【第10話】そのルール、守らないから
愛梨は学校帰りに食材の買い物をする為、スーパーへと足を運んでいた。
沢山の野菜、肉、そして調味料。
(さぁーて……何作ろうかな? 昨日は肉じゃがだったから……今日は……)
今晩の献立を考えつつ、購入する食材を選定している。
(あ……何故だろう? 急に豚汁が食べたくなって来た。よし、今日は豚汁にしよう)
暫く考えた後、献立は豚汁に決定。
豚肉を求めて肉コーナーへと足を運ぶ。
そして肉コーナーへ辿り着いた時だった。
「あら、愛梨ちゃんじゃない。久しぶりね」
「あ、皐月さん!」
愛梨と同様に、たまたまこのスーパーに買い物に来ていた皐月と出会した。
皐月の手には豚肉が握られている。
これまた奇遇、どうやら求めていた食材すら同じだったようだ。
皐月は、その豚肉を買い物カゴの中に入れながら言う。
「元気にしてる――ん、だってね。太陽から聞いたわ」
「ええ……まぁ、そうですね。元気にしてますよ」
「ふふふっ、元気なのは良い事よねー。元気がないと、何事も楽しめないものー」
「そ、そうですね。あはは……」
「所で愛梨ちゃん――あなたは今、こんな所で何をしているのかしら?」
「…………」
愛梨は、(来た!)と思った。
考えてみてほしい、スーパーに買い物カゴを持っている女子高生を見て『こんな所で何をしているの?』とは普通聞かない。
買い物をしに来ているに決まっているのだから。
当然それは、皐月も理解している。
故に皐月のこの問いは、何をしているではなく――何故買い物なんかしているの? という意味である。
よって、皐月が言いたいのはこういう事だ。
「買い物なんてしなくて良いじゃない。だって――私がご馳走をしてあげるのだから、ね?」
万屋家への誘い。
それが皐月の言いたい事なのである。
当然、これは愛梨にとって嬉しい話である。
何故なら、万屋家には大好きな太陽がいる。学校以外の時間にも、彼と一緒にご飯を食べる事が出来るのだ。愛梨としては、願ってもない事である。
しかし――
それを喜ばない者もいるのだ。
愛梨はそれを、理解している。
従って、断りたいのが本音である……のだが――
「さぁ、今すぐその買い物カゴを置いて来なさい。これから愛梨ちゃんがすべき事は、手ぶらのまま私の買い物に付き合う事よ。そしてその後私の家に来てご飯を食べるの。良い? 分かったわね?」
「は……はい」
その有無を言わせぬ威圧感を放つ皐月を前にして、愛梨に選択権など無かった。
言われた通り、愛梨は買い物カゴを置き、皐月の買い物に付き添い、スーパーを後にする。
愛梨と皐月は、並んで歩く。
「最近、少しずつ暑くなって来たわねぇ……夏が思いやられるわ」
「そ、そうですね」
「所で最近、太陽とはどんな感じなの? 良い感じ?」
「あー……どうなんですかね? 強いて言うなら、普通―といつも通りって感じですかね?」
「もうっ、あの子ったらチキンねぇ……エロ本読んだり、エッチな動画見たり、素っ裸で寝たりする前に、現実に傍にいる女の子に、ちゃんと目を向けないといけないのに」
「い、いや……皐月さん、それは……」
「あ、それより愛梨ちゃん。シチュー好き?」
「え!? あ、は、はいっ、好きです!」
「じゃあ今日はシチューにしよーっと」
「あはは……」
(これだ……)と、愛梨は冷や汗をかいている。
皐月は、太陽とは違い、思った事をそのまま口にするタイプなのだ。
なので――心が読みにくい。
全く読めない事はないのだが……読みにくい。
コミュニケーションという土俵にて、人の心を読み、いつも最善手を繰り出す愛梨にとっては、まさに天敵とも呼べる人物――それが、万屋皐月という人物なのである。
いつも皐月と会話する時、愛梨は気が気じゃない……。
発言を誤って、失礼な事を言うのではないか? と、不安に思っているのだ。
だから愛梨は慎重に言葉を選んでしまう。
他人の心が読める――が、ゆえの弱点である。
(姉弟で、こんなにも違うものなんだなぁ……やりづらい……)
「ん? 何か言った?」
「い、いえっ! ななな何でもないですっ!」
「そっ」
そして勘も鋭い。
まさに天敵――
(早く、家に着かないかなぁ……)
そんな訳で、万屋家に到着。
「ただいまぁー!」
元気良く玄関の扉を開ける皐月の後ろで、愛梨はホッと胸を撫で下ろした。
(やっと着いたー……)と。
皐月の声を聞き、バタバタと何者かが家の中から走って出て来る。
「おかえりー……って! 何で白金がいるんだよ!?」
太陽だった。
愛梨は苦笑いのまま、頭を下げる。
「お、お邪魔します……」
「たまたまスーパーで会ってねー。ご馳走してあげたくなっちゃったから、連れて来ちゃったの。さぁ、今日は腕によりをかけて作っちゃうわよー!」
「……スーパーでたまたま会ってご馳走してあげたくなっちゃったから連れて来た?」
「そうみたい……」
「連れて来られちゃったのか……」
「うん」
少し困ったような表情を浮かべている愛梨を他所に、皐月は気合い満々で台所へと向かって行った。
玄関に残された愛梨と太陽。
太陽は気遣うように愛梨へ声を掛ける。
「まぁ……何だ、あんな姉貴だけどよ……」
「え?」
「料理の腕は確かだから……期待しても良いと思うぜ」
顔を赤くさせながら、太陽はそう伝えたのだった。
その言葉によって、愛梨はいつものペースを取り戻した。
ニヤッと笑って……いつもの弄りを行う事にした。
「太陽くん、私が家に来てご飯食べるのが、そんなに嬉しいんだね」
「は、はぁ!? べ、べべ別にそんな訳じゃねぇし!!」
「私の前じゃぜーんぶ筒抜けだよー」
「……オレの家では、他人の心を読むの禁止ってルールがあるんだよなー。コレが、残念だな白金。お前の読心は、この家では使えない」
「っていうのは、今作ったルールでしょ? 残念、私、そのルール守らないから」
「おいっ! 白金っ!」
「あははっ! お邪魔しまーす」
「おいっ!」
そんな訳で、いつもの如く、太陽は愛梨にからかわれつつ、一緒に夕飯を食べたのであった。
「ただいまぁー……ん?」
一時間後……月夜が帰宅。
リビングの方が、何やら騒がしい。
(誰か来てるのかな?)と思いつつ、リビングをそっと覗くとそこには――
太陽と皐月……そして、愛梨の三人が、仲良く談笑しながら夕食を囲んでいる様子が……目に入った。
「な、何で……
月夜は、愛梨の姿を睨み付ける。
そしてその日、彼女は外でご飯を食べた。
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