3-7

「待ってて、スージー。すぐに温かくしてあげるから」


 答えないスージーに一声かけて、イアンは洞窟の外へと飛び出した。


 辺りから焚き火に使えそうな枯れ枝や枯れ葉を拾い集める。それらを抱えて再び洞窟の中へと戻る。


 ちぎった枯れ葉をピストンの中に詰めて火種にする。ハルフォードの暖炉に火をつける際は、いつもこのファイヤーピストンを使っていた。扱いには慣れている。


 火種を焚き木に移すとパチパチといった音を立てて洞窟の中に灯りが広がっていく。


「スージー……これだけじゃダメか……」


 炎に照らされたスージーの顔は、やはり真っ青のままだ。


 もっと大きな炎があればスージーの身体を温められるかもしれないが、狭い洞窟の中でそれをやるのは危険だ。


 イアンは自分も着ている服を脱ぐと、スージーの身体を抱き起して自分の肌と密着させた。


 冷たい。スージーの身体は冷え切っていた。でも、それは表面だけだとイアンには分かっていた。


 こうして肌と肌とを密着させれば、スージーの身体の奥にはまだ熱が残っているのが感じ取れる。


 心臓の音だって伝わっている。スージーは助かる。自分が助けてみせるとイアンは決意する。


「スージー、大丈夫。僕が守る。僕の体温を全部あげるから。だから……目を覚まして。いつもみたいに笑ってよ、スージー」


 裸で抱きしめればスージーの細さや肌の滑らかさが、よく分かる。それらが今では儚げに感じてしまう。


 スージーの腕を、背中をさすって体温を上げようと試みる。


 それまで身動きしなかったスージーの身体がピクリと動いたような気がした。


「スージー……?」


 イアンは手の動きを止めてスージーの顔を覗き込む。スージーの長い睫毛が微かに揺れた気がする。


 このまま処置を続ければ助かるかもしれない。そんな希望を抱いたイアンであったが、思わず息を飲む事態に気が付く。


(……いつの間に……誰かいる!)


 洞窟の入口に人影が浮かんでいる。右手に何か杖のようなものを持った人影が。


 その人影が一歩、洞窟の中に足を踏み入れてきた。そこでイアンは小さくうめき声を上げた。


 まず驚いたのが相手の顔が見えなかった点だ。洞窟の中が暗いせいではない。その人物は黒い布を顔に巻いて覆面をしていたからだ。


 そして何よりイアンが恐怖を抱いたのは、相手の右手に握られた物。それは杖ではなく鉄砲だった。


(間違いない……僕の目の前にいるのが、さっき舟を狙撃したアーチエネミー……)


 自分の命を狙うアーチエネミーに見つかった。それも逃げ場の無い洞窟の中という状況で。


 イアンはとっさにスージーの身体を自分の後ろへと隠した。


 アーチエネミーもイアンに向けて鉄砲を構える。イアンは覆面に隠された相手の目を見据えて口を開く。


「あなたが狙っているリディーマーは僕だ。彼女は『ヨシュアの木』とは関係無い。命を奪うのであれば、僕だけを狙えばいい。けど――」


 自分へと向けられた銃口にイアンは何も恐れを抱いていない。イアンが恐れているのは、ただ一つ。スージーが巻き添えになることだけだ。


「このまま放っておいては彼女も命に関わる。どうかリザブールに着くまで見逃してほしい。リザブールまで辿り着けば、彼女を医者に診せることも出来る。それに血の聖水だって手に入る。こんなに衰弱した状態では、いつレトリビューションが発生するか分からない。それも身体全体から黒い渦が現れるのは確実なんだ。だから、どうか――」


 自分の命を狙う者へとイアンは必死に懇願する。


 それは決して命乞いなどではない。ただひたすら守りたい者のために願うこと。


 覆面は銃を構えたまま動きを見せない。その注意が、ふとイアンの後ろへと向けられたような気がした。視線は窺えないが、頭が少し動いたことでイアンもそれに気が付いた。


 イアンがつられて後ろを見ると、スージーがイアンに向けて手を伸ばしている。


「スージー!!」


 意識を取り戻したのかと思って大声で呼ぶが、相変わらず返事は無い。


 それでもスージーはイアンを求めて手を伸ばす。イアンがその手を取ると、ギュッと握り締めてきた。


 イアンもまた労わるようにスージーの手に自分の手を重ねる。


 せっかく回復に向かっていたスージーの命の灯を消さないためにも、イアンもまだ死ぬ訳にはいかない。


 アーチエネミーに向き直ると、強い意志を込めて相手を見据える。


「お願いだ……どうか僕たちを行かせてほしい」


 ノドの奥から声を絞り出して懇願するイアン。その想いが通じたのかどうか定かではないが、アーチエネミーも動きを見せた。


 右手で鉄砲を構えたまま、左手で顔の覆面を取っていく。現れた素顔を見て、イアンはまた驚いた。

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