4-9

「アモット先生、リザブールでジェフと話したと言っていましたよね? ジェフに会わせてもらえませんか? 他のバプティストたちには隠れて、ジェフと話がしたいんです」


 シルバーブレットに舌鼓を打っていたアモット医師の表情が真剣なものに変わる。


「ジェフか……あいつになら、さっき会ってきたぞ」


「えっ、本当ですか?」


「まぁな。あいつも今は他のバプティストたちと一緒にシカリの丘の守りを固めているみたいだが、何とか呼び出してみた。お前さんがリザブールに来ていることは上手く隠して、あいつの考えを聞き出そうと思ってな」


「そうだったんですか……ありがとうございます。それで、ジェフは何と?」


「多分、お前さんが知りたいのはジェフが何故『リザブールに来るな』など言ったかだろう? 詳しくは教えてくれなかったが、それがイアンのためだと言っていた」


 イアンに頼まれるまでもなくアモット医師はイアンのために行動を起こしてくれていた。


 恐らくアモット医師とジェフが会っていたのは、イアンがシカリの丘まで赴いた時。あの時、広場にジェフの姿を見かけなかったのも当然だった訳だ。


 イアンは改めてアモット医師とジェフの二人は自分たちの味方だと信じた。


 その考えを見抜いたかのように、アモット医師は次の言葉を口にする。


「ワシもジェフは信じていいと思う。だが、あいつも『ヨシュアの木』の歯車の一つだ。教団がお前さんを捕まえるためにジェフを利用したとしてもおかしくはない」


「……ジェフをエサにして僕をおびき出そうとしている。そういうことですか?」


「あるいはお前さんとの接触を予期してジェフを監視しているか……いずれにせよ、お前さんが直接あいつと会うのは得策ではないだろう。ワシだって、こう頻繁に会っていれば『ヨシュアの木』に怪しまれても不思議じゃない」


 アモット医師の話はもっともだ。


 イアン自身、それは理解できるし出来れば二人に迷惑はかけたくない。それでもイアンにも優先順位がある。例え二人を巻き添えにしてでも守りたい人がいる。


 イアン一人の力ではどうにもならない以上、信じられる人間の協力を仰ぐしかなかった。


「それでも……お願いします。僕にはもうアモット先生とジェフを頼るしかないんです。迷惑なのは承知です。いくらでも僕を恨んでくれて構いません。どうか、ジェフと直接話をさせてください」


 イアンの真っ直ぐな視線を見返して、アモット医師も諦めたように息を吐く。手に持ったビンの中身を揺らして苦笑いを浮かべている。


「シルバーブレットの借りもあるしなぁ……しょうがない、引き受けるとしよう」


「あ……ありがとうございます!」


 アモット医師の誠意にイアンは目頭が熱くなる。


 アモット医師がここまでしてくれる以上、今度こそ不用意な行動はせず絶対に目的を達成しなくてはならないと胸に刻み込む。


「十五年、か……まさか、お前さんとこんな関係になるとはなぁ」


「えっ……?」


「もう感づいてるだろう? ワシはアーチエネミーの一員だ」


「え、えぇ……でも、それはアリッサと同じで元……」


「いいや、ワシはまだアーチエネミーに籍を置いている身だ。ただし、心はとっくの昔に離れちまってるがな。そう……十五年前、童貞大天使スザンナの降臨を目撃した時からな」


 思いがけない言葉にイアンは目を見開く。


 十五年前はイアンが生まれた年だ。そしてスザンナはヨシュアの魂を地上へと運ぶ天使。イアンがその身に宿すヨシュアの魂を。


「十五年前、赤ん坊のお前を取り上げたのはワシだ。それ以来、ワシは組織の教えを捨てて救世主の存在を信じるようになった。もっとも『ヨシュアの木』の教えも眉唾だと思ってたがね」


 イアンがアモット医師と出会ったのは一年前のことだ。アモット医師との交流は、十五年の人生の中で一年間だけのこと。それが全てだと思っていた。


 自分も知らない奇妙な縁を感じて、イアンは目の前の赤ヒゲの人物をジッと見つめた。


「医師としての身分を利用すれば、ある程度は自由に動ける。組織からも教団からも疑われずにな。『ヨシュアの木』の動向を探るという名目で、ワシはバーリンダムに診療所を開いた。もちろん本当の目的は組織のあるチェストールから離れるためだ。何も知らないジェフは、ワシに教団が運営する病院に勤めるよう勧めてきたが、それを出来ない理由があったんだ。悪いことしたなぁ」


 頭をかきながら苦笑いを浮かべるアモット医師。それからイアンの目を懐かしむような表情で見つめる。


「しかし、そのバーリンダムでお前さんと再会するとは。今再びリザブールで落ち合うことになるとは……これはもうスザンナのお導きと思うしかないな。お前さんに協力しろと運命がそう言ってるんだ」


 イアンはどう返事をしたら良いのか分からなかった。


 自分とアモット医師との思いがけない関係。それを受け入れ、イアンのために行動を起こしてくれる医師の誠意。感謝や申し訳なさが入り混じった胸の内を伝える言葉が思い浮かばなかった。


 複雑な表情を浮かべるイアンの肩をポンポンと叩くと、アモット医師は笑顔で出掛けて行った。まるで自分の身が滅びようとも、それがイアンのためであれば本望だとでも言うかのように。


「アモット先生……ありがとうございます……本当に、本当に……ありがとうございました」


 アモット医師が出て行った扉に向かって、イアンは何度も感謝の言葉を口にする。


 今日のことだけではない。バーリンダムで出逢ってからの一年間。いや、自分をこの世に誕生させてくれた時からの十五年分の感謝がイアンの想いに込められていた。



◆◆◆◆◆

第四話はここまでです。読んでいただき、ありがとうございます。

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