5-5
(何だ……この想い)
胸の奥が痛む。まるで二つの相反する感情によって軋むかのように。
急がねばならない状況だというのに、イアンは自身の胸に渦巻く痛みによって足が重たくなるのを感じた。
(これは……この痛みは……僕もよく知っている)
イアンは自分が持つペインキラーの無力さを度々実感していた。その力は人々の痛み苦しみを一時だけ肩代わりするに過ぎない。救世主とされるリディーマーの証であるにもかかわらず、根本的な解決は何ももたらすことが出来ない。
イアンは自分の無力さによって自分の胸を苦しめ続けてきた。自分の前で痛みに苦しむ人たちを救えない罪悪感によって。
今のイアンの胸に巣食う痛みは、その罪悪感による痛みとよく似ている。いや、全く同じだった。イアン自身もつい先ほどまでジェフに対して同じ痛みを感じていたのだから。
「ジェフ、君は……」
イアンは何故、自分の胸がこんなにも痛むのか。その理由に思い当たった。
ケンに対してペインキラーを放った時は何も感じなかった痛み。それはペインキラーによって肩代わりするような痛みをケンが持っていなかったからだ。
今、ジェフに対してペインキラーを行使した。それによってイアンはジェフの痛みをその身に受けている。ジェフがイアンに対して感じている罪悪感の痛みを。
「……バカヤロウ」
ジェフがイアンから顔を背けて毒づく。悲しみに満ちた声で。
ジェフはイアンの目的を阻み、この場から退けようとした。それは何のためなのか。
イアンにスージーを見殺しにさせるためか。イアンに更なる絶望感と無力さを味わわせるためか。
そうではない。ジェフは彼自身が何度も言った通りイアンの親友なのだ。かけがえのない友に対して、そんな仕打ちを出来るはずがない。
その出来るはずがない仕打ちとイアンへの変わらぬ友情の狭間でジェフの心は軋み、罪悪感という名の痛みが生じている。そんな気がした。
「イアンくーーーん!!」
「……ス、スージー!?」
丘の頂上で戸惑っていると、ふもとの方からソプラノの声が聞こえた。
そちらへ目を向けると、ベッドで寝ていたはずのスージーがここまで来ていた。イアンの紫のローブで細い身体を包みながら。
「ここは私が抑える。早く行け!」
見ればスージーの側にはアリッサの姿もあった。
覆面もせず声色も変えず、正体をあらわにしたアリッサが鉄砲を構えて周囲のバプティストを近寄らせまいとしている。
恐らくアリッサがスージーをシカリの丘まで連れて来たのだろう。自分のためにイアンが無理をすると察したスージーが、イアンを助けるためにアリッサにこいねがったのだろう。スージーは、そういう子だ。
「イアンくーーん!」
まだ無理できる身体ではないだろうに、それでもスージーは必死に階段を駆け上がる。
肩に掛けたローブがひらひらと揺らめく。それはまるでスージーの背から天使の翼が生えているようにも見えた。
一対の翼をはためかせて愛する人の下まで飛んでこようとするスージーの姿。イアンも、その愛しい人を抱きとめようと考えたところで気が付いた。
(ジェフは今、スージーに気を取られている……今しかない!)
自分の下へと向かってくるスージーを迎え入れたい一方で、自分の真の目的を思い出す。
ジェフはスージーに気を取られ、他のバプティストはふもとでアリッサに押さえられている。聖堂に入るには、この機を逃してはならない。
「はっ……待て、イアン!」
イアンが聖堂の方へ向かって走る。それに気が付いたジェフが追おうとするも、背後から組みつかれる。
「ダメーーッ!」
階段を上り切ったスージーが、そのままの勢いでジェフに飛びついてきた。
「くっ、バカ……放せっ」
「ダメダメダメなのーっ! イアンくんの邪魔しちゃダメー!」
非力なスージーの腕など、ジェフには簡単に引きはがせる。それでも背中でバタバタと暴れられて、思いのほか時間を取られる。
そうしている間にイアンは聖堂の入口まで辿り着き、そして扉に手を掛ける。
その光景にジェフは背筋を凍り付かせ、ありったけの声で叫んだ。
「行くな……行くな、イアン! そこに入ったら、お前は――」
ジェフの言葉が終わらない内に、聖堂の扉は開かれた。イアンの手によってではなく、内側から。
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