4-3
「そうですか。それでアケルダマのあるシカリの丘は、ここから近いんですか?」
「まっすぐ歩けるなら、それほど遠くはないな。後で地図を書いてやるよ。それが無けりゃ、あんたはこことの行き来も出来ないだろう」
「すみません、助かります。あと、『ヨシュアの木』の支部も近くに?」
「支部は少し離れた場所にある。まさか支部に乗り込む気かい?」
「……血の聖水を分けてもらうのですから、話を通した方が良いと思ったんですが……」
アリッサが天井を仰いで呆れたように息を吐く。
「あんた、連中から追われてるんだろ? わざわざ捕まりに行くバカがいるか」
「はぁ……でも、僕も教団の一員です。話をすれば分かってもらえるかも」
「何しろ人類を救うリディーマー様だからね。けど、私が聞いた話じゃ連中は何が何でもあんたを捕まえる気でいるよ」
「……その話は誰から?」
アリッサから「ヨシュアの木」の内情を聞かされて、イアンは自分の考えが甘かったことを思い知る。
それにしてもリザブールに住んでいるとはいえ、教団と敵対するアリッサがどうして教団の内情に詳しいのだろうか。
その疑問に答えたのは、奥の部屋から現れたアモット医師だった。
「ワシだよ。ワシがシカリの丘まで行って聞いてきてやったんだ」
「アモット先生……スージーは?」
「あぁ、心配は無い。今夜は温かくして寝かせてやりな」
「そうですか……ありがとうございます。あっ、先生がシカリの丘まで行ったというのは?」
スージーの容体を聞かされて安心したところで、改めてアモット医師の言葉が気になった。
「今、バプティストの多くがリザブールに集まってるみたいだ。その中に、お前さんもよく知ってるジェフもいたぞ」
「ジェフが……?」
「あぁ。ワシとも付き合いが長いからな。外部の人間に話せる範囲……あるいは、あいつが知ってる範囲で話を聞かせてもらったのさ」
「それで、何と言ってました?」
「『ヨシュアの木』は一刻も早く、どんな手を使ってでもリディーマー……つまり、お前さんを確保したがってるそうだ。あれは、とても救世主様を敬う態度じゃないとジェフもイラついてたなぁ。あいつは教団の一員としてより、お前さんの友人として気にかけておったよ」
友人、という言葉にイアンは心の奥が温まる気持ちになった。
ジェフとは初めて会った頃からの親友だった。
その親友への疑惑が、次の言葉によって頭をもたげた。
「ジェフからお前さんに伝言を頼まれていてな。『絶対にリザブールには来るな』だそうだ」
「リザブールには来るな……?」
「あいつが何故、そんなことを言ったのかは知らん。聞きもしなかった。何か思い当たることは無いか?」
ジェフがバーリンダムを発ったのは一週間ほど前のこと。その際に交わした会話を思い出す。
『リザブールには何日か滞在する。俺以外にも何人かバプティストが一緒だ』
『俺が血の聖水を持って帰るまで無茶はするなよ』
『司教様はバーリンダムを離れようとしている。リディーマーのお前が何も聞かされてないのは、おかしいな』
そんな内容だった気がする。いや、もっと違う話もしていた。
『支部に保管してある血の聖水が無くなった』
『血の聖水はヨシュアを裏切ったヘレムの血だ』
『リディーマーである、お前が触れていいものじゃない』
イアンもよく知っている。血の聖水の源泉であるアケルダマは、肉体を破裂させて死んだヘレムの血によって出来ていることを。
人々にヨシュアを処刑する道を選択させ、この世にレトリビューションをもたらした元凶であるヘレム。
例えヘレムの死が罪滅ぼしのためのものであったとしても、その罪が消える訳ではない。人類がヘレムを許せるはずがない。
(だからジェフは、僕にリザブールに来るなと言ったのか? 僕が血の聖水に触れるのを……アケルダマに近づくのを避けるために)
ジェフはリディーマーを敬う以上にイアンの身を案じていた。それがイアンへと向けられた友情の証であり、イアンもジェフのことは信じていた。
どんな理由や意図があろうと、ジェフであればイアンのことを想ってのことなのだろう。
ジェフがイアンに対して良からぬ考えを持っているはずがない。それを信じている一方で、イアンはジェフの想いをあえて踏みにじらなければならなかった。
(ごめん、ジェフ……ジェフの気持ちは有難いけど、僕はどうしても血の聖水を手に入れなければならない。それはスージーを助けるためなんだ……分かってくれるよね?)
それにアモット医師が頼まれた伝言がイアンに伝えられるのは遅かった。イアンはもうリザブールに着いている。
こうなったらジェフからの伝言は聞かなかったことにして行動に移すしかない。
アモット医師が自室に引き上げた後、イアンはスージーが眠る部屋を覗いた。安らかな寝顔を確かめると、自身も硬い床に身を横たわらせて眠りについた。
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