【第4話】絶対が二回足りないよ!
とある日の万事屋家。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい月夜。今日は遅かったわねぇ」
「うん、ちょっとねー」
どうやら疲労困憊な様子だ。
「ふふふっ、お疲れのようね」
「……まぁね」
「あんまり無理しちゃダメよー」
「うん、分かってる。てゆーか――」
跳ね上がるように上半身を起こし、クンクンと鼻を動かす月夜。
「もしかして今日の晩御飯って……」
「ご名答、月夜の好きなカレーよ」
「やったぁー!」
「因みにナスビカレーよ」
「ナスビカレー!? やったぁー!! さすが皐月姉! サイコー!!」
月夜は上半身をシュッシュッと動かし、嬉しさを表現する。
「もうすぐ出来上がるから、待ってて」
「はぁーい!」
そんな風に喜びながら、月夜は再びソファーに寝転がる。そして時間つぶしの為に、ゲームをしようと考えた。
「やっぱリフレッシュも大事だよねーっと」
か細い手を伸ばし、机の上にある携帯ゲーム機を取り、電源を入れる。
そしてゲームを始めた。
そんな様子を見ながら、皐月姉こと――
「フンフフーン……カレー! カレー! うっれしっいなぁー!」
ウキウキ気分の月夜。
そんな時だった。
「風呂空いたぞー」
濡れた髪をタオルで拭いながら、太陽が現れた。
「つっても、皐月姉は飯作ってる最中だから入る訳ねぇか……ん? 何だ月夜、帰ってたのか。風呂空いたぞ、入ったらどうだ」
「……うるさい、馬鹿兄貴」
「あのなぁ、会話しようぜ会話。オレが今言った事聞こえてたか? 風呂空いたから入ったらどうだって提案したんだが?」
「黙れ、死ね」
「お前なぁ……」
「やれやれ」と溜息をつきながら太陽もソファーに腰を下ろした。
月夜が寝転がっているソファーの対面にあるソファーに。
「つーかお前、服着替えてからゲームしろよ。制服、シワになるぞ」
「うるっさいなぁ!! ネチネチネチネチ、姑か!! 今良い気分でゲームしてるんだからそっとしといてよ!! 話し掛けんな!! 話し掛けるくらいなら、疲労困憊の私の腰を揉むとか、他にやるべき事あるでしょうが! 気が利かないわねぇ!」
「……何でオレがお前の腰を揉まにゃならんのだ」
太陽がテレビのリモコンに手を掛け、電源のスイッチを押すと、ピッと音を立てテレビが起動する。
ニュース番組が表示される。あんまり興味もないのだが、もうすぐ夕食が出来るので、大人しくそれを見る事にした。
大人しくテレビを見ていると……。
「ねぇ兄貴」
「何だよ。静かにしといて欲しいんだろ?」
「ポテオ」
「は?」
ポテオとは、スナック菓子の事である。
「ポテオ取って来て」
「いやいや、お前なぁ、これからご飯なんだぞ? 今からポテオなんて食べたらご飯食えなくなるだろうが。却下だ。太るぞ」
「はぁ?」
太陽のこの言葉に、月夜の目付きが鋭いものに変わる。
どうやら頭に来たようだった。
月夜は、片手を食器棚へ向かって掲げる。すると、瞳とその手が淡く銀色に光り出した。
それに呼応するかのように、食器棚も同じく銀色に光り始めた。
食器棚の戸が開き、その中に収納していたコップやお皿等食器がカタカタと震える。
そして、その内の一つのコップが動き出した。
太陽の頭目掛けて、凄まじいスピードで、食器棚から発射された。
「うおっ!」
太陽はそれを、紙一重で躱す。
コップはそのまま壁に直撃。ガシャンという音ともに砕け散った。
壁にもヒビが入ってしまう程の威力だ。
もしこんなものが当たっていたら……太陽は少しヒヤッとしてしまう。
「月夜、お前なぁ――」
「ポテオ……つべこべ言わずに取ってこい」
一言説教してやろうと思った太陽だったが、月夜のマジな目を見て諦めた。
『次は本当に当てるぞ?』と言わんばかりの彼女の眼光を前にして、彼には折れる以外の選択肢はなかったのだ。
何故なら月夜は、『当てようと思ったら本当に当てる奴』だからだ。
「はいはい……分かりましたよ。取ってくれば良いんだろ、取ってくれば」
「さっさとして。カレーが出来ちゃうでしょ」
「…………」
太陽は立ち上がり、台所へと向かう。
カレーの匂いが充満している台所へ。
一連のやり取りを耳にしていた皐月が、ニコニコとした笑みを浮かべながら「ポテオなら、そこの棚の中に入ってるから」と場所を教える。
「……サンキュー」
棚を開け、綺麗に収納されているポテオを確認。
『塩味』と『コーンスープ味』と『焼肉のタレ味』がある訳だが……。
「月夜ー、塩とコーンスープとタレ味、どれが良いんだー?」
「どれでも良い。兄貴のセンスに任せる」
リビングからそんな返答があった。
太陽は口を尖らせる。
「センスに任せるって……それが一番難しいんだっつーの……コレで良いか。受け取れよー」
センス……むしろ直感で、太陽はコーンスープのポテオを選択。
台所からリビングのソファーで寝そべっている月夜へ投げ渡した。
月夜はそれを見事キャッチし、味の確認を行う。
「ん、さすが兄貴。センスあんじゃん」
ご満悦の月夜。
どうやらご希望に添えたようだった。
このやり取りを耳にしていた皐月から笑みが零れる。
「さすが太陽。月夜のこと、よく分かってるわね」
「分かってる訳じゃねぇ、勘だよ勘。あんな気分屋の思考回路が読める訳ねぇだろ……白金じゃねぇんだから」
「愛梨ちゃんかぁー、暫く会ってないなぁー、元気にしてる?」
「元気だよ。まぁ……心読みまくってくるから、少しは自重して欲しいんだけどな……」
「心を? へぇ……」
ニヤニヤしながら太陽を見つめる皐月。
「何だよ、皐月姉」
「別にぃー」
「…………? まぁいいや、それよりさっき月夜が念動力で壊したコップと壁、治して来てくれよ。カレーはオレが見とくからさ」
「おっけー」
皐月はリビングに向かい、壊れたコップとヒビの入った壁を目にする。
「これはまた……そこそこの強さで動かしたみたいねぇ」
「ごめんね、皐月姉……兄貴が避けちゃったから、壁まで壊しちゃった」
(オレが避けなかったらオレの頭が壊れてたんだが? つーか、やっぱ当てる気だったのかよ)と、台所でカレーを煮込みつつ脳内で突っ込む太陽。
皐月は、自身の治癒能力を使い、コップと壁を元の姿に復元しつつ、月夜に注意した。
「家の中で力を使うのは程々にしなさいねー」
「ごめんなさい……」
「うん、反省してるのなら良いわ。次からは気をつけてね」
「はぁーい……」
少しシュンとしている様子の月夜。
彼女は、皐月には弱いのだ。
一仕事を終えた皐月が台所へ戻ってくる。
「サンキュー、皐月姉」
「いえいえ、どうって事ないわよ。これくらい」
「ったく……月夜の奴め……」
「まぁまぁ、月夜は受験生だから、色々とストレスが溜まっているのよ。許してあげて」
「受験生ねぇ……」
太陽は、リビングでポテオを口に運びながらゲームをしている月夜の姿を一瞥する。
「勉強しろよ……受験生の自覚あんのか? アイツ……」
「あら? その点については、私何も心配していないわよ?」
「へ?」
「だって月夜……隠れて猛勉強してるもの」
「はぁ? 何で隠れてやる必要があるんだよ。堂々とすりゃ良いだろうに」
「それはね、きっと太陽を驚かせたいのよ」
「オレを……驚かせたい?」
「うん。だって
「え? でも、アイツの志望校って確か……」
「あら? コレ、黙っててって言われてたんだった。ごめんね月夜。言っちゃった。てへっ」
「へ?」
太陽が振り向くと、真後ろに月夜の姿があった。
顔を真っ赤にしている――月夜の姿が。
涙目の――月夜の姿が。
太陽は慌ててフォローしようとする。
「い、いやいやいやいや! 泣く事ねぇだろ月夜! ほら! オレ嬉しいからさ! お前と一緒に高校通うの楽しみだなー!! 早く来年の春にならねーかなぁ! なーんて……」
「記憶……」
「へ?」
「確かアンタ……脳を潰せば、その直前の記憶が消えるんだったわよね?」
「そ……そうだけど……月夜さん? 何を……」
月夜の背後にある食器棚が、念動力によって浮き上がる。
「ちょっ、ちょっと待て月夜……落ち着け! 落ち着くんだ! 気にするな! 気にする事はない!! オレは……オレは嬉しいから!!」
「死ね」
「『死ね』はおかしいだろ! 月ょ――ブフォッ!!」
大きな食器棚が、太陽の頭にのしかかる。
それに伴い、彼の頭部はグロくて描写出来ない程の状態となってしまった。
恐らく、月夜の目的であった記憶の消去は叶った事だろう。
月夜は、飛び散った血飛沫を身に浴びながら。顔面紅潮、涙目の状態で皐月に詰め寄った。
「何で言っちゃうのさ! 月夜姉ぇ!!」
「ごめんねー。ついつい、太陽に月夜が頑張ってる事知って欲しくなっちゃってー。ついポロッと……」
「ポロッとじゃ済まないんだってぇー」
「はいはい、もう絶対言わないから。安心して」
「ホントだよ? 約束だよ?」
「うん、本当に約束するから。安心して」
「ホントにホントにホントにホントにホントに本当だよ? 私これ以上、大好きな兄貴の脳味噌潰したくないの! だから絶対やめてよ!」
「う、うん……そ、それは、そうだろうねー……」
「絶対の絶対の絶対の絶対の絶対だよ!」
「う、うん……絶対の絶対の絶対に、ね」
「絶対が二回足りないよ! 皐月姉!」
「そ、そうかしら?」
(薄々感じてはいたけれど……)
皐月は思った。
(月夜の、太陽に対する愛って……もしかしたら相当重いんじゃ……)
そう、思ったのだった。
因みに、太陽の力は【自己再生】である為。
潰れた頭は無事元通りになった。
「あれ? 何でオレ、食器棚の下敷きになってたんだっけ?」
無事記憶消去が完了しており、月夜は胸を撫で下ろしたそうな。
めでたしめでたし。
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