4-6

「ま、待ってください……僕には、やらなくてはいけないことが――」


「貴方の役目は教団のリディーマーとなることです。さぁ、貴方の役目を果たしに行きましょう」


 口調は丁寧だが態度は威圧的で有無を言わせない迫力がある。


 そんなバプティストに対してイアンは珍しく語気を強める。


「待って……待ってくれ! リディーマーの使命を果たせと言うなら従おう。それが僕の運命なら受け入れる。でも、その前に……僕はどうしてもアケルダマに行かなくっちゃならないんだ!」


 身をよじって拘束を解こうと試みる。しかし背後と左右から腕を掴まれ身体を押さえつけられ、とても自由になりそうにはない。


 暴れて言うことを聞かないイアンに、バプティストの一人が諭すような口調で語り掛ける。


「あぁ、分かった。君の言う通りにしよう。さぁ、そこの階段を上ってアケルダマの聖堂へと向かおうじゃないか」


 ――ウソだっ――イアンは自分に向けられた言葉を反射的に否定した。その言葉の裏には悪意が隠されている。バプティストの声色も表情もイアンを騙す気持ちがにじみ出ていた。


(どうする……どうやって、この場を切り抜ける?)


 バプティストたちはイアンの話に耳を傾けることもせず、容赦なく捕まえるつもりでいる。


 自分の考えが甘かったのは認める。しかし、今は何とかしてこの状況を突破しなくては。


 そう思って暴れてみようとするが、後ろからも左右からもガッチリと取り押さえられている。このまま丘の上の聖堂を目指すことも、いったん引き返すことも出来そうにない。


(こうなったら、もう……)


 自力での強行突破は不可能。それを悟って、イアンはうなだれた。


「分かり、ました……『ヨシュアの木』の言う通りにします」


 イアンの口から諦めの言葉が出た。取り囲んでいたバプティストたちの顔にも安堵の色が浮かぶ。


 イアンの腕を掴んでいた力も少しは緩められた。しかし依然として三人もの人間に身体を押さえられている状況であり、力づくでの脱出は出来そうにない。


 元よりイアンも、この場でこれ以上の抵抗は無駄だと理解していた。


(仮に僕を取り押さえている人たちを振り払えたとしても、この人数だ……またすぐに捕まってしまう。だったら、この場は従うしかない)


 これからイアンが連れて行かれる場所はリザブールの支部であろうか。ならば、そこにはリザブールでの活動を取り仕切る司教がいるはず。


 バプティストたちに言葉が届かなくとも、司教に直接話が出来るかもしれないと賭けていた。もう、それ以外に方法は見つからなかった。


 自分を取り囲むバプティストたちに促されて、イアンが一歩前へと歩き出した瞬間――突如、広場中に響き渡るような轟音が耳を貫いた。


(今の、音は……)


 イアンはその轟音に聞き覚えがあった。首だけで後ろを振り返るが、背後に立つバプティストの身体が邪魔でよく見えない。


 そのバプティストたちも恐れおののいたように立ち尽くしている。


「なっ……く、来るなっ!」


 誰かが叫んだ。その一秒後、イアンの側から何人かが離れて走り去っていく。


 ようやく視界が開けたイアンの目に飛び込んできたのは、鉄砲を構えて近付いて来る一人の人物だった。


(やっぱり……アリッサか!?)


 イアンが耳にしたのは昨日、アリッサに襲われた際に聞いたのと同じ銃声だった。その時と同じ格好、同じ覆面をして近付いて来る人物の正体にすぐに感づいた。


 アリッサと思しき覆面の人物は銃口をイアンたちの方へと向けたまま、大通りを横切って広場へと足を踏み入れた。


 そして鉄砲を持っているのとは反対の手で一枚の旗を高々と掲げる。風にはためく旗に記された「レベル・ジーザス」の標語を見せつけるために。


「リディーマーを渡してもらおうか。邪魔する者は全員、撃つ」


 覆面の奥から太くて低い声が聞こえた。


 イアンは一瞬、覆面の下に隠されているのがアリッサのタトゥーではないのかと考えた。


 だが、すぐに察しが付く。アリッサは正体を隠すため、女だと悟られないためにわざと低い声を出しているのだ。その響きはまるで野獣のうなり声のようでもあり、彼女が「一匹の獣」を自称していたことを思い出す。

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