【第8話】ちょっと複雑だけどな


 桜も散ってきた、とある春の日の休み時間。

 太陽と透士郎は、次の授業が行われる音楽室へ向かって歩いていた。


 その最中……。


「ねぇねぇあの人って……」

「そうよそうよ……裸族の人よ。女子更衣室の前で素っ裸で寝ていたっていう、超ド級の変態さんよ」

「キャー! よく見ると顔そこそこカッコイイわね。私も見たら良かったー」

「でも、超がつく、変態なのよ?」

「そうねー……あーあ、変態じゃなかったらなー」


 前回の醜態が尾を引き、ヒソヒソと太陽に対する陰口が囁かれていた。

 当然、それは太陽の耳に入る。


「くっ……恥ずかしい……何故だ? オレは何も悪い事してないのに!」

「いや、思いっ切りしてただろ……白金と星空が居なかったら、ガッツリ覗いてただろうが……ガッツリ犯罪者になっていた所だろうが……未然に止めて貰えた事を有り難く思えよ」

「そんな事言うけどさぁ! じゃあ、常習的に透視で女の子の裸見てるお前はどうなんだよ!! オレらより罪深いだろうが!!」

「まだそんな事言ってんのか……オレは、そんな事してねぇし、興味もねぇよ」

「またまた! 良い子ぶらなくても良いから」

「ホント……心の底から思うよ……お前らに透視の能力が与えられなくて良かったなって……絶対、邪な使い方してるもんな……お前らなら……」


 呆れ果てるように透士郎が頭を抱えつつ、胸を撫で下ろす。

 そんな透士郎の横で、太陽は満面の笑顔でこう言い放った。


「今の透士郎みたいにな! 痛いっ!!」


 拳骨を食らった太陽だった。


「いい加減にしろ。オレはそんな事していない」

「あはは……冗談だって……分かってるって。透士郎、お前がそんな事しねぇ奴だって事くらい」

「ったく……」


 そう、太陽はちゃんと知っているのだ。

 冗談で、あーだこーだ言うものの。本心では、透士郎がそんな事をするような人間ではない、という事をちゃんと理解している。

 太陽も……そして、千草も忍も。


 透士郎は、真面目な人間なのだ。


「ん?」


 話がそんな風に落ち着いた時だった。

 透士郎があるものに気が付いた。


「あれって……皐月さんと火焔さんじゃねぇか?」


 二人が歩いている二階の窓から、校庭にある自動販売機の前で仲良さそうに会話をしている皐月と、火焔剛士かえんタケシの姿が見えたのだ。

 透士郎のその言葉を耳にすると……。


「皐月姉ぇ!? どこ!? どこどこ!? 皐月姉ぇはどこ!?」


 と、太陽は餌を前にした犬の如く、目を光らせてはしゃぎだした。

 またしても溜め息をつく透士郎。


「まったく……月夜といい、お前といい……どうしてお前ら一家はなんだよ……」

「ん? って、何がだ?」

「ブラコンとシスコンって意味だよ」

「いやだって、皐月姉は綺麗じゃんか。弟とはいえ、惚れるだろ?」

「堂々と自分の姉を綺麗とか言うなよ……まぁ、綺麗って部分に、否定はしねぇけど……」

「だからシスコンになるのも無理はないのさ」

「はいはい……つーか良いのか?」

「何が?」

「その綺麗でお前の大好きな皐月姉が、男と二人で談笑してっけど」

「はぁ!?」


 太陽の目がギロリと光り始めた。


「誰だぁ! オレの皐月姉に手ぇ出してるクソ野郎はぁ!!」

「だから火焔さんだって。さっき言っただろうが……」

「あ、なぁーんだ、火焔さんか。なら安心」


 皐月が話しているのが剛士である事を確認すると、太陽はスっと態度を一変させた。

 『安心』した、との事だが……。


「安心って……火焔さんと皐月さんなら、にならないって意味か? それなら、ちょっと見通し甘くねぇか?」

「…………」

「ひょっとしたら、もう火焔さんは皐月さんに惚れてるかもしれねぇよ?」

「……

「へ?」

「火焔さんが皐月姉に惚れてるんじゃなくて、


 太陽のその言葉に、透士郎の目が丸くなる。


「え? ちょっと待て、それ、皐月さんから直接聞いたのか?」

「いいや、何にも聞いてない」

「じゃあ何でそう言い切れるんだよ」

「皐月姉はオレの姉ちゃんだぞ? 家族の気持ちなんざ、言わずとも分かるよ」


 自信満々に、太陽は言う。


「だって皐月姉……火焔さんの話する時、凄く優しい顔になるんだぜ? そうとしか思えねぇっつーの」

「ふぅん……つーか、お姉ちゃん大好きシスコンのお前は、それに対して何とも思わねぇのか? 皐月さんと火焔さんが、もし付き合う事になったとして、嫌な気分になったりしねぇのか?」

「そりゃ、そこら辺の有象無象な男なら、めちゃくちゃ嫌な気分になるし、恐らくぶん殴るけど」

「ぶん殴るのか……」

「火焔さんなら――――安心だ。しっかりとしているし、真面目だし。何より……カッコイイしな」


 太陽のその言葉を聞き、透士郎も「分かる」と納得したようだ。


「だろ? だから皐月姉の相手が火焔さんなら何の文句もねぇ……まぁ、皐月姉が誰かのものになるって事に対しては……ちょっと複雑だけどな」

「ま、そりゃ複雑だろうな。お前シスコンだもん」

「そう、オレはシスコンだからな」


 ここで改めて、二人は静かに、校庭で仲良さそうに談笑している皐月と剛士の姿を見つめる。

 そして、太陽がポツリと疑問を口にした。


「あの二人……どんな会話してんだろ?」

「ん? そりゃ、あの二人の事だから深い話してんだろ? それか二人共受験生だから、勉強の話とかじゃね」

「うーん……そうかなぁ? 案外、バカ話してたりしてな」

「いやいや、それはねぇだろ! だってあの二人だぜ!?」



 そんな訳で、以下その答え。

 皐月と剛士の会話。


「えー! 剛士くん、ピーマン苦手なんだぁー。そんな屈強そうな顔してるのにー」

「か、顔は関係ないだろう……嫌いな物は嫌いなんだ」

「ふぅーん……」

「何ニヤニヤしてるんだよ」

「いや、なら剛士くんの為に、ピーマンたっぷりのお弁当作って来てあげようかなぁーって」

「おべっ!? マジか!? いや、いやいや待て待て待ってくれ! べ、弁当は素直に嬉しいけど……ピーマンたっぷりはやめてくれないか?」

「あははっ、その慌てよう。そんなにピーマンが嫌いなのねー、ふふふっ、子供みたい」

「はぁ!? そ、それなら皐月だって、キウイ苦手だろうが!!」

「ぎくっ!」

「この前食べて泣きそうな顔してたもんな! あの顔傑作だったぜ!!」

「むーー!! 剛士くんだって――――」

「――――!!」

「――――!!」


 以上。

 結論――バカ話が正解。



 そして再び、太陽と透士郎の会話へ。

 そんなバカ話をしている二人を見つめながら、「なぁ、太陽」透士郎が問い掛ける。


「何だよ」

「もし――月夜に彼氏が出来たら、どうする?」

「その男をぶっ潰す」

「即答かよ」


 (やっぱり重度なシスコンは怖いなぁ……)と思った、透士郎だった。

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