4-7
「アーチエネミーか……ひっ、撃たないでくれぇ」
イアンの周りにいたバプティストがその場を離れて散っていく。
アーチエネミーが「ヨシュアの木」と敵対する武装組織であるというのは当然、彼らもよく知っている。
アーチエネミー最大の標的が救世主リディーマーであることも既知である。そうなれば巻き添えを食いたくないとイアンの側から離れるのも当然の行動か。
その一方でバプティストたちは、ひどく恐れてもいた。自分たちがアーチエネミーの凶弾に倒れることではない。リディーマー、イアンの存在が失われることに。
「マズイぞ、このままではリディーマーが……」
「くそっ、誰か何とかしろよ!」
「ふざけんな! お前が何とかしろっ」
バプティストたちは遠巻きに見ながら互いに押し付け合う。
その間にもアリッサは銃口をイアンに向けたまま歩み寄る。
(アリッサ……)
イアンが口の動きだけでアリッサの名を呼ぶ。覆面が僅かにうなずくのが見えた。
目の前の人物の正体は、やはりアリッサだ。だが、その確信が得られても安心は出来なかった。
アリッサは言った。イアンの目的達成に協力する代わりに、アリッサ自身の目的のためにイアンを利用すると。
(大勢の僧侶が見ている前で僕の命を奪う……確かに人知れず暗殺するよりも効果的だ。けど、僕はまだ死ぬ訳には……)
ここで死ぬぐらいであれば「ヨシュアの木」に捕らえられた方がはるかにマシだ。しかし鉄砲を持った相手にどこまで抵抗できるものか。
焦りながらも戸惑うイアンに向かって、アリッサは手にした旗を素早くイアンの首へと巻き付けてきた。
「ぐっ……」
「大人しくしろ」
イアンの首に巻き付けた旗をアリッサが強く引っ張り、息苦しさからイアンがうめく。
アリッサは構わずイアンの身体を引き寄せ、周囲に向かって低い声で吠える。
「リディーマーを返してほしくばピエールーまで来い!」
アリッサの言葉に取り巻くバプティストたちも、そしてイアンもギクリとする。
戸惑う彼らに構わず、アリッサはイアンを引っ張って大通りを渡っていく。手にした鉄砲でバプティストたちを威嚇しながら。
「げほっ、げほっ……アリッサ、一体……」
路地裏まで来たところでアリッサはイアンを解放した。
そこでゆっくりしている暇は無いとばかりにアリッサは狭い路地を突き進んでいく。
ここで置いて行かれてはまた道に迷ってしまう。イアンも慌てて背中を追う。
「バカだね、本当に」
「うん……すみません」
前を向いたまま歩き続けるアリッサにバカだと言われ、イアンは本当にその通りだと思った。
人の忠告も聞かず、何とかなるだろうという根拠も想像力も欠けた行動であっさり捕まってしまうとは。アリッサが駆け付けてくれなかったら今頃は「ヨシュアの木」に連れて行かれていたことだろう。
そこまで考えて、イアンはある可能性に思い当たる。
「あの……もしかして僕がこうなると予想して?」
アリッサが助けに来るにしては時間が早すぎる。もしかしたら隠れ家を出たところから、ずっとアリッサに後を付けられていたのかもしれない。
「まぁね。あんた、あの子のためだったら後先考えずに行動しそうだったからさ」
「はい……そうです。それに時間の余裕も無いと思ったので」
「いいさ。私もそう思ったからこそ、あんたの後を付けてあんたを助けたんだ。言ったろ? あんたを利用させてもらうって」
アリッサがイアンを利用する。その意味を考えるため、イアンは先ほどの広場でのやり取りを思い出す。
アリッサはイアンが「ヨシュアの木」に捕まることを予想していた。その上でシカリの丘まで後を付けてきた。つまりバプティストに捕らえられたイアンを利用するために。
「……ピエールーまで来い。それが、あなたの目的ですか?」
アリッサが口にしたのは、リザブールの遥か東に位置する都市チェストールにある地名だ。
ピエールー――そこはアーチエネミーの本部がある場所として知られていた。アリッサは居合わせたバプティストたちに、そこまで来るよう誘い掛けた。イアンをエサにして。
「あなたにとってはアーチエネミーも復讐の対象だ。『ヨシュアの木』と共倒れになることを狙って、僕をピエールーまで連れ去るマネを?」
「……さっきの広場、バプティストどもは何人いた? そいつらが遠くチェストールまで移動すれば、あんたもやりやすくなるだろう?」
アリッサは自分の目的のためにイアンを利用する。同時にイアンの目的達成の協力もしてくれる。確かに、そう言っていた。
その言葉に偽りは無かった。
イアンはアリッサに深く感謝するとともに、彼女に鉄砲を突き付けられた時に抱いた感情を恥じた。
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