5-2
隠れ家に戻ったイアンは、スージーの様子を見に行った。
アモット医師の話ではイアンが留守にしている間に少し起きて、スープを口にしてまた眠ったとのことだ。
熱も出ていないし、じきに体力も回復するはずだと医師は言う。スージーの穏やかな寝顔を見て、イアンも快方に向かっているのだと信じた。
明日には起き上がって、いつもの明るい笑顔を見せてくれるだろうか。腕のケガはどんな具合であろうか。
ジェフに血の聖水を持ってきてもらうよう頼んだが、このままスージーが完治してレトリビューションの脅威が無くなればそれが一番だ。
イアンはスージーの小さな手を握り、早く良くなるよう願いを込める。
そうしている内に、イアン自身もいつの間にか眠りへと落ちた。
(……あれ、は?)
夢の中でイアンは不思議な光景を目にした。
純白のガウンをまとった天使が翼を広げて地上へと降り立つ。美しいブロンドの巻き毛を持つ天使の手には、純潔を象徴する白百合。
童貞大天使スザンナだ。
自分がこの世に生まれた意味、自分が歩むべき道をスザンナに示してほしいとイアンは何度となく願ってきた。今、夢の中とはいえ実際にスザンナがイアンの前に姿を現した。
「スザンナ……リディーマーの母よ、あなたは僕に何を告げに来てくれたのです?」
スザンナはそっとイアンの前へと進み、慈愛に満ちた眼差しを注ぐ。絵画に描かれているのと同じ目だとイアンは思った。
スザンナの胸には二つの魂が抱かれていた。実際には鈍く光を放つ球体のように見えたのだが、イアンはそれを魂だと認識した。
二つの魂の中には、それぞれヨシュアとヘレムの顔が浮かびあがっていた。どちらも二千年前の人物であり、絵画で見る以外にイアンが二人の相貌を知るすべは無い。
それでもスザンナが抱いている魂がヨシュアとヘレムのものであるとイアンは確信していた。
二千年前から語り継がれる伝説。神は人類に永遠の都を与えると約束し、その永遠の都を見つけられる救世主の魂を地上へと遣わした。
童貞大天使スザンナを通して地上へと遣わされた救世主がヨシュアだ。ヨシュアは旅の末、弟子であるヘレムの裏切りに遭い処刑された。
ヨシュアの魂はスザンナによって天へと運ばれ、そして新たなる救世主が誕生する際にもう一度地上へと舞い降りる。新たなる救世主にヨシュアの魂を吹き込むために。
そしてヨシュアと同じく、スザンナによって魂を天へと運ばれた人物がいる。それがヘレムだ。
ヨシュアを裏切った罪をつぐなうべく自らの肉体を破裂させて死んだヘレム。その死体から溢れ出した血がアケルダマの泉を作り、そしてヘレムの魂はスザンナに委ねられた。
イアンの夢の中でスザンナは二つの魂をイアンに見せる。ヨシュアとヘレムの魂を。二つの魂が溶け合い、やがて一つの魂へと変わっていく。その一つの魂の内側に浮かぶ顔は、ぼやけてよく分からない。
「イアン――」
頭の中に声が響く。それがスザンナの声だと、とっさに理解した。何度も思い描いた通り清らかさに満ちた声だった。
「あなたの願いを叶えたいのであれば、まずはヘレムの魂を見つけなさい。ヨシュアを裏切り、人々から永遠の都を奪い去ったヘレムの魂を。そして、その罪を赦し、その魂を愛しなさい。ヘレムの魂は、あなたのすぐ側にいます」
想像もしなかった言葉。あれほどスザンナに道を示してほしいと願っていたのに、いざ啓示を受けると反応が出来なくなる。
それほどにスザンナの言葉は予想外であり、理解の外側にあった。
いかにイアンが「ヨシュアの木」に従う気持ちを無くそうとも、消すことの出来ない事実がある。
イアンは救世主ヨシュアの生まれ変わりだ。それはイアン自身、否定することが出来ない。リディーマーとして生まれた運命を受け入れて、今日まで生きてきたのだ。
そしてヘレムの犯した罪は二千年もの間、人々を苦しめ続けている。レトリビューションという重すぎる罰によって。
例えヘレムが自分の肉体を捧げたとしても、例えその魂がスザンナに認められたとしても、人類が抱えるヘレムへの憎しみは易々と消せるものではない。
戸惑うイアンの目の前で、次第にスザンナの姿が天へと昇っていく。それを目で追いながら、イアンはもっと啓示が欲しいと視線で訴える。
「イアン、あなたの願いをよく考えなさい。あなたが本当に守りたいと願う人は誰なのか。そして、その人の願いが何なのかを。そのために、あなたが果たすべきことを考えるのです」
スザンナの姿が完全に天へと消える。それを見届けると同時に周囲は暗闇に包まれる。
イアンは、自分がまぶたを閉じていることに気が付いた。
目を開けると、そこにはベッドに横たわるスージーの姿。彼女の小さな手を、イアンは両手で包み込んでいた。
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