【第9話】嫌な奴


 とある日の昼休み。

 中学二年生である姫が、三年の教室を訪れた。


「おっじゃましまーす! 月夜さん! 静さん! やっほー! あれ?」


 元気よく現れたものの、姫は「あれ?」と首を傾げた。

 その理由はただ一つ、月夜が頭を抱えていたからだ。

 姫は、その横で苦笑いを静に話を聞く。


「ねぇねぇ静さん。月夜さん、どうかしたの?」

「いやぁー……それは……」


 頭を抱えている月夜を気遣うように、目配せをする静。


「ちょ、ちょっとここでは話し辛いから、別の場所に行こう!」

「う、うん……」


 そんな訳で、場所を変える事に……。

 二年生の教室が並ぶ二階と、三年の教室が並ぶ一階。それらの階を繋ぐ階段の踊り場にて、二人は会話を始める。


「流石にここなら、月夜の耳に入らないだろう」

「何があったんです? 月夜さん、尋常じゃないくらい頭抱えてましたけど……」

「あー……アレな……姫は聞いてない? あの噂……」

「噂?」

「太陽さんの噂だよ」

「ああー……木鋸さんと一緒に、裸で女子更衣室の前で発見されたってやつ? それがどうかしたんですか?」

「あの噂が、うちの学校内で広がってるんだよ……特に三年生の間で……都市伝説レベルで……」

「あらまぁ……」


 苦笑いの姫。


「そりゃ月夜さんが頭を抱える訳だ……大好きなお兄ちゃんの、そんな噂を聞いちゃったらねぇ……」

「そうだよなぁ……大好きなお兄ちゃんがそんな事してたなんて知ったら、そりゃああもなるよなぁ?」


「大好きなんかじゃなぁーい!!」


 「月夜!?」「月夜さん!?」突然現れた月夜に驚く二人。

 月夜は般若のような形相で、まるで火を噴くように言う。


「あんな変態……兄貴なんかじゃない! あんな変態、人の形をした何かよ! ひょっとしたら宇宙人なんじゃ……と、なると――静! 姫! 他の皆に伝えて! アダムを超える敵の襲来よ! またしても地球の……人類の危機よ! 何としても宇宙人を成敗して、地球を、人類を守らなきゃ! そんでもって、本当の大好きな兄貴を救い出さなきゃ!!」


「ね……ねぇ……静さん……」

「あ、安心しろ姫……月夜は今、壊れて錯乱しているだけだ。宇宙人なんていない、あの噂話は真実で、正真正銘、その痴態は太陽さん本人のものだ」

「だ、だよねだよね! そうだよね!」


 まるで廃人の如く、ブツブツと呪文のように妄言を吐き散らしている月夜を前にして、恐怖という感情を隠し切れない静と姫。

 とりあえず二人は、彼女が落ち着くまで見守る事にした。


「ねぇ……静さん……」

「何だ?」

「ブラコンって……怖いね」

「それは全国のブラコンな人達に失礼だろ……普通のブラコンは、あそこまで怖くない……」


 暖かく、見守る事にした。

 そんな時だった――とある男子中学生達の話し声が、三人の耳に入る。


「おいおい……来てたよ、

「マジ? うっわぁー、どの面下げて来たんだろうなぁ?」

「それなぁー、オレなら、恥ずかしくて学校来れないけどなぁー」

「それそれ! ほんと、頭の良い奴の考えは分かんねぇわ」

「それなぁー! あははっ! もう、あんなの顔なんて見たくねぇわー」

「それ言い過ぎだろー! あははは!!」


 それを聞いた途端。

 今度は姫の目つきが変わった。

 先程までとは反対に、月夜が冷静さを取り戻す。


「姫……ひょっとして大地の奴……」

「ごめんなさいっ、月夜さん、静さん……私……教室戻らないと」

「う、うん……」


 月夜と静は、そう言って立ち去る姫の後ろ姿を見送る。


「大地の奴……大丈夫かな?」

「まぁ……あいつのアレは、自業自得の側面もあるからねぇ……何とも言えないわ」

「月夜……あんた冷たくない? 大地は、――」

「それは違うわよ。静」

「え?」

「もっとちゃんと見ないと。少なくとも、大地をどうこう出来るのは、私達じゃないわ」

「……というと?」

「大地を何とか出来るのは……きっと――」



 場面は変わり、二年生の教室へ……。


 姫が二年の教室へ入ると早々に、彼の姿を見つける。

 幼馴染である――球乃大地たまのダイチの姿を。

 しかし、姫は気付く。


(違う! アレは大地じゃない! アレは……!? という事は……)

「大地め……逃げたわね……」


 姫は自分の席へと戻り、鞄を手に取って教室を後にする。

 走るように廊下を走っていると、途中で先生とすれ違ってしまう訳だが……。


「おいっ、天宮。何処へ――」

「すいません先生、私お腹が痛いので早退します! また明日! お元気で!」

「お、おぉ……お大事に、な……」


 凄まじい剣幕で嘘の理由を述べ、先生を圧倒。

 無事早退を認めてもらう事に成功する。


 姫はそのまま学校を後にし、へと足早に向う。

 その場所とは――大地の家だ。


 インターホンを鳴らすこと無く玄関の扉を開け、一目散に階段を駆け上がる。

 そして大地の部屋へ。


 ガチャリ……ドアを開けると、ゲームに勤しむ大地の姿があった。


「ああっ! くっそ負けたー! この糞コンピューター! 何で初めて投げた変化球にあんな楽々と対応出来んだよ!! 有り得ねぇし、おかしいだろ!!」


 どうやら野球ゲームをしているようだ。


「くっそぉー……ん?」


 大地は気付いた。

 背後に立っている――殺意の目を向けている……女子の存在に。


「ひ……姫さん? 何故、あなたがここに? 今は学校の時間では?」

「その学校の時間に、分身を学校に送って、私の目を誤魔化そうとした、姑息な男に言われたくないなぁ……ねぇ? そうでしょ? 大地……?」

「ひっ!」


 姫は笑顔だった。

 笑顔ではあるが……その額には血管が浮き出ており、何より、身体中から溢れ出ている殺意を隠し切れていない。

 息を飲む大地。

 姫は、装着しているカチューシャの上に並べている式神用の紙を一枚手に取る。

 掌サイズの、人型の紙だ。


「憎しみの残る霊よ……この紙の中へ降りて来たまえ……そして我が式神として、我に従え」


 と、姫が唱えると……。

 掌サイズの人型の紙が、ピクピクと動き始め、ムクムクと大きくなり、厚みを増して行く。

 最終的に、天井にまで頭が付く程の巨体に変貌した。


「ちょっ……ひ、姫? 冗談だよな?」

「冗談? 何それ、美味しいの?」

「い、いや……美味しくはない、かなぁ……なーんて……」

「私……笑えない冗談って、嫌いなのよ」

「そ、そうなんだぁ……」

「今日学校へ来なかった事は……笑えない訳」

「だ、だよねぇー……」

「私の目を誤魔化そうと、分身を寄越した事も……全っ然、笑えないの」

「ひ……姫さん?」


 そして――その巨大な式神の右腕が、ハンマーのような形に変わる。


「私を騙そうとした――その罪は重いわよ?」


 そのハンマーのような右腕が、大地へ向かって振り下ろされた。


「ご……ごめんなさぁぁぁああーーっい!!」


 ドゴォーンという、凄まじい音が鳴り響いた。

 大地がどうなったのかは……あえてここで語るまでもない事だろう。

 強いて言うならば……この直後、話を聞き付けた皐月が飛んでやって来て、全力で能力を発動したそうだ。

 皐月の能力は治癒。

 つまり……そういう事である。

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