【第3話】すすすすすすすき焼き食べに行かねぇか?


 カシュッ、と音がした。

 缶コーヒーの蓋が空いた音だ。

 そのままコーヒーを一口、喉の奥へと流し込んだ男子高校生――泡水透士郎あわみずトウシロウが一言。


「え、お前らまだ付き合ってなかったのか?」

「へ?」


 その一言を耳にして、太陽はキョトンした表情を浮かべた。

 そして、脳内で聞こえた言葉を反芻してみる。


『お前らまだ付き合ってなかったのか?』

『お前ら』

『まだ付き合ってなかったのか』


「……ふむ。なぁ透士郎、ひょっとしたらひょっとするんだが……その『お前ら』という部分は、オレと白金を指しているのか?」

「まぁ、そうだな」

「なるほど……と、なると。『まだ付き合ってなかったのか』の『付き合う』って部分は、彼氏彼女の関係ってことで良いのか?」

「そゆこと」

「つまりお前は、オレと白金がまだ恋愛関係に至っていないという事に対して驚いている……という事だな」

「……最初から、そう言ってるんだが?」

「ふむ……」


 太陽は「うーん……」と、少し考える。

 考えに考えた結果、出た言葉が……。


「どこに驚く要素があるんだ? オレと白金が恋人関係になるとか、ありえないだろ」

「はぁ……」


 透士郎は、『ダメだこりゃ』と言わんばかりに深い溜息をついた。


「あのな? 太陽……率直に聞くぞ?」

「おう」

「お前――白金の事、好きだろ」

「はぁぁぁああぁあっ!?」


 太陽は驚愕した。


「な、何で知って――いやいや! 違う!! そ、そそそそそそんな訳ないだろうが!! オレが白金の事を、す、すすすすすすすす好き? おいおい透士郎、冗談は休み休み休み言えよな! 冗談キツいぜー!」

「いや、隠そうとしても無駄だから……バレバレだから。押し問答するのもかったるいから、正直に答えろ。

 お前――白金の事、好きだよなぁ?」

「ぐっ、ぐぬぬぬぬ……!」

「正直に……さっさと答えろ」


 太陽は吹っ切れた。


「ああ! 好きだよ!! はいはい、オレは白金の事が好きですよ!! 何か文句あるか!?」

「文句はねぇよ。知ってるからな」

「ふんっ! オレの気持ちを分かってるからって、調子に乗るなよ!」

「はいはい……つーか、白金の事好きなんだろ? 何で、付き合うという事が、有り得ないんだよ……」

「…………」

「え?」


 透士郎は驚いた。

 何故なら、彼がその疑問を述べた瞬間、太陽の表情がズーンと暗くなったからだ。そして苦々しそうに、こう呟いた。


「付き合いたいさ……付き合いたいとも……けどさ、きっと白金は、オレの事なんて何とも思ってないんだよ……」

「はぁ? 何でそう思うんだよ」

「だってさぁ……白金はさぁ、他人の心を読めるんだぞ? ポンポンポンポン心読まれてさぁ……オレのHな日常生活は、アイツの前では丸裸さ」

「Hな日常生活って……何?」

「なのにさぁ……」

「あ、オレのこの疑問にはスルーなのね」


 『なのにさぁ――』に続く言葉を、太陽は口に出す。


「オレが白金の事を好き――っていう気持ちだって読んでいる筈なのに……それについては、一切触れて来ないんだぞ? 脈ナシに決まってる……所詮、オレみたいなタコ入道には、白金みたいな可愛い子は高嶺の花、なんだよ……」

「タコ入道って……」


 しかし透士郎は、『なるほどな』と思った。


(確かに、その理論は納得出来る。太陽は白金の事が好き――それは、周知の事実だ。……太陽のその気持ちは、あちらこちらから滲み出ている。だとすると確かに、……)


 透士郎は、更に思考を巡らせる。


(うーん……しかしそれは、なんだよなぁ……だとしたら何故、白金はその事について触れないんだ? 太陽が、そう思ってしまう理由も分かる気がするが……)

「太陽……お前の気持ちは、よーく分かった」

「分かってくれるのか? 透士郎」

「だから今すぐ告白してみようぜ」

「何故そうなるんだよ。頭イカれてんのか」

「大丈夫、イカれてない。むしろ、お前よりもかなり頭はしっかりしている方だ」

「ぐうの音も出ない」

「だから告白しろ」

「全然会話にならねぇ……」

「大丈夫だって! お前の方から告れば、成功率百%だから! オレを信じてぶちかまして来い!」

「いや、だから、白金はオレの事なんて……」


 自信なさげに声を落とし始めた太陽の背後に、近付いてくる人物の影。

 太陽は当然気付かない。しかし、向かい合う形に位置している透士郎には、しっかりとその人物の姿を捉える事が出来た。


(ナイスタイミング!)


 俯き気味の太陽にとって、現在、前方は死角となっている。

 故に、身を隠すならば今。

 透士郎は素早い身のこなしで、先程缶コーヒーを購入した自動販売機の裏に隠れた。


「……何とも思ってないんだよ……って、あれ……?」


 太陽が顔を上げ、前方を向くと、そこにいた筈の透士郎の姿がない。


「え、透士郎? 何処へ――」


 その代わりに――


「わっ!!」

「うおっ! びっくりしたぁ! し、白金!?」


 背後から突然大声を放たれ、驚く太陽を見て、ケラケラと笑っている愛梨が現れた。


「えへへー、ドッキリ成功! どう? ビックリした? ビックリしてくれた?」

「お、おぉ……ま、まぁな……」

「いえーい。ドッキリ大成功ー!」


 喜んでいる様子の愛梨。

 太陽は、そんな愛梨の姿を見つめながら、先程透士郎に言われた言葉を思い出す。



『今すぐ告白してみようぜ』



 勝算はない。

 しかし――その話をした直後に、突然愛梨が現れた。

 これも何かの巡り合わせなのかもしれない。


「……なぁ、白金」

「ん、何?」


 名を呼ばれ、愛梨が太陽に目を向ける。

 するとそこには、日常生活の中では見た事がない程、真面目な表情を浮かべている彼の姿があった。

 太陽の表情は、真剣そのものだ。

 不覚にもドキッとしてしまった愛梨は、無意識に彼の心を読んでしまった。

 即ち、これから太陽が言わんとしている言葉を、理解してしまった。


「白金……オレは……」

「は、はい……」


 愛梨の心臓は、ドクンドクンと高鳴る。

 太陽は恥ずかしさと不安が入り混じった感情の中、言葉を紡ぐ。


(言えっ! 言っちまえオレ! フラれたらフラれた時だ! ビビるな! 突っ込め! 全身全霊で、この想いを伝えるんだ!!)

「オレは……お前の事が……」

「…………っ!!」

「す……」

「す?」

「すすすすすすすき焼き食べに行かねぇか!?」

「………………」


 当然、二人の間には沈黙が訪れる。


(や、やってしまったー!! オレのバカー! 腰抜けー!)


 泣きそうになる太陽。

 しかし愛梨は……。


「ぷっ! あははは!」


 大爆笑したのだった。


「あははは! もう、笑わせないでよー。そんな事だろうと思ったよー。でも分かった。すき焼きね、良いよ。今日の放課後食べに行こっか」

「お、おう……マジか」

「うん、まじだよ」

「な、なら予約しとく」

「うん、お願いね」


 くるんっと小気味良く体を回転させながら、愛梨は言う。


「ビックリしたよー」

「な、何が?」

「何か、告白されそうだったからさー」

「っ!? そ、そんな訳ねぇだだろっ!」

「だよねー。やっぱり太陽くんは太陽くんだったね」

「……どういう意味だよ……」

「さぁねー。取り敢えず教室行こっか、授業始まっちゃうし」

「お、おう……」


 歩き出す二人。

 ガクンと、肩を落とす太陽。


(告白っぽい雰囲気を出せたのに、この対応か……やっぱり白金は、オレの事なんて何とも……――)


「でも、さ」

「ん?」


 愛梨は、少し頬を赤らめ、照れ臭そうにこう言った。


「少し、ドキドキしちゃったよ」

「え……?」

(それって……)


 しかしこの話はここまで、愛梨は「すき焼きかぁー、楽しみだなぁー!」と、すぐに話を変えてしまった。

 太陽はその言葉に対して頷いた。


「ああ! そうだな。楽しみだ」


 二人は並んで教室へと歩いて行く。


 そんな二人の背中を、自動販売機の裏から出て来た透士郎が優しく見つめている。

 そして、軽く溜息を吐きつつ、こう呟いた。


「まだまだ先は長そうだな。お二人さん」

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