【第23話】浮いた話がなくなったなぁ、って思ってさ


 夏休みも近付く、とある日の帰り道。

 海波静が唐突に切り出した。


「あー……木鋸先輩に会いたいなぁー……」

「ふむ……」


 それを耳にした月夜が、抱いた疑問をそのまま口にする。


「木鋸先輩、木鋸先輩って……あのさぁ? 静。あの変態クソ野郎のどこがそんなに良いの? あの緑アフロのどこにそんな魅力がある訳?」

「ん? 分かんないと思うよー。ブラコンの月夜にはー」

「私ブラコンじゃないしっ!」

「いやいやいや、どう見ても……どの角度から見てもブラコンっしょ。紛うことなきブラコン日本代表だよ……」


 そう言って静は「はぁ……」と深い溜め息をついた。


、前に姫からも同じ事聞かれたんだけどさぁ? 木鋸先輩って、あんた達から見てそんなに魅力ないのか?」

「うん、ないね。全く」

「即答なんだ……」

「うん、即答。だって、どう考えてもアイツに静は勿体ない。静は良い子だし、モテるんだからさぁ。他にもっと良い人が……」

「そこで聞いていただこう!! 木鋸先輩の素晴らしさを!!」

「は?」


 唐突に、何かが始まった。

 月夜が、一ミクロンも興味抱かない、何かが。


「その見る目のない両目に訴えても無駄だと察した私は! その腐っていない可能性のある両耳に訴える事に決めたのだ! 両耳の穴をかっぽじって聞くが良い!!」

「はぁ……」

「良いか!? 一気に行くぞ!!

 先ずは木鋸先輩の魅力その一! いつも眠そうなだらしない目!!

 魅力その二! いつもボケーッとして半開きの口元!

 魅力その三! 謎のアフロ! 手を突っ込んだらモフモフしてそう!!

 魅力その四! 所構わずエロい事に目がない恥知らずさ!!

 魅力その――」

「あ、もういいもういい……」

「何で止めるのさ! まだまだ木鋸先輩には魅力が溢れて……」

「一つ聞いて良いかな? 静」

「何さ!」

「今のって……魅力、を言ったんだよね?」

「そうだ! 魅力だ!」

「悪口……じゃなくて?」

「魅力だ! 木鋸先輩への悪口なんか、口が裂けても言えるか!!」

「へぇ……そ、そうなんだ……ふぅん……」


 やはり、千草に対して何の魅力も感じない、月夜であった。

 「とにかく!!」静は言う。


「木鋸先輩は優しくて! 思いやりのある! 良い人なんだからぁ!!」

「はいはい……分かった分かった……」


 返事をしながら月夜は思う。

(あの糞アホアフロの何が、ここまで静を引き付けるのだろう……? よく分かんない……)

 そう……思ったのであった。


「はぁ……月夜にはやっぱ分かんないかぁ……あーあ。木鋸先輩と付き合えたらなぁー……」


 項垂れるように発した静のその言葉。

 それを耳にした月夜は、とあるキーワードに反応する。


「そうそう、付き合う――と言えば、土門くんと星空さん、付き合い始めたらしいよ」

「えぇっ!? マジで!?」

「うん、マジで」

「そっかぁー……良かったなぁ、宇宙さん」

「そうだね」

「てっきり最初は太陽さんと愛梨さんかと思ってたんだけどなぁー」


 その言葉を聞いた瞬間、一気に月夜の顔が曇る。

 いや、曇るというより、怒りの表情だ。


「あの女が兄貴に手ぇ出したらぶっ飛ばすから」

「本当に月夜は愛梨さんに容赦ないなぁ……大地と姫の時お世話になったんだからさぁ……もっと心を広く持てよ……」

「確かにあの時はお世話になったけどさぁ……それとコレとは話が別だもん」

「……そういうもんかねぇ……。

 つーか、大地と姫も最近良い感じだし……皆続々と春が来てるなぁ……羨ましいよ……」

「春……ねぇ……季節はもう、夏だけどね」


 そう言いながら月夜は、雲一つない青空を見上げた。


「大地と姫……上手くいくと良いなぁ……」

「……、なんだがな? 月夜」

「どれ?」

「それ」

「大地と姫の事?」

「うん」

「あの二人がどうかしたの?」

「いや……大地は最初、月夜の事が好きって言ってたろ? 結局それは違ったみたいだけど……それでさ……」

「ふむ……それで?」

「月夜から浮いた話がなくなったなぁ、って思ってさ」

「はぁ!?」


 眉間に皺を寄せる月夜。

 再度、静は問い掛ける。


「なぁ月夜ー。浮いた話とかないのぉー?」

「……ないわよ……ある訳ないでしょ。そんなもの……」

「ちぇー……つまんないのぉ……」


 口を尖らせる静の横に並び、歩いている月夜が思い老ける。


(そうよ……私にそんな話なんてないわよ……今一瞬、の顔が浮かんだけど……これは違う……これ別に恋なんかじゃない……)


「あれ? 月夜と静じゃねぇか。帰りか?」

(え?)


 声のした方へ振り向くと、そこに、太陽の同級である――透士郎の姿があった。

 偶然、通り掛かったようだった。

 元気に静が挨拶を交わす。


「ああー! 透士郎さんだ!! お久しぶりです!!」

「おう、久しぶり。帰りに会うとか珍しいな。静、今日は練習休みなのか?」

「うん! テスト期間だしね! でも自主練はバリバリするよー! なんてったって大会も近いしね!」

「程々にな。……月夜も久しぶりだな。この前、飯食いに行った以来か?」

「しょ……しょうっね!」


 モジモジしながら答える月夜。


「っ!?」


 これを見た静の恋愛センサーが、ピーンっと働いた。

 月夜の恥ずかしそうな表情。

 紅潮している両頬。

 モジモジとしている可愛らしいその仕草。


 それらは正に――――千草を前にした時の自分そのものだ。


(あら?)


「どうしたんだ? 月夜。顔赤いぞ? 熱でもあんのか?」

「べっ、別に! そんなんじゃ……ないわよっ! こっち見ないでっ!」

「はぁ?」


(あら? あらあらあらあら? あらまぁー!!)


 目を輝かせながら、よからぬ事を企む静の姿が、そこにあった。


 次回へ続く。

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