4-4
「イアン、起きたか?」
目覚めると、イアンは聞き慣れない女性の声を耳にした。
視線を左右に動かすと、その声の持ち主の顔が見えて思わずギョッとする。顔全体に彫られた虎模様のタトゥーが目に飛び込んできたからだ。
その印象的なタトゥーと青い頭髪から、すぐに女性の正体を思い出す。
「あぁ、アリッサ……あいててて」
ホコリ臭い床から身体を起こすと、関節のあちこちが悲鳴を上げた。ほとんど横になるスペースも無い硬い床に、身体を不自然に折り曲げて眠ったためだろう。
それでも深い眠りについていたのは、相当疲れが溜まっていたためか。昨日、一日だけでもイアンは様々な事態に遭遇し、心身をすり減らしたものだ。
今日はまた新たな苦労や困難にぶつかるだろうと目覚めてすぐに予感する。同時に、それさえ越えられれば自分の目的が達成されるという希望も抱いて。
「あの……今、何時ですか?」
アリッサの部屋に窓は無く、今もランタンの灯りだけが部屋を照らしている。まだ夜なのか、もう朝になったのか。イアンには分からなかった。
「じきに昼になる。外に出る前に腹の中に何か入れときな」
そう言ってアリッサは、アゴでテーブルの上を指し示す。ロウソクの燃え残りやら丸まった紙クズやらに混ざって、パンのかけらや断面が茶色く変色したリンゴが置いてあった。
これから「ヨシュアの木」とやり合うことになることを考えると、確かに体力を落とす訳にはいかない。イアンは気後れしながらも、テーブルの上から比較的まともそうなパンを取って口に運んだ。
「スージーの容体はどうですか?」
ボソボソとしたパンを飲み込んでイアンが尋ねる。
アリッサは奥の部屋へと続くドアをチラリと見て答える。
「あの子かい? 一度、目を覚ましたよ。あんたの姿が見えないもんで『イアンくんは? イアンくんは?』って、おろおろしてたよ」
スージーの不安そうな様子が目に浮かんでイアンの胸がズキリと痛む。
そのイアンの心境に気づいたのかは分からないが、アリッサは話を続ける。
「あんたを起こそうかとも思ったけど、医者に診せる方が先だと考えてね。ダニーの顔を見たら、ひとまずは落ち着いてくれたよ。あんたが隣の部屋にいるって教えたら安心したみたいに、また眠って……今はまだ夢の中だろうさ」
とりあえずはスージーも無事だと分かり、イアンもホッとする。
スージーの身に何かあれば、イアンの旅もそこで終わる。リザブールまでやってきた意味が無い。
一番の心配事が片付き、イアンは早速行動を開始しようと考える。
「ありがとうございます。まだ、しばらくスージーを預かっててもらえますか? 僕は今からシカリの丘へ行ってきます」
「あの子を置いとくのは構わないが……待ってな、地図を渡してやるから」
アリッサは壁に貼り付けられていた一枚の紙を剥がすと、それをイアンに手渡した。
どうやら手書きの地図らしい。昨夜、アリッサが約束してくれたリザブールの簡易的な地図だ。今いる隠れ家からシカリの丘までの通り道が描かれている。
「確かに入り組んでますね……助かります」
「下まで一緒に行くよ。入口は内側からも鍵が掛かってるからね」
地図を受け取ると、イアンは簡単に身支度を整えた。アリッサに借りた上着を脱いでシワだらけの自分の服を着ると、まだ少し湿った匂いがした。
リディーマーの身分を示す紫色のローブは身にまとわず、折り畳んで小脇に抱える。これを着て街を歩くのは目立ちすぎるが役立つ場面もあると考えていた。
二階に下りたところでアモット医師にも挨拶をしてから出掛けようと思ったが、あいにくと留守のようだった。
一階のドアをアリッサに開けてもらい外に出る。閉められたドアが内側から施錠される音を確認すると、イアンはもらった地図に目を落とす。
狭い路地裏の上に、空は今日も灰色の雲に覆われている。それでも昼間の内はまだ明るく、地図も読み取ることが出来た。
予想通り路地は狭く複雑な造りをしており、イアンは地図を見ながらも何度か道を間違えた。
その度に正しい道順を頭の中に入れて歩き慣れない道を進んでいく。ようやく路地裏を抜け大きな通りに出ると、道を挟んだ先に広場が、その更に先に小高い丘が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます