3-8

 覆面の下にあったのは虎の顔だった。正確には人間の顔に虎模様のタトゥーが彫られていた。


 その顔を包む青い髪と相まって異様な姿に見える。思わず相手の顔を見つめていると、イアンは何かに気が付いた。


「……女の人?」


「女じゃない」


 顔一面に刻まれたタトゥーのせいで分かりづらいが、アーチエネミーの素顔は女性のように見える。


 思わず呟いたイアンの言葉を否定した声も間違いなく女性のものだ。


 予想外の相手の正体にイアンが言葉を失っていると、素顔をさらしたアーチエネミーの方が問いかけてきた。


「お前、何をしたんだ? 何故『ヨシュアの木』の連中に追われている?」


 アーチエネミーの質問にイアンの方こそ首を傾げたい気持ちだった。


 自分が「ヨシュアの木」に追われているのは知っている。その理由も見当がつく。


 だが、何故そのことをアーチエネミーが知っているのだろうか。


 彼女はイアンが知らない情報を掴んでいる。それは恐らくリザブールに関する情報だろう。この場所から一番近くにある教団支部のある街がリザブールだからだ。


 そこで「ヨシュアの木」の内部で何かしらの異変が起きているのを察知した。その内容がバーリンダムにいるはずのリディーマーに関することだった。


 それでリザブールとバーリンダムとを隔てるマーセイ川まで様子を見に来たのだろう。そして舟で川を渡ろうとする紫のローブを見つけて狙撃した。


 アーチエネミーの行動を推理しながらイアンは口を開く。


「リザブールで何があったのか。リザブール支部でどんな話が交わされたのか僕は知らない。ただリザブールに行かなくちゃいけないんだ。例え教団の人間に阻まれようと……例えアーチエネミーに命を狙われようとも」


「……『ヨシュアの木』と敵対している訳ではないのか?」


「僕はリザブールにある血の聖水を求めてるだけだ。教団の返答次第では争うことになるかもしれない。それに……『ヨシュアの木』はバーリンダムの人々を見捨てて自分たちだけ先に逃げた。もう前のように言うことを聞く気にはなれない」


 そこで会話は途切れた。


 アーチエネミーの女はしばらく考えた後、銃口をイアンから逸らした。


「いいだろう、この場は見逃してやる。あんたを撃つより利用してやった方が私の目的に繋がるかもしれないからね」


「目的……?」


「あんたは私をアーチエネミーだと思っているようだが、それは正確じゃない。私は既に組織を追放された身だ」


 組織を追放された。その言葉から、女の言う目的を推測する。


「自分を追放したアーチエネミーに復讐するつもりか? それなら何故、僕の命を……?」


「私にとっては『ヨシュアの木』も復讐の対象だからさ。だから奴らが崇めているリディーマーを奴らから奪ってやろうと思ったが……止めにしといてやるよ。あんたが死んだら、その子は私と同じになってしまうからね」


 女の気持ちが声色に乗せられる。それは本当にスージーに同情している気持ちの表れだ。


「見逃してやる代わりに私の言うことを聞いてもらうよ。なに、私は自分の目的のためにあんたを利用するが、あんたの目的の手助けにだってなるはずだ。あんたがリザブールに潜入する手助けをしてやるよ」


 その提案は確かにイアンにとって有難い話であった。それにスージーのこともある。早いところスージーをこんな洞窟から屋根の下のベッドに寝かせてあげたい。


 そうした気持ちからイアンは素直にうなずいた。


「そんな恰好じゃ、外には出られないね。待ってな。着る物を持ってきてやる。それと……あんた、名前は?」


「イアン……イアン・ダウニング」


「私はアリッサ……いや、一匹の獣さ」


 そう言ってアリッサは洞窟を後にした。


 アリッサの最後の言葉を聞いて、イアンは何となく腑に落ちた。アリッサの素顔を見たイアンの反応に対して「女じゃない」と彼女は言った。


 それは恐らく顔一面に彫られた虎模様のタトゥー。それがアリッサの意思によるものであろうとなかろうと、そのタトゥーが刻まれた時点でアリッサは女であることを捨てたのだろう。


 今のアリッサは復讐にのみ生きる野性の獣なのだ。



◆◆◆◆◆

第三話はここまでです。読んでいただき、ありがとうございます。

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