5-7
「僕、が……?」
イアンは自分の耳を疑った。
リディーマーとはヨシュアの魂を受け継ぐ人間。童貞大天使スザンナによって地上へと遣わされた救世主であり、現代においては自分こそがヨシュアの魂を持って生まれた存在。そう「ヨシュアの木」に教えられてきたのだ。
「何を、言ってるんです……? 僕は……僕の魂は、ヨシュアの……」
「リディーマーは救世主ヨシュアの魂を宿す者。『ヨシュアの木』の教えに従い人類を救う者。ゆえに『ヨシュアの木』が庇護する存在……世の中には、そう教え続けてきた。だが、真実は異なる」
世の人々だけではない。当のリディーマーであるイアン自身、そう教えられ続けてきたのだ。十二歳で親元から引き離され、ミンスターに連れて来られた日からずっと。
自分はスザンナによってヨシュアの魂を授けられたリディーマー。そう信じてきたからこそ、生みの親と会えない寂しさもペインキラーを行使する苦悩も耐えてきたというのに。
「イアン……」
聖堂の中にジェフが入って来る。続いてスージー、それにアリッサの姿もある。
ケガを負ったジェフの手から血が一滴、こぼれ落ちる。その様子を気遣う余裕さえ無く、イアンは友に困惑の視線を投げかける。
「ジェフ、教えてくれ……司教様が言ったことは本当なのか? 君も知ってたのか?」
「……俺もバーリンダムにいた頃は聞かされていなかった。一週間前、お前と別れてリザブールに着いた時に全てを知らされたんだ。リディーマーはヨシュアではなく罪深きヘレムの魂を宿す者。ヘレムと同じく、その身を投げ打って血の聖水でアケルダマを満たす運命を背負った存在。スザンナがヘレムの魂を天へと運んだのは、人類から永遠の都を奪った罪人ヘレムに終わらない罪滅ぼしをさせるためだと」
イアンは呆然としながらも、何故か否定することが出来なかった。ジェフが自分に偽りを述べているとは思えない。むしろ真実だと考えた方が、ジェフのこれまでの言動にも納得がいく。
ジェフは言った――リザブールには来るな――と。それはアケルダマがあるリザブールに来れば、イアンが死の運命から逃れられなくなるためだ。
シカリの丘を上ってきたイアンにジェフが冷たい視線や言葉を投げつけたのも、イアンを聖堂から遠ざけるため。
昨夜、ジェフは言ったではないか。イアンが何者であっても自分はイアンの友達だと。その時、ジェフの視線はイアン本人ではなく壁に飾られた絵に向けられていた。裏切り者ヘレムの絵へと。
ジェフの言葉に偽りは無かった。ジェフは友人であるイアンを死なせたくなかったのだ。例えイアンが救世主ではなくヘレムの生まれ変わりだったとしても。
だからジェフは、教団の命令に背いてイアンを立ち去らせようとした。イアンに憎まれることも覚悟の上で。
「僕の魂はヘレムの魂……スザンナによって地上へと運ばれた」
伝承によれば童貞大天使スザンナは地上から二つの魂を天へと運んだとされる。救世主ヨシュアと、そして裏切り者ヘレムの魂をだ。その内、ヘレムの魂が再び地上へと運ばれ、その魂を宿す者こそがリディーマーだったのだ。
「それじゃ、ケンも……広場にいたバプティストたちも……」
「皆、知っていた。アケルダマが涸れ、血の聖水が無くなった時点で各地の支部に計画を伝えたのだ。お前を除く僧侶たちは皆、各支部の司教を通じて知らされた。お前がヘレムの魂を宿す者であること……その役目を果たさせるため、この地へ連れてくる必要があることもな」
結果としてイアンは自分の意思でリザブールを目指し、自分の足でここまでやってきた。だからこそ、ケンたちバプティストがイアンを捕まえようとする理由を早合点してしまった。
イアンは、てっきり「ヨシュアの木」は自分を新たなる教団本部に連れていくつもりだと考えて追っ手から逃げ出した。まさか彼らもまた、イアンをアケルダマの聖堂まで連れて行こうとしていたとは。
「そうかい……『ヨシュアの木』らしい、陰湿なやり方だね」
スージーと共に聖堂に入ってきたアリッサが口を開く。彼女の顔のタトゥーを見てか、それとも手にした鉄砲のためかオズボーンは顔をしかめた。
「アーチエネミーだな。リディーマーの命を欲するか? それも良いだろう」
「私がイアンを撃てば、イアンは嫌でも死を覚悟する。そうすることで、あんたたちの思惑通りに事を運ぼうっていうんだろう? 私は教団の計画の片棒を担ぐのはごめんだよ」
教団の計画、という言葉にオズボーンはノドの奥でうなる。
イアンもジェフも、アリッサが何を知っているのだろうかと固唾を飲む。
「私の仲間がバーリンダムでの話を聞かせてくれてね。あんたたち、血の聖水が切れたバーリンダムの病院に大量のケガ人を呼び集めただろう? ケガ人が集まれば、それだけレトリビューションが発生する確率が高くなる。街を飲み込むほどの大きなレトリビューション、それを前にして何も出来ないイアンを絶望させる……そんな状態のイアンをリザブールに運んで犠牲にするつもりだったんだろうさ」
「そうか……それで、イアンには何も教えずに……くそっ!」
アリッサの話にジェフも合点がいったらしい。聖堂の床を蹴って悔しがった。
自分の無力さについては日頃から痛感させられてきたイアンだ。自分が死ぬことで人々を救える。無力な自分でも世の中の役に立つことが出来る。
そんな風に吹き込まれれば、オズボーンが望む通りにしただろう。ましてイアンには、スージーを守りたいという彼自身の願いもある。
全ての真実を聞き終えて、イアンは自分の運命を冷静に見つめる。そして、ありのまま受け入れる覚悟を決める。
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