4-5
「あれが、シカリの丘……?」
手に持った地図と自分がいる場所とを見比べる。大まかな地図ではあるが、確かに目の前の丘が目的のシカリの丘だと示していた。
丘にはふもとから階段が設けられており、頂上には聖堂が建てられている。
目的地を目の前にしてイアンは今しばらく路地の陰に身を潜めた。
(真紅のローブ……バプティストの姿が広場の中のあちこちにいる。ジェフの姿は見えないようだけど)
血の聖水は「ヨシュアの木」によって管理されている。その「ヨシュアの木」の中でも扱いを許されたのがバプティストの職にある僧侶だけだ。
血の聖水の源泉であるアケルダマの聖堂を守るため、シカリの丘はいつもこうしてバプティストたちが番をしているのだろうか。それともイアンがここに来ることを想定して見張っているのだろうか。
広場を見渡したところバプティストの中にイアンが見知った顔は無さそうだ。向こうはどうなのだろう。実際に会ったことは無くとも、リザブールの支部によって既にイアンの人相を伝えられているかもしれない。
それにリザブールの住民を装って丘に近付いたとしても聖堂に入ることが許されないのは同じ。
イアンが聖堂に入るためには、やはりイアンのことを知る教団の人間に事情を話すしか方法は無さそうだ。その相手は親友でもあるジェフが最も望ましい。
(ここまで来ればジェフと出会えるかもしれない。そうすれば教団に話を通してもらえるかもと期待したけど……仕方ない)
今日のところはシカリの丘までの道を覚えて、また出直すか。それも取るべき手段の一つではあるが、イアンには時間が無い。
正確に言えば、どれだけの時間が許されているのか分からない。だから、のんびりとは出来ない。
スージーはマーセイ川で溺れたせいで体調が戻っていない。つまりスージーの身体はいつレトリビューションに襲われてもおかしくない状態にある。
それにバーリンダムに発生した黒い渦は今も大きさを増しているだろう。近隣に住む人々を脅かしながら。
スージーにも他の人たちにもレトリビューションの脅威が去っていない以上、やはりイアンは血の聖水を手に入れなければならない。出来れば、その脅威が現実となっていない今の内に。
(危険は承知だ……それでも僕に出来ることをするしかない)
イアンは脇に抱えていたローブを広げると、そいつで身を包んだ。
背中に蛇の刺繍があしらわれた紫色のローブ。リディーマーであることを周囲に知らせる目印。イアンにとっては、自分を捕まえようとする「ヨシュアの木」に見つかる確率を高める危険なもの。それと同時に武器でもあった。
人々を救済する存在であるリディーマーは「ヨシュアの木」が教えを広める上においても重要な役割を担う。そのリディーマーの言葉は「ヨシュアの木」の僧侶たちにとって重みのあるものに違いない。
リディーマーの自分が願い出れば、もしかしたら聖堂まで通してくれるかもしれない。そんな想いを胸にしてイアンは大通りへと踏み出す。
「ん……紫のローブ? まさか……」
イアンの姿はすぐに周囲の目に留まった。
バーリンダムの街から出たことのないイアンだ。当然、リザブールに住む普通の人々――「ヨシュアの木」に属さない住民――は紫のローブを目にしてもすぐにイアンの正体には思い至らない様子。
しかし広場を見張るバプティストたちは違った。自分たちがまとう真紅のローブと同じデザインに気が付き、その色が紫であることにざわついた。
イアンは広場に踏み入って数歩のところで四、五人のバプティストたちに囲まれた。それだけではない。やや遠くの方からも、まだ何人か真紅の出で立ちをした者たちがやってくる。
目の前にあるシカリの丘を見上げれば、聖堂へと続く階段を下りて近付いてくる者もいる。
アリッサやアモット医師から伝えられた「どんな手を使ってでもイアンを捕まえようとしている」という言葉が背筋に突き刺さる。
「リディーマー……イアン・ダウニングだな?」
自分を取り囲むバプティストの誰かに名前を呼ばれた。
その呼び声は冷たいようで緊張しているようでもある。少なくとも友好的な響きとは感じられなかった。
イアンも表情をこわばらせる。それでも引き下がる訳にはいかないと口を開く。
「はい……僕がここに来た理由は――」
「そこまでだ。我々と一緒に来てもらおう」
バプティストたちはイアンの言葉を遮り、距離を詰めてくる。
思わず後ずさりしたイアンの背中が後ろに立っていたバプティストにぶつかり、そのまま腕を押さえられてしまった。
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