【第6話】私はブラコンなんかじゃない!!


 月夜は隠れて猛勉強をしている。

 兄である太陽と――同じ高校に入る為に。

 しかし、その努力を目標である太陽には、徹底的に隠している。

 その隠しっぷりは、万が一太陽にその話が盛れた際には、脳味噌を潰して記憶を消滅させるほど徹底をしている。

 異常と言える程、徹底している。

 そして今日も今日とて、夜遅くまで勉強している。

 時刻は午前一時……恐らく、月夜以外の姉と兄は既に就寝中であろう。


 恐らくは……。


(あれ? 新しく買ったはずのノートがない)


 ノート一冊を使い切り、新しいノートを使おうと思っていた矢先、月夜はそんな事に気が付いた。

 ノートがない。その事実は、勉強するにあたって致命的な損失だ。


(参ったわね……ノートがなくても勉強は出来るけど、捗らないのよねぇ……)


 「ふむ……」と腕を組み、時計の針を確認する。


(午前一時……か……今日はもう休んで、明日今日の分まで……いや、それだと何かムズムズするなぁ……今日のノルマは、今日中にやっておきたいし……と言っても、こんな時間にノート買いに外に出るのも面倒だし……)


 「うーん……」月夜は更に思考を重ね、再び時計を見る。


(午前一時……流石に、二人共寝てるよね?)

「よしっ」


 月夜は、とある作戦を実行する事にした。

 題して――


『兄貴の部屋からノートを盗もう作戦』


(皐月姉の部屋の方が確実にノートあるだろうけど、兄貴で良いや……皐月姉も受験生だから、ノートは必要だろうし……その点……兄貴は今、あんまり勉強に力を入れてないだろうし……そうしよう。そうすればノートも手に入るし、何より――


 兄貴の寝顔も見れるし。一石百鳥よ!)


 月夜はブラコンであった。


 そーっと部屋から出て、足音を消しながら歩き、太陽の部屋まで歩く。

 扉の前から見る感じ、部屋の電気は消えている様子。

 恐らく、寝ているのであろう。


 恐らく、だが……。


(失礼しまーす)


 月夜は心の中で声を掛け、音が鳴らないよう慎重に部屋の扉を開ける。

 太陽は寝ている――月夜はそう思い込んでいた。

 寝ている太陽を起こさぬよう、ノートを奪い、太陽の寝顔をスマホで撮影し撤退。これが、ミッションコンプリートの条件だ。

 容易い――そう思っていた。


 しかし――


「――――――っ!!」


『あんあんあん……あっ、もう……ダメ……あふんっ!』

 シコシコシコシコシコ……。


 兄――太陽は起きていた。

 しかも……下半身に衣類を全く装着していない状態で……。

 それが目に入ってしまった月夜は、つい反射的に声を荒らげてしまう。


「あ、あんた何してんの!?」

「っ!? つ、月夜!? お、お前まだ起きてたのかよ!!」


 驚愕の表情を浮かべる太陽。

 方や、顔を真っ赤に染める月夜。


「そ……そ、そんな、エッチな動画見て……しかも、下半身が……」

「ちっ違うんだ!! 月夜! これは……!!」

「こ……の……ド変態がぁーっ!!」

「違うんだぁー!!」


 真夜中の万屋家に、ズシーンという鈍い音が鳴り響いた。

 これは、太陽が大きな勉強机に押し潰された音だった。



 その日の学校にて。


「あー……それは……何と言うか、アレだな……気の毒、だったな……」

「アハハ……太陽さんらしいね……」


 月夜は上記の出来事を、親友である、海波静うみなみシズと、天宮姫あまみやヒメに打ち明けた。

 二人共、当然のように苦笑い。

 月夜は自分の席で不機嫌そうに頬杖をついている。


「ホント、あの馬鹿兄貴は!! どうして男ってなの!? 信じらんない!!」


 そんな不機嫌な月夜を見て、姫が「フフフ」と笑った。


「月夜さんは、ブラコンだもんね」

「はぁ!?」


 月夜は心底驚いた様子で姫の方へ顔を向ける。


「ちょっと姫! 何でそうなるのよ!!」


 「確かにそうだな」静も姫の意見に納得したようだ。


「静まで!! 違うから! 断じて違うから!! 私、ブラコンなんかじゃないから!!」

「良いか月夜……よーく考えてみて。ブラコンでもない妹が、兄の寝顔を写メりたいとか思うか?」

「へ…………私、言った?」

「うん、言ったぞ。凄い勢いで。『私はただ! ノートと、兄貴の寝顔を写メりたかっただけなのにぃー!!』って。流れるように言ってた」

「……言っちゃってた?」


 「「うん」」静と姫が揃って頷いた。

 その瞬間、月夜の全身から力が抜け、机の上に伏せる形になる。

 しくしくしく……と、どうやら泣いているようだ。


「まさか自ら墓穴を掘るだなんて……もうお嫁に行けない……」

「心配するな月夜! ブラコンがバレたくらいで、お嫁にいけなくなったりはしない! 安心しろ!」

「し、静さん!」


 元気ハツラツに月夜の傷口を開こうとしている静を、姫が慌てて静止しようとした。

 静は、キョトンとした表情を浮かべる。


「ん? 私は間違った事言ってないぞ? 世の中にはブラコンでも結婚している人間は山程――」

「そうだけど! 月夜さん、ブラコンって言葉嫌がってるから! 察して!」

「嫌がる? 何故だ!」

「何故って……そりゃ、変な汚名付けられたからでしょ? ブラコンっていう……真実だけど……」


「私ブラコンじゃないから!!」


 月夜は、そう咆哮しながら勢いよく立ち上がった。

 「び、びっくりしたぁー」その突然の出来事に、静と姫が驚く。


「何さ何さ! そもそもブラコンって何さ! 私は断じてブラコンなんかじゃない!!」

「ふむ……でもアレだろ? 月夜、お前が私に最初話し掛けてくれた時、そのきっかけが、私の能力と太陽さんの能力に近しいものを感じたからなのだろう?」

「…………何故知ってるの? ……それを……」

「あ……の……女ぁ!! ちょっと他人の心が読めるからってぇ……!!」


 怒りのあまり、能力を発動してしまう月夜。

 教室内の机がガタガタと動き出す。

 ざわめくクラスメート達。

 その事実に慌てる、姫と静。


「つ、月夜さん! ダメダメ! 念力が出てる! 念力が!」

「お、落ち着けって月夜!! 悪かった! 私が悪かったから!!」


 その瞬間、ガタガタ動いていた机が一斉に止まった。

 ほっと姫と静が胸を撫で下ろす。


((お……落ち着いてくれた?))


 そう思ったその時、月夜が涙目で、尚且つ顔を赤く染めながら叫んだ。


「私はブラコンじゃなぁぁああーーーーい!!」


 月夜の叫びは止まらない。


「そもそも全部馬鹿兄貴のせいだー!! あんなエッチな動画動画見ちゃってさぁ!! 女の裸なんて! 頼んでくれたら私がいくらでも見せてあげるのにさぁー!! 馬鹿兄貴なんて死んじゃえー!! うわぁぁん!!」


((重度のブラコンの上にツンデレだ!!))


 結局、自分で自分の首を絞めた月夜だった。



 一方その頃……太陽は。


「へぇー、月夜ちゃんに見られちゃったんだー。してる所ー」

「うわぁー! やめてくれぇー!!」


 愛梨に心を読まれ、弄られていた。

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