【第5話】同情してしまうなぁ……
「きゃっ!」
理科室へ向かう途中、愛梨はステーンと尻もちをついた。
捨てられていたバナナの皮に滑ったのだ。
「痛た……何でこんな所にバナナの皮があるのよ……」
それを見ていた太陽が、笑いながら近寄る。
そして散らばった教科書と筆箱を拾い上げ、愛梨へと手を差し出した。
「他人の心を読めても、バナナの皮の心は読めなかったみたいだな」
「アハハ……流石にそれは無理みたい」
苦笑いの愛梨が、太陽の手を取り起き上がる。
そして拾ってくれた教科書と筆箱を受け取り、二人仲良く並んで理科室へと歩いて行く。
「あの……白金?」
「何? 太陽くん」
「もう……手を離しても良いんだぞ? 起き上がれた訳だし……」
「嫌――って言ったら、どうする?」
「お前なぁ!!」
「あははっ!」
そんな仲睦まじい二人を見つめる人物が一人……。
時は進み昼休み――
「ねぇ愛梨……あなた達、本当に付き合っていないの?」
そう問い掛けたのは、
愛梨の親友とも呼べる人である。
その言葉を受け、愛梨はキョトンとした表情を浮かべる。
「いきなりどうしたの?」
と、疑問に思うが、彼女の心を読む事でそれは解決。
「あ、なるほど。朝のバナナの皮転倒事件を見てたのか」
「何々事件なんていう、大層な名をつける程ご立派な出来事ではないと思うけれど……まぁ、その通りよ。話が早くて助かるわ」
「えっへん」
「あ、そのドヤる感じ、ムカつく」
「まぁいいわ」と宇宙は、逸れかけた話題を修正する。
「仲良く手を繋いでて。まるでカップルみたいだったし……私達に内緒で、隠れて付き合ってるのかな? と、思った訳なのだけれど……違うの?」
「違うよー。私と太陽くんはまだ、付き合ってない」
「まだ……ねぇ……」
宇宙は意味深に、『まだ』という点を反芻する。
「はっきりさせる為に一つ、客観的な事実を突き付けさせてもらうわよ?」
「どうぞー」
「万屋は間違いなく、お前に惚れているぞ」
「うん、知ってるよー」
「……やはりか……」
予想通りの返答に、宇宙は頷いた。
「他人の心を読める愛梨が、その事に気付いていない訳がないものな……万屋は、どう考えても心の中で隠せるタイプではなさそうだし」
「その通り! さすが宇宙、洞察力が素晴らしい!」
「しかし愛梨。お前達が手を繋ぎ、笑い合っている姿は、正にカップルそのものだったぞ」
「またまたぁー、そんな大袈裟なー。手を繋ぐだけだよ? そんなもの、友達同士ならよくある事じゃない」
「……そうか? そうなのか? まぁ、愛梨がそういう価値観を持っているのなら良いんだが……」
「ん? いや、違うな」と宇宙が、とある考えに至る。
「やっぱりダメだ」
「え? 何が?」
「アンタが良くても、万屋の方はどう思ってるのかが分からない。どう考えても彼は、『アンタと手を繋ぐ』という行動に、何かしら意味を込めている可能性は充分に有り得る」
「ふむ……太陽くんの事をよくご存知で」
「……まぁ当然、読心能力を持つアンタなら、それぐらい看破している事だろう。だからこそ――
中途半端な気持ちで万屋と接するのはやめて欲しい」
「……宇宙? それって……」
宇宙は言う。
少し厳しい事を、口にする。
「価値観は人それぞれだ。お前がそう思ってなくても、万屋はそうは思っていない可能性がある。即ち、気になっている異性にあんな事をされてしまっては期待してしまうだろう?」
「ふむ……なるほど」
「叶わない恋ほど、時間を無駄にするものはないんだ……。だからもう、思わせぶりな態度はやめろ」
「…………」
「可能性がないなら、無い――そう、はっきりと言ってやれ。さもなくば……万屋は幸せになれなくなるぞ」
「…………」
その厳しい言葉に対する愛梨の反応は……。
「プッ! あははっ!」
笑顔だった。
宇宙は、彼女のその笑顔を見て怪訝な表情を作る。
「何がおかしい?」
「いや……だってさ……宇宙が、そこまで太陽くんの事を考えてくれていると思ったら、嬉しくてさ」
「?」
「確かにそうだね……思わせぶりな態度はやめて、嫌なら嫌って、はっきり言わなきゃだよね……その通りだと思うよ」
「じゃあ……今後万屋とは――」
「でも、やめないよ。私は」
愛梨は続けた。
「確かにその通りだね……変に叶わない恋が長期戦になっちゃうと、時間が長引けば長引く程、辛くなっちゃうもんね……それは本当に、その通りだと思う」
「分かっているなら尚更――」
「でもそれは――私が、太陽くんの事を好きじゃなかったらの話でしょ?」
「……違うのか?」
「違うよ」
愛梨は堂々と、そして少し照れ臭そうにハニカミながら……言った。
「私は大好きだよ――太陽くんの事。食べちゃいたいくらいには、ね」
宇宙はその言葉を聞き、キョトンとしてしまう。
そして今一度、脳内にある情報全てを整理する。
「え? あ……ちょ、ちょっと待ってくれ……えーっと……」
「ゆっくりで良いよー」
一つ一つ……整理していく。
「えーっと……愛梨は、読心能力で、万屋が自分に好意を持っている事を知っているんだよな?」
「うん、知ってるよ」
「で、愛梨も万屋の事が好き……なんだよな?」
「好きじゃなくて、大好きね。ここ重要」
「あれ? っという事は――両思いよね?」
「そういう事だね」
「何故告白しないの? 愛梨から告れば、成功百パーセントじゃないの」
「それはしたくないから、しないの」
「……? よく分からないのだが? 大好きだが、付き合いたくはないのか?」
「付き合いたいよ。めちゃくちゃ付き合いたい」
「じゃあ何故告白しないのだ……訳が分からんぞ……言ってる事が支離滅裂だ」
「その答えは簡単だよ」
愛梨は、まるで悪戯を考えついた子供のように無邪気な笑みを浮かべた。
そして言う――その、答えを。
「私は――
照れ臭そうにして、顔を真っ赤にしている彼の事も大好きだから」
「………………は?」
真顔の宇宙。
何が何だかさっぱり分からないといった表情だ。
「だからね」と、追記するかの如く愛梨は続ける。
「間違いなく、太陽くんが私に告白して来る時には……照れ臭そうに、顔を真っ赤にするでしょ? 私はもう……それが見たくて見たくて仕方ないの。想像するだけで……キャーっ! 興奮しちゃうなー!」
「……え? ひょっとしてそれが……告白しない理由?」
「うん! 何かご不満でも?」
「…………」
宇宙は、少し考えた後、考えるのをやめた。
「いや……納得出来たよ。それなら思う存分、万屋をからかってやれ」
「ありがとー! 頑張るよー!」
愛梨が幸せそうなら良いか……と、考え至ったのだ。
ただ一つ、彼女が思う事は……。
(万屋、大変そうね……同情してしまうなぁ……)
太陽に対する……同情、だけだった。
一方その頃、太陽はと言うと……。
「ヘックショイッ!! ズズ……あれ? ひょっとして、誰かオレの事噂してる?」
トイレでくしゃみをしていたのだった。
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