

 宇宙はクスクスと笑った。


「これも冗談よ。もし万が一、癖付いたりしちゃったらーー



 



「白金に怒られる? 星空が? それってどういう……」

「さ、私もトイレ行かないと。休み時間終わっちゃうしね」

「お、おう……じゃ、じゃあ教室でな」

「うん。長話に付き合ってくれてありがとう……」

「おう……」


 会話が終わったと思った太陽は歩き出し、宇宙はトイレのドアノブに手を掛けようとする。

 しかし――


「あ、そうそう……ねぇ、万屋」


 太陽の後ろ姿に、宇宙は声を掛けた。

 「何だ?」と、彼が振り返る。


「最後に一言良いかしら?」

「一言? ……別に良いけど……どうかしたのか?」


 そして宇宙は言った。



「愛梨はわよ。頑張ってね」



 そう言い残し、宇宙はトイレの中へと入って行ったのだった。

 太陽は首を捻る。


「白金が手強い……? 頑張って……? どういう意味だ?」


 鈍感な太陽には、理解出来なかったようだった。

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