4-8

「私の両親もアーチエネミーのメンバーだった。近所にはそのことを隠して、他のメンバーとは隠れて会っていた。ある日……密告があってね、両親は『ヨシュアの木』に連れて行かれた。そして、それっきりさ」


 隠れ家に戻った後、アリッサが自らの生い立ちをイアンに語ってくれた。


 教団は対立するアーチエネミーを取り締まるために監視の目を光らせている。その網にアリッサの両親は捕らえられてしまった。以来、彼女は家族を失って一人で生きてきた。


 洞窟の中で、イアンを撃てばスージーは自分と同じになってしまうとアリッサは言っていた。その言葉の意味がようやくイアンにも理解できた。


「当然、私は私から家族を奪った『ヨシュアの木』を恨んだ。だけど同時に気が付いたのさ。両親がアーチエネミーに加わっていなければ、こんなことにはならなかったはずだと」


「それは……」


「そうでも思わないとね、私はとても自分を保ってなんかいられなかったのさ。憎しみが深すぎて……悔しさが溢れすぎて」


 言葉を区切って、アリッサはグラスを傾ける。中身の透明の液体は、狭い部屋の中をアルコールの匂いで満たしていた。


 イアンはマーセイ川で貸し舟屋をしていたヘリオンのことを思い出すが、アリッサが飲んでいるのはスネークバイトではない。シルバーブレットと呼ばれる安物の蒸留酒だ。


 アリッサはイアンにも勧めてきたが、それは断った。まだ十五歳だからという理由だけでなく、質の悪いシルバーブレットがもたらす堕落について知っているからだ。


「私はしょっちゅうアーチエネミーの批判をするようになったよ。それで連中、私をイスに縛り上げて身動きできない状態にして、このタトゥーを彫ったのさ」


 覆面を外したアリッサの素顔。そこに刻まれた虎模様のタトゥーを指し示して語る。


 女性が顔に一生消えない傷を負わされる。その屈辱を打ち明けるには強い酒の力を借りるしかなかった。


「タトゥーを彫られた後、私はチェストールの街を追われた。どっちみち、あそこで暮らし続けていくのは無理だった。周囲は私のことを『ヨシュアの木』に反逆する者として迫害し、アーチエネミーの庇護を求めることも出来ない……私の居場所は故郷には無かった」


「それで、アモット先生の下に……?」


「ダニーと出会ったのは、全くの偶然だったよ。裏切り者に虎のタトゥーを刻むのはアーチエネミーの掟でね。内部の人間であれば、誰でも知っていることさ。私の顔のタトゥーを見たダニーは全てを察して、私をこの家にかくまってくれたのさ」


(アモット先生が、アーチエネミーの一員……)


 アリッサの過去を聞かされながら、イアンは別のことを考えていた。


 リディーマーのイアンとも顔なじみであるアモット医師と、教団と対立するアリッサとの繋がりが見えた。


 同時に突き付けられる事実。「ヨシュアの木」に属するイアンやジェフとも交流のあるアモット医師が、まさか敵対組織のメンバーだったとは。


 まさか「ヨシュアの木」の内情を探るために自分たちはアモット医師に利用されたのだろうか。


 そう考える一方で、これまでのアモット医師の言動の全てが偽りであったとは思えない。本当にアーチエネミーの人間だったとしたら、どうしてバーリンダムを脱出する際にイアンに金を渡したりなどしたのだろうか。


(アモット先生がどういう立場にあって、何を考えているのか……それは分からないけど、僕やスージーに害を与えるつもりは無いはず。僕がリザブールを目指していることもアモット先生には言っていなかった訳だし、ここで会ったのも偶然に過ぎない。大丈夫……アモット先生は信じられる。それは、ジェフも同じだ)


 無言で考え事をするイアン。気が付けばアリッサはグラスを空にしており、新たに注ごうとビンに手を伸ばすところだった。


 イアンは反射的にアリッサからシルバーブレットのビンを奪い取っていた。


「これ以上は控えた方がいいですよ」


 一度は自分の命を奪おうとしたアリッサの身をイアンは本気で心配していた。それは同情からだろうか。立場は違えどイアンもアリッサも教団によって家族と引き離された境遇は同じだとして。


 それだけが理由ではない。アリッサがどれだけ酒に強いのかは分からないが、飲酒が悪い効果をもたらすのは間違いない。


 マーセイ川のヘリオンがスネークバイトに溺れる様を見た後だ。より毒性の強いシルバーブレットが心身に悪影響を及ぼすのは目に見えている。


 もう自分の目の前で誰かが苦しむ姿は見たくない。それがリディーマーとしての願いだ。


「そうかい……それじゃあ、そいつはダニーに持って行ってやりな」


「アモット先生に? 分かりました」


 イアンから強引にビンを奪い返すこともせず、アリッサは大人しく従った。


 このままシルバーブレットのビンを部屋の中に置いておくと、またアリッサが口にするかもしれない。それなら医師に預けた方が賢明だろうとイアンも考えた。


 二階に下りて部屋のドアをノックすると内側から返事があった。朝は不在だったが、どうやらイアンが外に出ている間に帰っていたようだ。


「アモット先生、僕です」


「おぅ、イアンか。どうした? んん~、イイもの持ってるじゃないか」


 アモット医師はイアンが持ってきたシルバーブレットのビンに目ざとく反応を示した。


 イアンがビンを差し出すと、早速とばかりに口をつける。


「ワシはこいつに目が無くてなぁ。バーリンダムでは『ヨシュアの木』が目を光らせているからガマンしてたんだぞ」


「はぁ……医者の不養生というやつですか?」


 シルバーブレットはかつて大量生産され、労働者の間で広まった。


 安価で購入が出来るシルバーブレットは日々の心労を慰めるのに、うってつけであった。しかし度数が高く悪酔いしやすい酒であるため、大量の中毒者を出してしまった。


 その結果、現在では「ヨシュアの木」によってシルバーブレットの製造や取引は禁止されている。教団がスネークバイトを推奨する理由の一つは、シルバーブレットの代替品とするためだ。


 それでも秘密で製造されたシルバーブレットが、こうして教団に逆らう者たちによって消費されているのをイアンは目の当たりにした。


「お前さんが、こんな物を持ってくるなんてなぁ。ワシに何か頼み事でもあるのか?」


 イアンはそんなつもりでシルバーブレットを持ってきた訳ではない。が、首を横に振ろうとしたところで、ある考えが思い付いた。


 心の中でアリッサに感謝しつつ、イアンはアモット医師への頼み事を口にする。

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